悪循環     ー柴ー

 悪い夢を見て目が覚めた。寒い。身体が動かない。我妻が携帯をいじってる…あれ?我妻?何で?ここどこ?頭が冴えていないな…状況を把握しろ。えっと、あ、我妻ん家か…飲んでたんだっけ…。

「みんなは?」周りを見たけど他に誰もいない。

「とっくに帰ったぞ。もう」どんくらい寝てたかな…あー…頭いてー…帰った…?あ、そう…。外を見ると明るかった。

「今何時?」俺の携帯どこ…?

「十時。朝の」朝なのは見たらわかる。外が明るいから。そうか…俺も帰ろ…頭いて…気持ちわりぃ…ってゆーか寒。

「悪りぃ。寝てた…」俺は携帯とタバコとダウンを持って帰る準備をした。「さっむ」着歴を見ると親から十回以上かかってきている。「やべ…寝過ぎた」

「金子、来てたぜ」我妻が携帯の画面を見たまま言った。

「マジ?帰ってきてんの?あー…後で電話しとこ」

「原野も来てたぞ。覚えてるか?」

「いや…ああ」俺の頭はこんがらがっている。「帰るわ…また」

「…おう。お疲れ」俺は手をあげて颯爽と退場したあと、車に乗り込んだ。座った瞬間に猛烈な吐き気に襲われた。深呼吸をして回復を待って、家へ向かった。ああ、親に黙って車借りてきたからか…。

 

 家には誰もいなかった。部屋に戻るとベッドに倒れ込んだ。まだ頭が痛かった。だいたい我妻が悪い。いきなり飲ませるから。それにマヤ…サプライズ登場ってなんなんだよ…。

 二時間ほど眠ったのか。起きると頭痛はマシになっていたが、体はまだ完全にダルかった。それでも何故か目が覚めてしまっている。二度寝しようとしても寝付けない。とりあえず起きることにした。

 洗面所で顔を洗うとき、寝過ぎか飲み過ぎのせいでむくんだ顔を見て、一瞬自分が分からなくなってビックリした。

「さて…」どうしようか。金子に電話する…出ない。しばらく待ったが折り返しの連絡は無かった。ヒマだな…。スロットでも打ちに行こうかな。金…ねーな。

 車に乗ってコンビニで一万だけキャッシングして市内で一番でかいパチ屋に行った。正月なだけあって、絞られるのは分かってるのに客は多かった。みんなヒマなんだろうな。俺は適当にデータを見て、台を選んで、千円を投入した。

 …まぁ、かかるわけがない。次の千円。そして次、次……。俺の全財産は一時間もたずに食われ、負債だけが残った。台を殴った。あーハラたつ…。はぁ…さて、どうしようかな…。

 どうしようもなく、俺はヒマつぶしに周辺をうろつくことにした。しかしここらにいても、まったくヒマは潰せない。かつて賑わいを見せた地元じゃ最大の繁華街は文字通りシャッター街、さながらゴーストタウン。デパートもに潰れたし、ここ十年間で大手のチェーン店は次々と撤退。そのあとに入っているのは質屋や老人ホーム。メインストリートにある店は老夫婦が経営する地味な個人商店だ。極めて顧客の年齢層が高い服屋とか雑貨屋、金物屋にさびれた喫茶店だけ。半数以上は空きテナントで、不動産屋のステッカーが貼られまくっている。夜九時を過ぎれば街頭も消え、通りは真っ暗になる。少し歩けば歓楽街エリアだけど、そこにも人はほとんど歩いてなくて、ネオンもまるで光っていないけど、客にあぶれたタクシーだけはやたら多い…おいおい、地方都市ヤバイって。不景気のあおりってやつか?俺が選挙に行かないせいなの?

 通りを歩きながら思った。やっぱりこの街は終わってる。ここ我が郷土には若者がいない。高校を卒業すると、ほとんどは都市部に流れていく。よくある過疎化現象だな。若者がいるとしても、俺みたいなタイプばかり。生産性の無い引きこもりのヒマ人か高卒のフリーターだ。セックスしかやることのねえヤンキー達は若くしてガキを作って、男はドカタ、女はシングルマザーでキャバ嬢だ。まあ俺も人のこと偉そうに言えた立場じゃないな。ああ、街がさびれてるから悪いんだよ。俺のせいじゃねえ。政治が悪いんだよ。

 くそ。こんな感じで気づけば歳とっていくんだろうな…。『ピンクフロイド』の『タイム』はまさに俺のことを歌っているようだ。で、そんなこんなですぐ三十になって、四十になって…何もせずにギャンブルばっか行って、たまに日銭稼いで、親に寄生して一生実家暮らし。年金も貰えずに生活保護。末路は孤独死。そんな人生を歩んでいくんだろうな…その前に何かやらかして捕まったりして…笑えねえ。ほんとに。笑えねえ。

「いっそ悪いことやって、つかまってしまおうかな…」

 皆は仕事をしろと言う。当然だよな。勤労も納税も義務だもんな。でも怠いし、やる気しねーし。最終学歴中卒だし。定職ないし。女いないし。ダメ人間の名を欲しいままにしている。毎日がつまらねえ。でも死にたいわけでもない。自殺する根性も無いし。そう、心から絶望してるってわけじゃなくて、何かいい事ないかなって期待はしちゃうんだよな。

「いいないいな…人間っていいな…か」ああ、人間やめてーよ。

 俺の人生振り返ってみても、ロクな事が無い。人生にはってのがあるって言うけど、若い時に来る奴もいれば、歳とってからの奴もいるだろう。だがもちろん全員にあるわけじゃないし、幸いにもずっとそれをキープしたままの奴もいる。でも俺は確実にチャンスを逃してきてる。思い返せば、あれはチャンスだったのかと思っても、その時は気づかないもんだよな。もうこれからあるとも思えないし。実際、世の中が平等でも公平でも無い事くらい分かってる。でもな…それを認めるのは、悔しいよな…。

 どっから狂い始めたんだろう。思い出せないよ。それなりに充実してた時期もあったはずなのに。ほんの何年か前に。

 失恋だの挫折だの、苦い経験ってのも人生において良い勉強だけど、それを活かせることも無く、引きずってずっと辛いままの人間もいるんだよな…で、そんな負け犬根性のまんまで良い方には向かないと。まさに悪循環。ささいな事に幸せを感じるように努力してても、前向きに何か行動に起こそうとしても、それがすぐに報われないと面白くない。堪え性がないんだ。結局長続きせずに、バカらしく感じてしまう。何事にも期待はするものの、結果は最悪。で、また後悔、自虐。諦めの精神。このサイクル。そんなに欲は言ってないと思うんだけどな。

 フツーの暮らしがしたいだけなのに…全部俺が悪いのか?俺の器か?宿命か?うわ、ヤベ…考えたくねえ。バカだと気づかないバカが一番幸福だ。バカだと気付いてしまった低スペックのバカが一番不幸だ。酒を飲めばヘマをするし、女は面倒だし、趣味やゲームもすぐ飽きる。何を楽しみに生きたらいいよ?

 もう将来良いことが起きる気配は無いし、目標も、それに向かって頑張ろうという行動力も決断力も無い。なんつーか、やっぱ人間って生まれた時にほぼ人生決まるよな。

「どうにかなるかな?金持ったら…かわるんかな…」

 とはいえ、結局はなるようになるし、こんな気ままな暮らしも悪くないって思うようになったな。挫折にはもう馴れた。開き直ったら無敵。ヤバイヤバイって言いながらも、俺は、まぁなんとかなるだろうと思ってる。世の中ナメてる。甘く見てる。正真正銘のクズ野郎。こうして俺は、ただ残りの二万日くらいの人生の時間潰しをしているだけ…。  

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