第7話

 ウィリアムたちは森の妖精エルフ族の娘ユーリアの導きのもとに、色とりどりの輝きに満ちた森の中を歩いていた。


 ウィリアムは捜索隊の大部分を駐屯地で待機させて、指南役の老騎士バイロンと三人の若い騎士ピーターをだけを連れて行動することにしたのだった。


 森の中でありながら、今まで歩いていた森の中とは明らかに異なっているように感じられる。


 ユーリアと出会う前に森の中を歩いていた時には、あまりの寒さに滝が凍りついてしまった氷瀑が見られていた。


 この”深い森”と呼ばれるエルフ族の森の樹々には、溢れんばかりの生命力の躍動感が感じられた。


 先程まで積雪の中を歩いていたが、ここには雪が見当たらない。


 冬季のために落葉樹の樹々は葉を落とし、その葉が地面に厚く堆積していた。


 だが、寒さはまったく感じられない。


 それどころか、小春日のような優しく暖かで穏やかな感じである。


 美しい樹々の間から垣間見える空は、ウィリアムの知っている蒼い空はそこにはなかった。


 雲もなく、太陽もなかった。


 ここには幻想的な光に満たされ、七色に輝いている。


 どことなく、妖しい雰囲気さえ漂っていた。


 緩やかに時間が流れていて、いつまでもこの場に留まっていたいという気さえ芽生え始めていた。


 ここは、人間を忌み嫌うエルフ族が暮らす国であり、妖精族の故郷である妖精界なのだ。


「ここはあなた方の故郷である”妖精界”の中なのですね」


「ごめんなさい。妖精界を知っているのなら、ここに入る前に説明しておけばよかったわね。あなたたち人間に説明しても、理解できるのか分からなかったの」


森の娘は美しい表情を一瞬曇らせて、ウィリアムから視線を外した。


「学匠から聞いたエルフ族は、この物質界に捕らわれ妖精界へ帰る術を失ったと聞いていたのだが……」


「物質界の森で暮らすエルフ族は確かに妖精界へ帰る術を失ったわ。堕落した彼らは限りある命にもなった。だけど、彼らはそれと引き換えに得たものがあると聞いているの。それが何なのかは分からない。私はそれを知りたいわ」


ユーリアは、自分たちは永遠の命である”古エルフ”であることを告げた。


 古エルフ族は基本的に寿命がない。


 かれらは成長したのち、老いて死ぬことがないのである。


 彼らは妖精界で生まれると、世界の終末まで存在しつづける。


 そのため”森神エルフ”と称されたり、”半神”として尊い存在とされることがある。


 同じエルフ族でも”物質界の森で暮らすエルフ”は妖精界から出て物質界で長く暮らし、物質界で交配して生まれたエルフ族であるため、妖精という存在ではなくなり”亜人”となったのだという。


 そのため限りある命の存在となったが、それでも人間よりも遥かに長く生きられる。


 それは同じ妖精族であったが、亜人となったドワーフ族の寿命の二百年を遥かに上回る千年は寿命があるとされている。


 ウィリアムは目の前のエルフ族の娘が、古エルフ族だということに驚きを隠せなかった。


 学匠からは古エルフ族は賢明であるが、その傲慢さから滅びの道を辿ったと聞かされていたからだ。


 古エルフ族は、自分たち以外の種族を蔑み意味嫌い関わりを絶ったため、黒エルフ族との争いで滅びたと聞いていたからだ。


 現在、森で暮らすエルフ族は皆、亜人であるエルフ族であり、彼らエルフ族も人間を忌むべき存在として関わりを絶っている。


 なので、人間がエルフ族の存在を目にすることはほぼないのである。


 黒エルフ族に至っては、外見的な特徴はエルフ族と同じであり、古エルフ族と同じように妖精界へ出入りしている。


 恐るべき精霊魔法の使い手であり、自分たちの部族である黒エルフ族以外は一切認めなかった。


 傲慢な黒エルフ族は、自分たち以外の古エルフ族、堕落したエルフ族や人間との間に生まれた半エルフを皆殺しにしているということで、邪悪なエルフ族であるとされ”闇エルフ”とも呼ばれている。


「わたしたちエルフ族は、黒エルフ族との戦いに敗れてこの地に逃れてきたの。この新天地は最後の領域となったわ」


「どういうことなんですか?」


「”追放者”であり宿敵にして憎むべき存在である黒エルフ族は、この最期の領域を奪おうとしている。幾百幾千年と続く戦いにおいて、彼らの卑劣で残忍な虐殺行為に対し、わたしたちも武力で踏み留まってきたの」


「そんなにも長い間……」


 ウィリアムは、エルフ族という種族が永劫の時をこんなにも同種族で憎しみ合い争い合っているとは思いもしなかった。


 ある意味、ウィリアムたち人間も彼ら種族同様に同種族で殺戮を繰り返す歴史を綴ぐのだという事実を痛感させられた。


 古エルフ族の娘であるユーリアの話によると、古エルフ族と黒エルフ族は元々は一つの古エルフ族であった。


 しかし、黒エルフ族の族長で王あるヴェンデルベルトが妖精界にある”世界樹”の枝を盗み出した。


 そのため、ヴェンデルベルトは追放された者となった。


 彼に付き従う一部の古エルフ族は、同じように追放されたのだった。


 ヴェンデルベルトは取り木した枝を物質界の大地に植林して妖精界と物質界と精霊界の狭間に”闇の森”という新しい妖精界を創り出したのだという。


 荒れ地だった大地は、妖精界の理に反した行いにより百年余りで広大な森が出現したのだった。


 永遠の命を持つ者にとっては、物質界での百年間などは瞬きの間と同じであった。


 闇の森が生まれて育つまでの間、黒エルフ族は荒地の地下で暮らした。


 それはエルフ族が毛嫌いするドワーフ族さながらの暮らしだった。


 黒エルフ族はこの屈辱を晴らすべく、追放した古エルフ族への憎悪を膨らませ続けたのだった。


 憎悪の対象はエルフと人間との混血の種族である半エルフにも及んだ。


 閉鎖的なエルフ社会では迫害や差別の対象となっていた。


 人間社会にもエルフ社会にも居場所のない半エルフは、どちらの社会でも受け入れられないため、単独や少人数で行動している場合が多い。


 そんな半エルフたちを黒エルフ族は”出来損ない狩り”と称された殺戮が、黒エルフ族によって行われていた。


「西の海岸洞窟へ行くのを急ぎましょう。わたしたち古エルフ族もあなたたち人間に友好的な者は少ないの」


「そうなんですね……」


「だから、一刻も早く深い森を抜けるために、この妖精界を抜けることにしたの。まさか人間が妖精界にいるとは思わないでしょ?」


「たしかに、喜ばしい事ではないですね」


「それと、ここで捕らえられたら大変なことになるわね」


「それは避けたいものだな」


 ウィリアムは幻想的な樹々の上に視線を向け、先程から自分たちを付け狙う一団に警戒をしながらそう呟いた。

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