ハンドル ー藍那ー
あたしは自分でもわかるくらい、あからさまに機嫌の悪い顔をしてた。これじゃ優しくされるのを期待してるみたい。はあ、普通にしよう。
「向こう着いたら、どっか行く?」機嫌をとろうとしてんのか、わざとらしく笑いながら彼が言う。あたしはまだ黙っている。「どっか行きたいとこある?こっちには何も無いもんな」
金曜日に学校が終わると、迎えに来てもらって週末は都会で過ごす。そんな生活にも慣れてきて、飽きてきた。高速道路に乗る前にドライブスルー。砂糖なしのミルクティーを注文。彼があたしの分も払おうとしたけど、あたしは自分の分を無理矢理に出す。おごられるのが嫌いなんだ。飲み物くらいで大袈裟だとは思うけど、理由無く借りをつくるのがイヤだ。おごられるのを当然と思うような女にもなりたくないし、飲み物くらいで歓心を買おうとする自己満足か下心か知らないけど、そんな男も嫌いだから。まあ、まだそういう気を遣ってしまうような、まだそんな程度の関係なだけか。
彼は運転しながら電子タバコを取り出して吸い込む。それから何て言うか、こう、大げさに息を吐きだした。ためいきをつくように。あたしはそんな彼の動作を何となく見つめていた。車は走る。
話しかけないで欲しいって言うオーラを出しながら、あたしは携帯電話を見ている。一時間もすれば到着する距離だけど、この時間はいつもとても長く感じる。会話も弾まないから変な気を遣ってしまう時もあった。解決策としてはもうあんまり話さないようにすることにしている。どうせ中身の無い会話なんだから。
湾岸部の工場地帯に差し掛かると、ああもうすぐ着くなと思って外の景色を見る。
「ここ、夜に通るとキレイよね」ポツリとそう呟くと、彼は嬉しそうにペチャクチャと喋り出す。
「今からどうする?」彼が言う。この言葉の後に続くセリフは大体予測できる。「仕事まで時間あるでしょ?」コンタクトが乾いてきたから目薬を挿した。ついでに鏡で自分の顔を見た。あたしは、こう、少し首をかしげて頷く。「時間あるならさ、とりあえず俺の家行こうよ」返事が面倒だから黙っていると、本当に家に連れてこられた。大きなタワーマンションだけど、ここの場所も建物の名前も、絶対に覚えられる気がしない。
「適当に座っといて」部屋の中に入るとそう言われて、ソファに座った。いつ来ても殺風景な部屋だ。あたしはする事が見つからず、タバコを吸った。空気清浄機が反応する。彼がすぐ隣に座ってきた。そしてゆっくりとあたしの腰に腕を回してきて、顔を近づけてきた。おい、もうするのかよ。とあたしは思う。彼は薄く笑っている。目を合わせようとしてきた。でもあたしは下を向いたまま。手で引き寄せられた。ちょっと身を引いたけど、なんかもうどうでもよくなってキスをした。雰囲気もクソもない。でも、舌を絡められると簡単にスイッチが入った。この男は、キスが上手いんだ。そう、特徴を言うなら、好きな香水の匂いと、上手なキス。それだけだ。でもまあ、それだけでいい。それでじゅうぶん濡れる。そうなるとあたしも落ち着かなくなって、もう自分から服を脱いでしまう。
「おいしい」彼が言う。「もうヤバい」あたしは少し、興ざめする。
けっこう長い間キスをして、そこから先はいつもの通り。決まった手順の、性欲処理にもならない、先の見えたしょうもないセックス。もうすでに後悔と面倒くささが襲ってきた。それでも、あたしは集中する。そして、演技に集中することに切り替える。ああ、そう、そこ。
コトが終わると一気に冷静になる。最中はそのこと以外何も考えてないのに。あたし、男なのかな?テストステロンが多く分泌されているんだろうか?
「休憩しよか」彼が焦げくさい電子タバコを吸う。あたしはメンソールのタバコを吸う。そしてこうしてボーっとしてる時とか、そのたびに何か、何かを思い出しそうになる。モヤモヤする、違和感。
何か異物が…そう、コンタクトを入れてすぐの時みたいな…それかたまに簡単な漢字を忘れた時とか、こんな字だったっけ?みたいな違和感。なんか違うような気がする…みたいな。なんかもう全てが。全てに対して違和感を感じてしまう。
違う。この景色じゃないの。あたしが見たいのは。この気持ちじゃないの。あたしが感じたいのは。
「はぁ…何なんだろ。何してんだろ」もう夢見る少女ではない。眠そうにしてるオトコを横に見て、あたしは呟いた。でも今はそんな事、考えたくなかった。
あたしはボー…っと天井を見あげてタバコをふかして、その煙の行方を見つめている。
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