エゴ・トリッピー     ー我妻ー

 深い、とても深く短い眠りから覚め、気分は爽快で最高。脱皮して新たに生まれ変わったような心境だ。身体極めて健康、空を見上げると輝くお月様。手首のウブロ・ブラックマジックの月相表示ムーンフェイズと照らし合わせる。道理でムラムラくる筈だぜ。満月フル・ムーン満潮ハイ・タイド。俺はオオカミ男。人狼が街にやってくるぜ。絶好調だ。さて支配人、今夜のおすすめは?

 この街でティーンエイジャーが夜遊びするとなれば、ショッピングモールの映画館か、それともカラオケやボーリング?ははあ、健全なことだ。でもガキの遊び場に全く興味はない。ハタチを過ぎればローンで買ったセコハンの外車で駅前にタムロして不良在庫デッドストックをナンパかね?安いステレオからポップスを垂れ流す現代の田舎ヤンキー諸君、お仕事は手取り二十五万の肉体労働かい?そんな連中に操を捧げたバツイチ子持ちのブスばっかのキャバクラで安いハイボールをあおるって選択肢は?ノーノーノー。残念ながらまるで用はない。

 ムラムラきてるならジムに行くっていうオプションもあるぜ?筋トレをしてテストステロン値が高まった女は話が早い。アラサーくらいが尚良しだ。ドラッグは必要ないのさ。スポーツなんだ。汗をかいた後のビールとセックス。ああ、でも気をつけろよ。『ただしイケメンに限る』だ。お気の毒だな皆の衆。モテるモテないは才能なのさ。恋愛テクニック指南の本なんか読んでるようじゃ一生ザコのまま。きっとそこに書かれているような事を生まれつき実践してきているのが俺なんだ。自然体でチャームとフェロモンを撒き散らす。しかも顔まで男前なんじゃ隙がないぜ。前後上下左右死角なし。悪いな、俺はただ女の目を見つめながら他愛もない話をするだけ。そうすれば自然と女の方から服を脱ぎ出す。お前の可愛い天使エンジェルも例外なく暗示にかかる。富も女も一部のエリートが独占するもの。ザコ共はせいぜい労働の対価として得たの日本銀行券でウタカタの恋の片道切符を買うがいいさ。高級レストランとグッチ、フェンディ、プラダで釣ろうとすればいい。タイミングを逃さず、ホテルへ行こうって渾身のキーワードをドロップすることに努めろよ。そんな恋のステップも俺にはある意味で憧れだったりしちゃうぜ。みんな無い物ねだりなんだよな。

 ともあれ、今夜の俺はドラキュラの気分。求めているのは健康的なじゃない。メシ食ってワイン飲んで良い雰囲気になって…なんてセオリー通りの夜じゃない。電光石火の早弾きで、脳みそが溶け出して真四角に固まって、ビームを放ち全身を貫いて痺れさせるような、そんな刺激的な快感なのさ。

 そういえば今日はバレンタインデー、土曜の夜サタデー・ナイト。いっそ都会に繰り出そうか?ちょうど週末、恋の予感だ。とはいえ、こんな日はバカがバカみたいに湧いている。セックスを求めるゾンビどもで街中がウォーキング・デッド状態。けれどもナンパには不向き。上玉は予約済みで、リッツ・カールトンの上層から街の喧騒を見下ろしている。フリーク・ショウを見にわざわざ足を伸ばすのもかったるいな。ここは大人しく地元で『アメリカン・グラフィティ』と気取ろうか?

 携帯を取り出して情報収拾から始めよう。俺の友達は百人どころじゃない。絞り込むのも一苦労だ。そうだ、タキオミ。奴がおでましだ。俺も現役でDJをやってた頃は一緒にオーガナイズしてた。レギュラーでやってたハコが摘発されて終わっちまったが、奴とは今でもクラブで会うと仲良くやってる。そうだな、今夜の餌場はここだ。

 『インク・アンド・スモークink and smoke』と名付けられたそのイベントはチャラいというか、フェティッシュというか、ちょっと特殊な趣向だ。半年に一度くらいしか開催されていないが、そのぶん集客はデカい。たまたま今日だなんてツイてるぜ。良いコトか悪いコトか、何かが起こるに違いない。RPGロープレはまず仲間集めからだな。特攻隊長でも誘って行くとするか。

 宇佐に電話を掛けると、奴は柴と一緒にいて、何やってたのかは聞かなかったけど、まあどうせパチンコで金をスった後にファミレスあたりで朝までコースだろう。あいつらの行動パターンは読めてる。貧困問題は切実だ。奴らは自分達の努力不足を社会に責任転嫁している。スヌーピーは『配られたカードで勝負するしかないのさ』と言った。ドギー・ドッグの言うこともごもっとも。慈悲深きロイヤル・フラッシュの俺様が大貧民どもに健康で文化的な生活ってのを提供してやろうじゃないか。

 二つ返事で行くと答えた奴らを迎えに行き、三人で俺のクルマに乗り込む。車内の秘密のグローブボックスには、迷える子羊達への処方箋がズラリ。ジーザス・ファッキン・クライスト。アヅマドラッグ本店が往診にお邪魔するよ。

 街で唯一のクラブ『Gセブン』に向かった。普段は都会に比べりゃもちろん賑わってなんかいないけど、行けばまあ誰か知ってる奴がいる。イベントに行ってもほとんど顔見知りっていうのが田舎ならではの良い所であり、残念な所だ。ナンパをしても誰かの友達、誰かの元カノ。狙うとしたら、深夜二時以降にやってくる仕事あがりの未成年キャバ嬢だな。奴らはセキュリティの厳しい都会のハコには行けないから。ただ奴らは性欲をマックスからマイナスに下げさせるほどにノータリンだ。おとなしい愛玩動物ならいいが、ベッドの上でお漏らししちゃうような、まるで躾がされていないウサギのよう。何もかもが未熟で楽しくない。得てきた知識はメイクアップと現代用語の基礎だけだ。呆れちまうが、ある意味で才能と言っていい。

 二十分程で着いた。客が外まで溢れかえっている。いいね。テンションが高まってきた。赤く光るネオン看板。地下へ続く入口から漏れてくる重低音。壁に描かれたサイケデリックな絵。ブラックライトに照らされた階段を下り、俺たちは地獄の釜の底へと降りてゆく。ドアの前には顔見知りのスタッフがいて、俺の顔を見ると会釈をした。いつものレギュラーイベントじゃ、地元のアマDJが身内ノリだけでやってるような、誰だかわかんねえ知名度ゼロのゲストを他県から呼んでるような、そんなクソつまんねえ内容のパーティーには一円だって払ってやりたくはないが、このイベントに関しては価格に見合うだろう。俺が三人分のエントランス六文銭とドリンクチケット、しめて一万五千円を払ってやる。結果的に風俗に行くよりよっぽどコストパフォーマンスが良いはずさ。

 地獄の扉を両手で開いた。さあ、御沙汰はいかに?

 ドアを開くと一瞬、気圧の変化のようなものを感じた。鼓膜や背筋への違和感。フロアの中は超満員。フロアは多種多様の煙と蒸発した汗で霧がかかったような真っ白な空気。その熱気をクーラーの強風がこれでもかと掻き混ぜ、甘味、苦味、塩味なんかが入り混じったような、なんとなく真夏の発展途上国のBARのようなむせかえる匂いがする。おいおい、ここは真冬の日本だぜ?非・日常の御来店だ。

 店内はさながらスプーク・ショウ。こんな田舎の、普段どこに潜んでるんだよと言いたくなるようなビジュアルの人間で埋め尽くされている。色とりどりの髪の色、ド派手なメイクアップ、渋谷のハロウィン並に露出度の高い服装。ジェンダーレスな肌にはバリエーション豊かなタトゥーが目立つ。成る程まさしく『INK & SMOKE』ってわけだ。こいつらの生業はまるっきり不明だ。まあ恐らくそうだな、水商売かショービジネスか。あるいは美容師や彫り師、ファッション関係といったとこか。まあ普通に会社員やってる奴だっているだろう。真面目に働いているなら、マルチと詐欺で稼いでる半グレよりよっぽど社会の役に立ってるさ。見た目はとても太陽の明るさと世間からの冷笑に堪えられるもんじゃないが。ファンデーションと色眼鏡でカバーできるのは紫外線とシミ・ソバカスだけだからな。

 ステージにはクソ早いBPMの曲を流すピアスだらけのモヒカンDJと、ほとんど裸のポールダンサー。いいね、いいじゃないか。まずは一杯いこうじゃないか。

 バーカウンターにはオーナー兼バーテンの通称Mr.Gがいる。相変わらず全身黒ずくめの格好で、マリリン・マンソンみたいに目の周りを黒く塗っている。けっこういい歳だと思うが、ビジュアル系のノリが抜けないんだろうか。モテたであろう若い頃に囚われているんだろうな。目が合うと、俺達はカウンター越しに拳を突き合わして挨拶する。俺はこの店で唯一ツケの利く男。ドリンクチケットは出さずに、裏メニューの『L7』をオーダーする。いきなりかよ、という表情でG氏は少し口角を上げただけで、黙ってオーダーに応じてくれる。『L』ってのは恐らく『リーン』の略で、この危険な飲み物はリーンとウォッカのセブンアップ割だ。といっても市販の咳止めシロップが入ってるだけで、要はほんのちょっとだけコデインが含まれたカクテルってわけだ。作用の実感なんてほとんどない。少量じゃただの医薬品だよ。プラセボ効果だけ。合法さ。これはただの水代わり。俺はポーチを取り出して、色とりどりのちゃん達を物色する。赤、青、黄色。今日はどの娘にしようかな?

 俺は蝶の形をした赤い錠剤を、L7で流し込む。さあ、レディ・ゴー。レッツ・ゴー。

 四十五分間のアイドリング・タイム。ピット・イン。ピット地獄で会おうぜ。化学物質がお友達を呼んできてくれる。ドーパミン、アドレナリン、セロトニン。カンニバルのカーニバルが始まるよ。俺は飢えた狼、始まる餓狼伝説。俺はメディスンマン呪術師。俺はデビルマン。お前を引き裂いて喰らい尽くしてやる。

 とりあえず宇佐と柴はジントニックを頼んでいて、俺たちはバーカウンターの隅に陣取り、フロアの方を向いた。

「かわいいコいる?」俺は辺りを見回しながら宇佐に言った、というか叫んだ。耳元で。うるさいからな。クラブってそういうトコなんだよ。うるさくて声が聞き取りづらいから、自然と耳元に話しかけるようになる。つまり距離が近づく。吐息が耳にかかる。酒も飲んでる。色んな距離が縮まる。婚活パーティーとかってクラブですりゃいいと思うぜ。結局さ、カラダから入った方が話が早いんだぜ。出し惜しみするなって。さもなきゃお前の末路もデッドストックだぜ?

「わっかんねーな」と宇佐は首をひねった。無理もない。そもそも人の顔がよく見えない。店内はほぼほぼ真っ暗。しかも煙が充満。たまに差し込んでくるミラーボールだかレーザービームの光で照らされた一瞬でしか認識できない。シルエットだけで判断しないと。っていうかどいつもこいつも化粧が濃すぎて素顔が分かんねえような奴ばっかりだ。まあ顔なんてどうでもいいんだが。結局美人かブスかなんて、顔面へのが上手か下手かってだけだ。元々のキャンバスがちょっとだけ描きやすいとかそんな程度。スッピンなんて大概そこまでの差はないさ。だから大事なのは骨格、スタイルだよ。『ヴィクトリア・シークレット』のモデルあたりが理想さ。筋肉と脂肪のほどよいバランス。行くべきは美容整形外科じゃなくてフィットネスジムだぜ。

「あのコとか可愛くない?そこまでケバくないし」と宇佐が指差す先には、ヒザ上30センチのタイトスカートから覗く脚を網タイツでガードした、ケンダル・ジェンナーを何発か殴ったみたいな顔をした女だった。まあ悪くない。だが素朴な疑問としては、何度も思うが、普段どこに生息してるのかって事だ。この街じゃスーツ姿のOLを見つける事すら難しい。女といえば地味なタイプか水商売系か極端に分かれる。他はせいぜい制服姿の販売員だ。聞いた話じゃ女の半分くらいは何らかの形で風俗産業に従事した経験があるっていうじゃないか。俺の推測じゃここにも貧困問題が生じてる。昼と夜の顔を持ってるんだろう。それとも以前ハロウィンで会った露出狂の女のような、普段は堅い仕事をしている変身願望のあるタイプなんてのもあるだろう。ともあれ折角の若く鍛えた肉体だ。惜しむ事なく見せるがいいさ。たまにはハメを外したい時だって誰にでもあるだろう。命短し、恋せよ乙女。そうさ。きっと女の子のほうから欲しいって言い出したってOKだよ。

 その女は俺の視線を感じたのか、チラリとこちらを向いた。俺は目を合わせにいく。しかし彼女の目線は元に戻った。まあ、気づかねーよな。こんな暗いところで。

「あれ、どっかで見たコトあんなぁ…?」宇佐がプラカップを持った手でその女を指差した。HAHA、それが君のキラーチューンかね?なんとも安いセリフ。俺はセブンスターとガンジャをブレンドしたジョイントを取り出して一服。一本吸い終わるまで店内を物色。さっきの女はどこへ行ったかなと見回していると、すぐ隣で宇佐と喋っていた。なんてことだ。俺が出し抜かれるなんて。女は笑顔で会話をしながら、なにか大げさに頷いたあと、目を見開いて俺の顔を見た。

「久しぶり」とその女は言った。

「え?」誰だっけ?どこかで会った事があるのか?久しぶりって言ってるって事はそうだろうな。クラブ?コンパ?ワンナイト?全く思い出せん。基本的に女なんて一期一会だからな。

「中三の時クラス一緒だったじゃん」と宇佐がフォロー。それでも俺は誰だか思い出せなかった。

「ちょっと、見過ぎ」舐め回すように顔を見ると女が笑って顔を逸らし、そこで俺の海馬はやっと機能した。

「おお!」

「いや絶対忘れてるっしょ」女がそう突っ込むと、俺は彼女の苗字を言い当ててやった。

「だろ?」

「おー!」女はコクコク頷きながら小さく拍手をした。「えー、ほんとに覚えてるんだ、すごい」

「俺は同級生の女の名前を全て覚えてるんだよ」

「それはさすがにウソでしょ」そう言われた。ああ、さすがにウソだ。しかしそれなりに容姿の良かった女は本当にほとんど覚えている。あの頃はシャイだったもんだ。コイツは当時前髪がパッツンの、日本人形みたいな髪型をしていた女で、中学生にしては色気があって、なんとなく妖しい雰囲気を持っていたが、メンヘラみたいな感じではなかった。確か他校の男と付き合っていて、目立つ女子グループというのとは立ち位置が違っていた。中学生なんてまだ化粧をしない奴がほとんどだったが、コイツは既に仕上がっていた。きっともう処女ではなかったんだろう。他校の男ってのは、もしかしたら大学生とか、あるいはパパ的な奴だったのかもな。思い出す思春期真っ只中の中学生日記。実に甘酸っぱいじゃないか。

「相変わらず可愛いじゃん」俺がそう言うと、

「ありがと」と皮肉っぽく笑った。「我妻くんも変わったね。最初一瞬わかんなかったわ」

「中学んときはボーズだったしな」と宇佐が笑いながら言う。俺はガキの頃からずっとベースボール・キッズだったんだ。野球一筋の、真面目なスポーツ少年だった。高校だって推薦で他府県に行った。上級生を半殺しにしてクビになって帰ってくるまで、十年間くらいずっとボウズ頭だったんだ。そんな黒歴史、思い出させんじゃねーよ。俺は宇佐の肩を殴った。

「でも相変わらずイケメン」

「分かんなかったとか言ってたくせに」

「実は何年か前にも見た事あるのよ。その時は金髪だった」

「え、まじ、いつ頃だろ」金髪だったときというと、二十代の前半頃か。わりとムチャクチャしてた頃かもしれないな。

「近寄らないようにしたけどね」クスクスと笑う。

「どういう意味だよ」俺も笑って答える。「しっかしキャラ変わったな」大人っぽい女ではあったが、色気のベクトルというかジャンルが全く違っている。俺は普通に『JJ』とかそういう系がタイプだが、こいつはなんだろう、『ヴォーグ』とか『荘苑』とかそっち系だ。留学でもして変なもの教え込まれたのか?オーストラリアあたりに短期でワーホリに行っただけで外人にかぶれちまった女なんかは意外とんだぜ。日本人でも外国人でも海外に逃げる奴のほとんどは自国じゃイジメられてたり、ウダツの上がらない連中なんだ。自分ってものがないから勘違いして染まりやすい。で近づいてきた紳士を気取った外人に承認欲求を刺激されて、すぐに心と股を開いちまう。そうして出来上がった白人コンプレックス丸出しの女は、男は外人しか受け付けないようになっちまってる奴も多いんだ。嘆かわしいことだ。連中はハーフの子供を産んで芸能人にさせることを、自分を見下した世界への最大の意趣返しと考えてる。けどな、白人はテレビで見るハリウッドスターばかりじゃないんだぜ。田舎に来てる外人なんか、男も女もロクなやつはいない。そもそも奇抜なファッションってのは、ブスを隠すためのもんだろ。美しい人間はTシャツとジーンズだけで映えるのさ。それとも映画やアニメにでも影響されたか?この十年くらいでどんな価値観を植え付けられたんだろう?まあ、そんな事には興味はないさ。俺が興味あるのは一つだけ。

「誰と来てんの?」

「友達と来てるよ」するとタイミング悪く、その友達とやらが現れた。うん、うん、コイツはブスだ。ケバいブス。いや、そもそも性別が判断しづらい。その女?が俺の同級生の腰に手を回した。俺を一瞬睨みつけたように見えた。なんだと、まさか、最早そちらの世界の方々なのでしょうか。とんだ騎士が現れたもんだ。俺はフェミニストだが、こういう手合いはフェミニズムってものを曲解している。いったい男にどんな目に遭わされたっていうんだ。残念ながら確かに見た目の差別は存在する。特に女の場合は。外見が全てだ。今じゃ化粧も整形も技術が上がって、世間から求められるレベルが高い。就活しても同じくらいの学歴なら容姿が良いほうが採用される。シンデレラだって仮にブスだったら王子様には見染められやしない。見た目が悪いと結局収入も減るんだよ。容貌や経済力は遺伝するからな。並以下の容姿なら、それに合わせた対策ってのが必要だろ。男に尻尾振る必要は無いが、怒りの矛先を間違えちゃいけないぜ。女を武器にすることを知っている女は、女性の権利なんてものをわざわざ主張したりする必要は無いのさ。磨くべきところはどこなのか、本当に分からないとでも言うのかい?

「またね」と彼女は言うと、フロアの雑踏のなかに戻っていった。いや、これは難易度が高くなった。男連れで来ている奴より難攻不落だ。正攻法じゃ無理かもな。まあ、まだ諦めるのは早いさ。どっちもイケるタイプであると願おう。そうじゃなかったとしても構いやしないさ。俺は狙った獲物は逃がさない男。手段は選ばない。ふふ…月に叢雲、花に風か。障害があるほうが燃えるってもんさ。菊に盃、松に鶴。萩に猪、桐鳳凰。

「俺の間合いに入ったら…斬る!」

「なんだって?」宇佐が俺のジョイントを奪い取って一服する。「ジュン、さすがに相手が悪いか?」その煽りに俺は高笑いする。

「バカ野郎。簡単だぜ」同級生とか、幼馴染とか、友達の女とか、同僚とか。そういう背徳感はスパイスだ。世の中、略奪愛や不倫ドラマが人気。インモラルなラブ・アフェアーこそ密かな憧れさ。

「いかにも、爬虫類飼ってます、みたいな女だったな。あの連れの女。リスカ代わりにタトゥー入れてるようなタイプのメンヘラだ」

「かわいそうに。正しい道に連れ戻してやらないといけないな」俺はメンヘラは好きなんだぜ。愛すべき存在なんだ。彼女達は愛を知らないのだから。それで歪んでしまったのなら、誰かが愛を教えてやらなきゃな。俺が伝道師、愛を教える LIKE A フランシスコ・ザビエルさ。

 カウンターには酒を買いに来た外人女の二人組。俺は横目で全体像をスキャン。まあハッキリ言って俺の嫌いなデブなんだが、それにしても何というケツのデカさ。あんなの後ろから…そうか。外人の女はケツがデカいから、それに合わせて男のチンポも進化してったのか…なるほど。また一つ賢くなってしまったな。世界ふしぎ発見だな。いや、逆かな…。ニワトリやら卵やらの話か…。体が小さい女は性欲が強いっていうよな。これは論理的に説明が可能だ。体が小さいと必然的にも小さいわけだよ。ということはペニスが小さくても、そこそこの満足感を得ることができる。つまりはそういうことだよ。逆に言えば、日本男児が欧米の女にモテないのは、ルックス以上にその辺が原因さ。白人男と結婚する日本人女は多いのに、日本人男は…言うまでもない。嘆かわしいことだ。

 女の一人と目が合った。俺を誘う目だ。これ見よがしに体をシェイクさせてくる。Ah Huh…ハートに火を点けてしまったかもな。ワールドワイドで通用する伊達男とは俺のこと。だが残念。今夜はマカロニでもペパロニでもない。和食の気分なのさ。俺は微笑みだけを返して、フロアに目を戻す。可愛い女は見当たらない。まぁ可愛いばっかりでもオカシイからな。要はバランスだ。ブスがいなきゃ美人も存在し得ねえ。ちゃんと役割を担ってる。でも調子に乗っちゃいけない。DNAのイタズラに罪は無いが、努力しないとな。努力もできねえなら遠慮しないと。頑張れば自信になるんだ。生まれた時点で配られたカードの強弱は確実にあるが、ローカルルールも沢山あるんだぜ。自分が勝てそうな場で勝負すればいい。ウジウジ言い訳を並べるんじゃなくて、努力して自信をつけることだ。さもなけりゃ、ここへ来て何のアクションもしていない柴や、そのお仲間みたいになっちまうぜ。奴らは常にチャンスを逃してきている。意味のわからない自虐性で。自虐的な奴ほど実際はプライドが高くて他人を見下している。かつメンタルは弱い。どうしようもない連中だ。典型的な負け犬の思考。うだうだ御託を並べて自己完結しやがるんだ。とっつきにくいぜ。どうせなら開き直って世にはばかれ、な?

 考えても見ろ。酒と音楽といい女がいれば世は事も無し。人生は基本的に楽しければいいんだよ。全部遊びなんだし。他に何がある?逆にそうでない事なんかあるか?俺の脳内メーカーは『遊』一色だったぜ。いちいちクソみたいな事を気にせずに、今を楽しめ。人生は一度きり。若いうちに浮かれとかねえと、大人になってから女子高生を買春なんて、それこそバカの極みだぜ。

 就職だの結婚だのも、結局は気付いたら流れでしてるだろうし、それより俺がマジに将来の事を考えなきゃダメだなとか思ってしまう前に、この若い日々を、青春の日々を満喫しとかねーと損だろ。思い出迷子になってしまって、余計に下らんオトナになっちまうんじゃねえか?迷えばいい人間か?悩めば素晴らしいのか?違うだろ?どんなバカにでも意見は持てる。要はそれがタイミングと的を得てるか、だ。

 頭がぐるぐる…目眩がしてきた。ああ、はは、くそ、効いてきたかな…。THCか、アルコールか、それとも。

「おい、ブリってるとこ悪いが、あれ、見ろよ」宇佐が俺の肩を揺らして我に返した。俺は笑いが自然に込み上げてきて、親愛なる友人と肩を組む。宇佐の声はハイEQをフル10にしていて、フランジャーが掛かっている。指差す先には、カウンターに両肘をついたセクシーガールだ。とても良い。自分がメスだとよーく解ってるタイプだ。彫刻のように整った顔立ち。限りなく黄金比に近い。あの女、セックスする時どんな顔をするんだろう?どういう感じ方をするんだろう?どんな声を出して喘ぐのか、その美しい顔をどう歪ませるのか?普段は絶対に見せない秘密の表情と声色。いいかね?俺はこの世において、それを知ることにしか興味が無いのさ。俺が行うすべての事はそれに通じる。それを知る為の過程なのさ。どんな上等なスーツを着ていても、どんな難しい仕事をしてても、俺たちは結局のところ哺乳類さ。パンツなんて履く必要はない。ドギー・スタイルで一緒にアニマルプラネットを見ようぜ。

 キックのドラム、キック・キック。120Hzあたりのビート音が俺の心音とシンクロ。周りの音は聞こえない。ストロボを当てた雨水のように時が静止している。俺はアプローチを試みる。どんな女でも、俺と目が合えば恋する乙女に早変わりだ。けど俺の体が思ったように動かない。体が脳の命令を聞かない。音と、光と、鼓動がとてもゆっくりのビートに変わって重なり、逃げていく。彼女とは目を合わせることもなく、雑踏に紛れていった。手応えは無い。いいさ。全てを吟味して、選ぶのはひとつだ。宇佐の姿は見えない。女のあとを追っていったのだろうか。

 反対側を振り返ると、小柄なギャル系の女と目が合った。特に奇抜な感じではない。いかにもパーティー・ピープルな感じの、色んな密度がスカスカで軽そうだ。笑い掛けると向こうも微笑った。右目、左目、唇。そして全身を観察。ばっちりスカート。しかもミニ。なんというヤリやすさ。ナンパはスカートの女に限る。パンツスタイルの女はを拒んでるように思えるもんな。そういう潜在的な意識が表面に現れるもんなんだぜ。うん、アペリティフはこいつでもいいか…。もう少しアイコンタクト。もし少し長引けば、なかなか興味深い事になるかもしれねー…。

 俺はカウンターで、キンキンに冷えたクエルボ・ゴールドを二つ頼んだあと、その女へ渡し、まず一言目には、

「その服かわいいね」と、身につけているものをとりあえず褒めた。童貞ども、よく頭に叩き込んでおけよ。これがアメリカ仕込みのテクニック、『拡張自我』ってやつだ。挨拶代わりに、「今日の髪型いいね」とか「ネイルかわいいね」と笑顔で言うのさ。自分のスタイル、ファッション、持ち物や趣味それこそ好きな映画や憧れてる有名人、あるいは仲のいい友達を褒められただけでも、まるで自分自身が褒められてるように感じるのさ。単純に、君かわうぃーね!なんて言うより、間接的にそういう本人のセンスやライフスタイルを褒めてやるほうがよっぽど効果的なのさ。勉強になっただろ、モテる男は元々モテるが、そこに磨きをかけるのさ。

「ありがと!てかお兄さんめっちゃイケメン!」ほら、開口一番でこれさ。

「はは、とりあえず乾杯しよう」そう、ノータリンとの会話は疲れるだけ。打ち解けるのに言葉は必要ないさ。俺たちはショットをあおり、ライムをかじる。この女は友達と来たらしいけど、誰かとどこかへ消えてしまったらしい。どうやって帰ったらいいのとか言ってるけど、決まってんだろそんなもん。まあとにかくゴキゲンそうだ。テキーラのおかわりを必要とするまでもなく、なんつーか、ベロッベロだ。アルコールはやっぱり、一番恐いドラッグだよ。バツ食ってる俺でもここまで前後不覚にはならないもんよ。

 子供っぽい体型に普段なら欲情はしないが、いま俺の脳内はアドレナリンが異常に分泌されている。気づけば俺の視線の先は女の下半身。右手は腰元へ。おっと…あぶないあぶない…ダメダメ…二人はまだ見知らぬ者同士…ちゃんと順序を…そう、何事にも順序が肝心。

「セックスしよう」と俺は言う。女は爆笑しながら断る。「じゃあ、パンツみせて」これも心理テクニックてやつさ。要求レベルを徐々に下げてくってやつさ。

「え〜イヤだ〜」とまんざらでもなさそうな反応。イヤなのか、恥ずかしいのか、どっちだよ?ここからが本当の駆け引きの始まりだ。とにかく一旦は冗談めかして、どうでもいいような話を始める。俺の特技といったら、どんなタイプの女ともそれなりに話を合わせられるとこかな。でもやっぱ、バカの相手は疲れる。だから、オマエの口はチンポをくわえる為にあるんだって事を分からせてやるのが親心ってもんだ。

「VIPルーム行こう」と言って女を外に連れ出す。と言ってもこの店にはそんなスペースは無い。代わりにトイレに誘い込む。この店の良いところはトイレが男女兼用で、しかも広いことだ。

「ちょっと、ここトイレじゃん」と女が笑いながらありきたりな反応をすると、俺は黙って内鍵を掛け、笑顔で無言で女を鏡の前の洗面台に手をつかせて、腰から臀部まわりを愛撫する。女はビクッと体を反応させると、もう大人しくなった。ミニスカートはめくりあげるまでもなく、前屈みの姿勢になると下着が露わになっていた。予想通りの、極めて布の面積が少ないタイプ。俺はそれを脱がすことなく、布と肌の隙間に指を滑り込ませる。もうすでに濡れていることが分かると、俺はベルトを外し、腰の辺りまでパンツを下ろす。女が犬みたいにケツを振り、俺は動かないようにそれを左手で押さえ、右手は俺のノートリアス・ビッグ・ディックを掴み、狙いを定めてゆっくりを挿入した。女があっ、と声を漏らす。

 そして俺は目の前の鏡に映った自分を見ながらポーズを決める。スーパー・マッチョマンのフリをしながらノーハンドで腰を振るのさ。顔を伏せて喘ぐ女のアゴを引き上げ、鏡で自分の顔を確認させる。頰が紅潮した、この泣きそうな、気持ち良さそうな表情が俺の嗜虐性を刺激する。やがて俺が女の尻に射精すると、女はそのまま地面にへたりこんだ。俺は深呼吸を一度。その後は面倒なのでそのままにして、俺はトイレを出た。外には順番待ちをしていた女がいたから、中で吐いてるよ、と言ってもう一つのトイレを使うように促した。俺はまだ全然満足しない。店の外にでて、裏の川べりの遊歩道で一服することにした。けど寒くてすぐ戻りたくなった。川に小便をして、月に吠える。そしてこの何とも言えない欲求不満はどこで解消されるだろうかと考えた。

 そうだ。忘れていた。

 俺はフロアに急いで戻り、セクシャル・マイノリティの同級生を探すことにした。するとタイミングよく、階段の踊り場で彼女に会った。神の思し召し。かなり酔っているようだ。連れの女もいない。絶好のチャンスだ。

「久しぶり。一杯つきあってよ」俺は彼女の頰に手を添える。顔を近づけ、キスをしようとすると、彼女は顔を逸らした。そして意味深な笑みを浮かべる。

 俺たちはフロアに戻り、サタニストが好むようなデザインのラベルの、あの黒い液体をオーダーする。ただし俺は女の飲み物に期待を込めて、無職透明の化学物質を配合した。ほんの少し酸味のする液体だが、この濃い酒に混ぜると何も気にならない。そしてもちろん期待は報われるだろう。俺には求める結果を得る才能があるのさ。天はこの俺にイチモツのみではなく、二物も三物もお与えになった。選ばれし者としてな。天才や英雄ほど実際は孤独なものなのさ。そう、寂しい俺には人の温もりが必要なんだよ。彼女は警戒する様子もなく一気に飲み干し、表情を一瞬歪めたあと笑った。

「いいね、いいね、もう一杯いこう」

「ムリムリムリ」と彼女は拒んだが、すでに用量は充分。中身のない会話もそこそこ、ものの十分ほどで、アルコールと化学物質のマッシュアップで、女の様子が変わってくる。艶かしい嬌声や、淫らな表情は拝めなくてもこの際仕方がないさ。その薄いレザーの一枚下、君のを守ってくれているその頼りない布の下、君の理性を閉じ込めているその殻の中身を見せてもらおう。それを今日の俺のメインディッシュとするさ。

 クールだった印象とは裏腹に、彼女は笑い上戸になってくる。瞬きが増え、俺はその変化を見逃さない。

「あー、なんかきもちいい。酔ってきたかな」彼女はヒクヒクと引きつったように笑う。「ふわふわしてきた」その表情はとても幸せそうだ。「そんなにお酒よわくないんだけど」

「ちょっと休みなよ。車の中で横になりな?」俺はそう言って、まだ辛うじて意識はあるが、判断力はゼロの彼女を外に連れ出す。もうすぐ車までという所で、一気に体重を感じた。どうやら昏睡状態になったようだ。記憶を無くしてくれた方が都合がいいこともある。大丈夫だ、心配は要らない。俺の魔法はきっかり三時間で解ける。その後にはスッキリとした目覚めが待っている。そして君は何も覚えていない。君は眠る前の君のまま、また君として生きるだけさ。俺たちの間には、甘く爽やかな再会の思い出が残るだけ。俺は彼女をオンブして車まで、それから後部座席へ押し込む。

 車内はとても寒く、エンジンをかけて空調オン。彼女は完全に無意識。眠れる森の美女にキス。俺は白馬の王子様。濃く塗ったファンデーションと香水の匂いがミックスされて、俺の性欲を刺激する。ワンピースを脱がせるのは大変な作業だ。服をまさぐるが、ファスナーも何も無いタイプの服だ。チューブトップをずらし、胸を露わにする。見るからにバストの膨らみは無かったが、ブラジャーもつけておらず、ニプレスだけ貼られていた。パンドラの箱だ。諸君、これは賭けなんだ。どんなに時間と金をかけて口説いても、乳首の色や形を知るに至るのはようやくこの時なんだ!

 運命の瞬間。頼りないシールを剥がすと、小振りで、少し黒ずんだ乳首が現れた。息を整える。軽く口に含んで甘噛みしながら、手を下半身へと走らせ、秘部を想像し思いを馳せる。何であんな傷口みたいなトコロをいじられて気持ちイイのかっていう体のしくみが分からねーけど、とにかく男もコレが大好きで…ほら、この娘も、溢れるほどにその気に…なってねーな。カラカラ、意識不明。息は静かにしている。寝ている女を犯すフェチなんかもあるよな。俺は別に好きじゃねーけど。

 指を這わせながら、指を膣に入れた瞬間、ヌルっと…俺は凍りついた。そしてすぐに絶望感と怒りが込み上げて来た。この感触。匂い。最悪だ。なんでこんなタイミングで!

「クソ!」俺は汚れた指先を女の服で拭いた。生理の時にカーセックスなんかやったら殺人現場みたいになっちまう。ああ、レザーシートに血のシミが…。すぐさま拭き取る。取れない。最悪としか言いようがない。血痕って綺麗に取れるんだろうな?女の太モモには血の筋。止めないと。俺は生理と赤信号がこの世で一番嫌いなんだ。

 ナメやがって。このままじゃ収まらない。チンコを引っ張りだして、爆睡している女の口をこじ開けて、突っ込んだ。髪をつかんで強制的に頭を動かしながら、自分も腰を動かした。女がうーうー言いながら嘔吐く。そこまで深い昏睡じゃないな。ほんとは起きてるんじゃねーのか。このクソビッチめ。本性を思い出させてやるよ。そのまま口の中に出した。半開きの口からこぼれ落ちそうになったから、口と鼻を塞いで強制的に飲み込ませた。

 ふう、俺は一気に賢者モード。取り敢えず女を車から引っ張りだそう…としたが、さっきよりだいぶ重く感じてしまったので、とりあえずそのまま放っておいて、仕方なく店の中に戻って宇佐と柴を探すことにした。

 すると連中はちょうど外に出てきていて、俺に気付いたようだった。

「どこにいたんだよおまえ」タキオミと喋っていた宇佐が俺に言った。

「もう帰らねー?タキも、一緒にメシ行こうぜ」と俺は質問を無視した。

「清算とか片づけとかあるし、ムリだわ」タキオミはそう言って水を飲んだ。「終わったら一応連絡するよ」案の定、場に馴染めない柴が帰りたそうだったし、宇佐も釣果ゼロだったのだろう。二人とも連れて帰ることにした。タキと拳を突き合わせてアイサツし、店を後にした。

 車に戻り、ドアを開けると宇佐が叫んだ。

「おい!お前、マジかよ!」え?ああ、忘れてた。

「最悪だな。やってたのかよ?」柴が言う。

「いやいや」と俺は半笑いで答えた。でも今日は実際ヤッたってわけじゃないしな。それにそんな事をいちいち事細かに話すのは美学に反するし、そもそも、誰とヤッた、とか何人とヤッたとか、いわゆる誰が誰とヤったかと言われるヤッたという概念は…いいや、めんどい…ってまあ、女関係の事は、たとえ身内といえども、いきがってペラペラ喋るとろくな事にならねーのは経験済みだ。どっからトラブルに発展するかも分からん。揉め事は嫌いじゃねえけどな。

「とにかく、外に出そう」と見た目だけチャラい、根は真面目な宇佐がそう言ったので、俺達は女を車から引っ張りだして、二人掛かりで抱きかかえて、とりあえずエントランスのところに寝かせておく事にした。まぁ凍死することはないだろう。誰か他の奴に持って帰られればいい。どなたさんか面倒を見てやってくれな。

 ポコペンと音が鳴った。ポケットから携帯を出す。ファックバディからホットラインだ。お待ちかねの逆ブーティ・コール。旦那が夜勤でお留守だと。いいじゃないか。いい女なんだよ。結婚してようが子供がいようが、モテる女はモテる。男だってそうだ。モテない皆さんは、自分に何が足りないのか冷静に、客観的に考えてみるといい。ああ、それが出来ないからモテないのか。残念。

「てゆーか、誰も運転できないだろ」と柴が言った。ああ、確かにそうだ。

「代行呼んどいてやるよ。お前ら送ってから、家に車戻しといてもらうから」

「お前はどうすんだよ」

「俺、迎えにきてもらうから、あとは好きにしといて」

「迎え?」

「セフレのお姉さん来るから」

「まじかよ」柴が渋い顔で言った。「何かフツーに女とそういう関係作れるお前がたまに羨ましいわ。いや、別に羨ましくないかな」と強がりを言う。

「余裕だろ」俺は言ってやった。そりゃそうだろ?だって、お楽しみはこれくらいしか無いからな。芸能人とか、美人のモデルとか、道端で見かけるいい女を見たら思うだろ?世の中にはこんな女とセックスできる男がいるんだよな、どんなヤツなんだろうな、どんないい男とヤってんだろな、金持ちかな、イケメンかな。そんなこと思ったりするだろ?答えはな、俺とヤってんだよ、俺とな。お前に、友達と遊びに行くと言ってから、俺と会ってるんだよ。ごめん、あなたとはそういうのじゃないのと言った後で、俺に抱かれているんだよ。

 世の男性諸君、俺は一体何者だと思う?俺は、だ。

 迎えが来るまでにはまだ時間があった。すぐ近くのコンビニまで歩いて行くことにした。買い物をしてから外に出ると、暴走族みたいなバイクが数台、目の前を走り抜けていった。

「あれ、今のナカノじゃね?」宇佐がそう言った。地元の友達だ。よく見えなかったけど、たぶんそうだ。まあ、アイツはアイツで楽しいんだろ。楽しんでるんだったら、それでいいじゃんな。

「バカの方が人生楽しんでるよな。俺にも何か楽しい事ないかなぁ…?」柴が苦い表情で呟いた。俺は、いやお前もよっぽどバカだろ、と思う。

「問題は、ストレスをどう解消させるかって事さ。踊る、飲む、食べる。寝る。おしゃべり、ドラッグ、セックス、ケンカ、スポーツ。まあ色々ある。テキトーに楽しめよ」俺はそうアドバイスをくれてやった。「楽しもうぜ?何もかも全部、ただの遊びじゃねーか。逆に世の中、遊びじゃねーことなんかあるのかよ?」俺の有難い説法にもヤツは溜息をついてる。「お前といたらこっちまで暗くなっちまうぜ」ほんとに、こっちが疲れちまう。なんでこんなにネガティブなんだろうな?こういう奴はモンスターエナジーじゃなく、エナジーヴァンパイアってヤツだ。昔はひたすら明るいだけが取り柄みたいな奴だったのにな。まあ色々あったのは知ってる。俺も身をもって分かるぜ。人は変わるもんだ。心優しき俺様は哀れな友人を切り捨てたりはしないさ。だから新年会の時も呼んでやったってのに。「まぁ、今を楽しめよ。彼女でも作って、そんでお前ももっと自信もてよ」そう言うと、柴は大きな溜息をついた。

「そう簡単にいくかよ…」奴は自分をあざけるように言った。

「自分を過大評価するのは良くないけど、その逆はもっとダメだぞ」俺は柴の肩を組んで、そう諭してやる。

「お前はいいよな。自分の事好きだろ?」奴はバカにしたような顔で俺を見た。この上に皮肉かよ。おいおい。

「自分より好きなモンがあるかよ?」俺はそう答えてやった。すると今度は溜息混じりに煙を吐きながら、小さく首を振って、

「お前はラッキーな奴だよ」と皮肉な表情ひとつせずに言った。

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