ΧΡΙΣΤΟΣ     ー平岡ー

 夢を見る。それが一日の始まり。

 眠りヒュプノスタナトスは同義ではないけれど、状態としてほぼ等しい。私はまだ眠りから覚めてはいない。つまりは未だ死んでいるも同然だ。

 今日は飛行機の中で気が付いた。しかし私はまだ生まれてはいない。ここは夢の中の夢。

 カットCUT

 次のシーンでは部屋のベッドの上に居た。私はわずかに浮遊している。ああ…ここは、夢の外だろう。

 どんなに印象的な夢であっても、しばらくすると忘れてしまう。夢のメカニズムなんてよく知らないけれど、夢と現実の境界線、意識と無意識の狭間は日に日に縮まってきている。これは副作用なのだろうか。それとも?

 子供の頃はあまり夢は見なかったと思うけれど、歳をとるにつれて頻繁に見るようになった。理屈では眠りが浅いからなんだろうけど。決まって変な夢だ。まあ、夢なんて大体どれも変か。

 そして今日もまた何か変な夢を見てたような気がする。何だろう…。何か、恐いというか不思議。起きた時には内容はほとんど思い出せない。でも夢を見るのは好き。ただ何となく。日記をつけたこともあったけど、一ヶ月も続かなかった。

 飛行機…。飛行機が頭の中に浮かんだ。なぜだろう。それが一体何の意味を持つのだろう。

 暗い部屋で天井をぼんやりと見つめ、天井が段々と迫ってきては遠ざかるループを見つめていると、目覚まし時計が鳴り響いた。今の時間は夢だったのか、現実だったのか?

 オネイロスも眠りも死も、みんなニュクスから生まれた。夜は混沌カオスから生まれ…世界は…いつ…形を成したのか…?

 手を伸ばしアラームをオフにする。私はまだ生まれてはいない。

 偏頭痛、体感的な睡眠不足、私の自律神経を狂わせている色んなもの。起き上がらなければという意思とは裏腹に、憂鬱と倦怠感が私の身体を縛り付ける。必要なのは深呼吸と電気ショック。全身でをするように、筋肉を強張らせる。眠りに入る時と同様、起きる時にも大事なのはイメージだ。地震でも火事でも雷でも何でもいい。早く逃げなければ、そういう危機感を可能な限りリアルに思い浮かべる。

 私は飛び上がるように身を起こし、息を整える。軽い目眩、吐き気。大丈夫、すぐに治まる。

 テレビを点ける。別に見たいわけではないけど、静かすぎるのが怖い。朝のニュース、人々、情報、世界。私はまだ生まれてはいない。

 画面を見つめ、現実世界と自分を重ねる。ようやく体が動くようになってきた。バスルームへ行き、鏡を見る。いつもと変わらない私がそこに居る。それはとても当たり前な事のはずだ。ここに違和感を感じるべきではない。

 服を脱ぎ、空っぽの浴槽の中で全裸で三角座り。儀式の準備にとりかかる。

 座ったままの状態で、三十九度のお湯を出す。水位が腰のあたりに来るまでは冷水で、全身が総毛立ち、肌が縮こまる。けれど凍えるのは少しの間だけで、浴槽がどんどん熱いお湯で満たされてゆき、私は安堵のため息を漏らす。湯船にたっぷりとお湯を張り、ちょうど溢れ出す寸前で蛇口を締める。そして、辛うじて鼻呼吸ができるくらいまで水の中に顔を沈め、三十分ほど目を瞑る。なるべく無心に…。

 さあ、時間だ。誕生と洗礼の儀式。

 ゆっくりと、大きく息を吸い込む。これ以上は吸い込めないという限界まで。少し肺に痛みを感じるくらいまで。そして息を止め、水の中に潜る。そして私は膝で組んだ手を離し、体を九十度、右に回転させ、胸の辺りで軽く交差させる。ちょうど羊水に浮かぶ胎児のような体勢になる。

 …………。

 …………………。

 …………………………。

 息を吐き出す。身体が底に沈んでゆく……私はまだ生まれてはいない。

 苦しさが限界を超えるまで、生存本能が機能するまで、この状態のまま。

 身体が痙攣を始めると、私は浴槽の底の栓を抜き、全身をこれ以上なく脱力させる。水が流れてゆき、だんだんと体に重力が生まれていく感覚と、光射すどこかの出口に向かっているような幻覚をおぼえる。

 水が完全に抜けきって、空の浴槽で横たわる私が軽い失禁とともに嗚咽を漏らし、懸命に酸素を取り入れようとする器官たちの働きを感じると、心電図のバイタルサインが生命反応を確認するイメージが浮かぶ。それから両目をゆっくりと見開いて、心臓の鼓動と指先の震え、全身の血の巡りを実感した時、私は…生まれた。


 体を拭き、髪を乾かして、着替える。化粧は軽く、紫外線対策程度にファンデーションを。目の周りのクマは、生まれつきなうえに低血圧と寝不足もあって、不健康に見えるどころか死神のようだ。そういえば女の死神って、いるのかな?

「おはよう。ご飯は?」上着を着て、鞄も持った私に向かって、ダイニングキッチンにいる母親が、分かっている筈の答えを聞くために毎朝同じ質問を投げかけてくる。朝は食欲が出ないので食べない。母は毎朝いつも先に起きていて、朝食を作っている。これもひとつの儀式のようだ。

「いらない。行ってきます」そう言って、私は玄関に向かう。

「具合はどう?昨日はちゃんと寝れた?」これもまた日課のようなやりとりで、ほぼ毎日同じことを尋ねてくる。まあ、心配されるのも無理はないと思うし、親心なのかな。けれど私には、私を見る母親の目が、道端で物乞いを見た時の子供のような目、何か残酷な好奇心の混じった無邪気で冷たい視線に感じる。これは被害妄想だろうと思うけど、ママ、あなたは自分の娘をどう思っているの?今日も相変わらず、あなたは神様を信じているだろうか?

「うん。大丈夫。今日はだいぶ楽みたい。行ってきます」


 まだ肌寒い気温ではあるけれど、それにしても着込みすぎだというくらいに完全防備で学校に向かう。自転車で駅まで。ガラガラの電車に乗り込んで二駅先まで。田舎なので二駅分が結構な距離だ。駅を降りると目的地は目の前。いわゆるミッション系の私立だけど、別にお嬢様学校ってこともない。とりわけ偏差値も高いわけではない。自分は高校からの内部進学だ。高校の制服が大嫌いだった、あの修道院の尼僧みたいな服装。卒業してそれは着なくても済むようになったけど、基本的に同じ学校だから気に食わない部分は多く引き継がれてる。

 校門近く。いつまでも慣れない、昔から嫌いな事が待っている。みんながこうして自転車や歩きで、同じ動きで同じ場所に入ってくる。毎日同じように。すごく恐い事だ。大都市の駅のラッシュなんかもそう。群れをなして同じ行動をとる野生の動物のように。ハーメルンの笛吹き男とか、集団で死んでしまうネズミだとか、そういう話を思い浮かべてしまう。

 そういうのを見るとなんか頭が痛くなって、気持ち悪くなる。これだけでも、学校へ行く事なんて拷問のようだ。私は、いつ、どこに生まれていても同じ事を思っただろう。なのに、なぜ私は真面目に通うのだろう。就職のためか、卒業のためか。あるいは苦行を自らに課すことで、何かの、何に対してかは分からないけど、贖罪をしている気にでもなっているのだろうか?

 門の中に入る。シスター教員が立っている。みんなクラスに向かう。私も行った。一限目からの履修科目では何回か遅刻をすると、聖書を読んで感想文みたいなものを書かないといけない。それはかなり抵抗があるから、遅刻はしないようにしてる。あと、私は行った事が無いけど、素行が悪いと反省室だか懺悔室って所に行かされる。高校にもあった。そんなに問題児はいないんだけど、高等部はとにかく厳しかった。バイトは禁止だし、髪の毛も染めちゃいけない。男女交際も禁止で、問答無用で退学だ。

 教室に入った。先生だか教授だかが来るまでの時間、教室は騒がしくなる。ウルサイな…と思ったそのとき、教室があの不思議な静寂に包まれた。一斉に様々の会話に区切りがつく瞬間。私はそこで大声を上げてやろうかと思うけど、やらない事は分かっている。

 一般教育課程ということでの情報科学。たぶん私には何の役にも立たない気がする。でも、もしかしたら必要なときがあるかもしれないから、とりあえず話は聞いておく。誰が何の話をしていても、人の話は聞いておいた方が良いだろう。いつ誰が何かタメになる事を言うかも分からないし、それがいつどこでどんな役に立つかもしれないから。でも、こんな見るから生徒に手を出してそうなオジサンから学ぶことはなんにも無いと思う。それより何故だか分からないけど、この人の裸を想像してしまう。奥さんはいるのかな、子供はいるのかな、どんな風に夜の営みをするのだろう、とかも。変かな。やっぱり。気持ち悪いのに。私にはそういう性的なイメージの他にも、例えば目に入る通行人をいきなり刺すというような暴力的なイメージが浮かんでくることがよくある。

 ただ、こういう悪質で暴力的なイメージ、心理学の授業で習ったそのというものは、ほとんどの人が経験するありふれたもののようだ。聖職者でも例外ではないだろう。もしかしたら、抑圧されている人ほどそういう傾向にあるのかもしれない。

 そして、やめろと言われるとやりたくなる心理をカリギュラ効果というようだけど、私が自分を傷つけたくなったり、死をイメージしたくなる衝動は、いったいどういう理由なのだろう。カウンセリングの結果には納得ができなけれど、とにかく私には自分に価値を見出すことが重要らしい。だからといって、とりあえず男の欲求のはけ口になるだとか、小動物を異常に愛するなんて存在になろうとは思わない。誰かが言っていた。。化学物質と同様、知識は少しの癒しになる。そういったネガティブな出来事は、たくさんの人間が抱えてることで、そんなに気にすることではないと学べるから。人の話は聞いておくものだ。

 ああ、それでも私は結局、只々醜く依存をしている。

 昼休みには礼拝堂でお祈りが行われている。自由参加なので私はスルーする。そういう制度がある学校は多いけど、よく意味が分からない。中等部、高等部は朝イチでこの礼拝が強制参加で行われていた。そもそもほとんどの生徒は実際クリスチャンなんかじゃないんだし、無駄なことのようにも思える。一種の洗脳なのだろうか。それとも単なる体裁だろうか。

 …それにしても、何の為に祈るんだろう。結局、自己満足なんでしょう?他人の為とか、自分の為とかに祈ったりして、ムリヤリ納得させてるんでしょう?自分の中に神様を

 結局キリストも、仮に昔、ホントにいたにしても、もう死んだ人。普通の男。いるなら出てきてよ。奇跡を見せて…傲慢な商人。私は彼が羨ましい。彼に憧れてる。それでも私は堕天使ルシファーと結ばれたい。

 なんてね、ゴスロリの子じゃないんだから。

 そして午後からは必修科目であるキリスト教概論。私の少女時代の思い出を掘り起こしてくれる。

 ー マタイによる福音書11-28 ー

『疲れた者、重荷を背負う者は誰でもわたしのところへ来なさい。休ませてあげよう』

 …私は来てるじゃない?必死に祈らないからだとでも言うの?それじゃどのみちまるで無意味じゃないの?家族を愛しなさい、隣人を愛しなさいと彼は言う。自分すら愛せないのにどうやって他人を?誰が私を愛してくれるの…?

 神が貴方を愛されるのです…神があなたをお創りになり、そして、愛されたのです。ハレルヤ。アーメン。貴方は救われた。

 質問。天にまします私のクソ親父。答えて。全知全能の神様。どうして私をこんな風に創ったの?

 質問。なぜ一度も質問に答えてくれた事が無いの?

 私はいつも上の空で、ずっと同じような事を考える。

 ー マタイによる福音書6-5 ー

『祈るときには、偽善者のようになってはならない。彼らは人に見て貰おうと、大通りの角に立って祈りたがる。彼らは既に報いを受けている』

 私は必死で祈ってる。でも何も満たされない。あるのはこの、よく分からない不安感と疑問だけ。だからダメなのかな。シャイだなんて言わずに私の内へ入ってきて…。

 彼はやってきて、どこかへ行き、また戻ってきた。そして彼はほんの数日だけ痛みを味わった。キリストの受難と私の受難、どちらが重いかな?

 子供の頃、聖マリアの話を聞いたときに思った。マリア様は完璧な女性で、だから神様は彼女に子どもを授けたんだって。私は神様の子どもを持つなんて厭だったから、神様の好みのタイプとは違う女の人になろうとした。

 お昼になると、藍那アイナが私を食堂に誘う。彼女とは友達だけど、話す事っていったら…何だろう?彼女はよく男の話をする。クラブとかによく行くみたい。誘われた事もあるけど、断り続けていたらもう誘われなくなった。そういう場所へは違う友達と行くのだろう。写真を見せて貰ったことがあるけど、化粧をして、派手な服を着て、今とは別人みたいだった。で、本音を言うと彼女は別にどうでもいい事ばっかりしゃべってる。それなりに付き合いは長いけど、このコとは何で仲良くなったんだったっけ…?よく憶えてないけど…本当に、きっかけは何だったっけ?何にでもきっかけはある筈なのに。きっかけ…きっかけ…か。

 友情とはどれほど価値の有るものなんだろう?友達はいるけど、私はみんなを理解しきれていない。そもそも出来るものでも無いと思うけど、だから当然みんなが私を理解してくれてるとも思えない。むしろ、されていたら恐い。他人がどう考えてるかなんて分かんないけど、結局、みんな単に話し相手が欲しいだけなのだろう。寂しいから。それにしても、闇の中にいる私と、光の中にいる彼女が、どうやって交わるというのだろう。

 私は普段は至って普通の人間だ。喜怒哀楽が欠落しているわけでもないし、サイコパスや自閉症なんてこともない。空気が読めないとか、記憶力がすごくいいとか、まして多重人格だとか。そういう特殊性は全く無い。普通なのよ、本当に、普通なんだって。そうありたいと思うし、別に特別な努力をしなくても、わざわざ意識をしなくても、普通なのよ。誰だって、そうでしょう?

 私は何となく藍那を見ている。今は退屈だと感じてるけど、それを表情や口に出したりはしない。それで今、彼女がバイト先にストーカーみたいな奴が来ててウザい、と話し始めているのを聞いている。私は相槌を打って、その全く知らないエロオヤジの悪口を言って、話を合わせておく。でもチップくれるから別に大してムカつかない、と彼女は言う。私は軽く笑っておく。詳しくは知らないけど、そういうクラブでダンサーやらホステスのバイトをしているようだ。私そんなにお金を使わないから、やりたいとも思わないんだけど、何か出会いとかあっていいのかな、とも思う。でも、別に本気でそんなことは思わない。人見知りというわけでもないと思うけど、特に新しい人間関係を求めているわけでもない。

 でも彼女のことは羨ましい。凄く可愛いし、モテるだろうし、男友達も多いみたい。それは良い事なのかどうか分かんないけど。昔からあまり思慮深いタイプではないと思うから、私みたいなのよりは悩みも少なく、得する事も多いだろう。損する事も多そうだけど。そういえば、ハーフなのがコンプレックスらしい。まあ、誰にだってそれなりに悩みはあるか。

 ていうか結構、ナチュラルに友人を見下してる考え方だよね。私、性格悪いのかな。

 学校が終わって、まっすぐ家に帰るしか道はなかったんだけれど、何故か急にすごく帰りたくなくなってしまって、私は何となく近所の公園に行こうと思った。子供の頃によく来ていた公園。それから、ブランコに座って空を見上げていた。夕焼けを夜が包み込もうとしている頃だ。

 夕闇の中、ずっと座っていた。一時間か二時間か。もしかしたら三十分くらいかもしれない。ずっと。空はもうすでに真っ暗。オリオン座が見える。公園には誰もこない。まるで私がこの世界のたった独りの生き残りかというほどに、静かで、孤独だ。

 どんどん肌寒くなってきて、身震いをしたとき、よくやく帰ろうと思った。でも家ではなくてどこか遠くがいいと思った。けれど、どこにもそんな場所は無いことはわかっていた。

 家に帰ると母はいつものように留守で、テーブルの上に書き置きと千円札が二枚あった。私はそれをそのままにしておいて自分の部屋に向かった。眠いような気もするけど、こんな時間には眠れないことは分かっている。

 本を読んだり、映画を見たりして夜を過ごした。眠る態勢に入ろうと顔を洗いに洗面台へ。そこで鏡を見る。顔がむくんで、額にニキビが出来ていた。自分の顔を改めてじっと見てると、またアレが来てしまう…。背中が一気にものすごく痒くなってきて、私は顔を洗うことを忘れてずっと掻きむしっていた。そんな自分が気持ち悪くて、必死に気持ちを落ち着かせる。

 落ち着いて、落ち着いて…深呼吸。深呼吸…音楽…。

 眠るのが恐い。夢を見るのが怖い。夢を見てても、責められているような感覚はリアルに感じる。新しい一日が来る度、気が狂いそうになる。今日は何があったっけ…明日はなにが待っているんだっけ…。

 疲れた体をベッドにあずけて、私は今朝目覚めたこの部屋で、今日もまた眠りにつこうとする。でも、どれだけか時間が過ぎたとき、今日はもう眠れないと諦める。

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