第6話
炎の神は”炎獄の神”の姿をうねるような炎を伴って、徐々に成していった。
そして全身が業火と煙に包まれ、人間のような姿に炎の翼をを広げたのだった。
炎の神は非常に獰猛で猛々しい神であり、絶対神として崇められていた。
猛々しい炎の神の吐息は燃え盛る炎であり、炎の神の爪はあらゆる金属を切り裂き溶かすとされている。
巨大な炎の翼で天を覆い尽くし紅く染め、その炎は世界を七日で燃やし尽くしたとも言われている。
この炎の神を信仰する教団では、聖なる炎で焼き清められた世界で、新たな歴史が紡がれていく。
そして、歴史は繰り返される。
世界の不文律を侵した人間を粛清するために、その度に炎の神が地上に降臨して世界は浄化されるとされている。
悪しき人間は滅び、神に選ばれた者のみが歴史を繰り返す。
しかし、神に選ばれた人間は不完全な存在であり再び同じ過ちを繰り返す。
その度に愚かな人間たちは、必ず地獄の火炎で焼かれることになるだという。
炎の神は名もない神であるが、性格は獰猛かつ短気で、瞳も恐ろしげな炎の如く輝きを放っており厳つい顔をしている。
様々な魔法の力や奇跡の力を行使することができ、人知の及ばないほどの力を持つ存在である。
炎の神は己の属性である炎を自在に操り、その絶大な力から唯一神として崇められている。
炎の神の教団では異教の神々を邪神とする事がある。
しかし、光の神々を信仰する教団からは、炎の神のその恐ろしげな姿から”邪神”や”破壊神”とされている。
神々の時代の神話の中では”炎を吹く邪悪な魔神”として炎の神の事を伝承しているのである。
ドワーフ族が築き上げた地下王宮の三階層は、炎の神の体から発せられる炎によって、この地下都市内部に太陽の光を取り込んだかのように、隅々まで明るく照らし出されていた。
紅い祭服を身につけた紅い女が、ユアンの手に握られているダマスカス鋼の長剣表面にある独特の縞模様にそっと触れた。
紅い女は炎の神に平伏した。
ユアンはその場で事の成り行きを観察することにした。
「我が偉大なる神よ、あなたの僕でございます」
紅い女の言葉に、目の前の炎の神は何も答えなかった。
しかし、炎の神と紅い女の間では言葉ではない方法で会話が進んでいた。
意思と意思との直接的な会話を行っているようだった。
紅い女はユアンに向き直ると、炎の神との会話の内容を簡単に伝えた。
炎の神の肉体はこのドワーフ族の地下王宮の二十階層にあるのだという。
しかし、ユアンはドワーフ族の地下都市は十八階層までしかないと聞かされていたので困惑した。
そんなユアンの表情を紅い女は察した。
「地下都市は十八階層が最深部とされていますが、本当は二十階層が最深部です。なぜなら彼ら貪欲なドワーフ族は……」
紅い女は一旦そこで言葉を区切った。
そして、真実を話す覚悟を決めたように話し始めた。
光の神々との戦いにおいて破れた炎の神は、地下で数千年にもわたる悠久の眠りについていた。
しかし、ミスリルを求めて奇岩地帯を掘り進めて作られた坑道をドワーフ族は、あまりにも貪欲に深く掘り進んだため、坑道の奥深くで眠っていた炎の神を目覚めさせてしまった。
そして、彼らドワーフ族は二十階層と十九階層で激しい死闘を繰り返し、炎の神の肉体を地上へ出さないために最下層である二十階層を崩落させて潰したのだった。
そのため、二十階層と十九階層は存在しなくなった。
ドワーフ族は邪悪な存在を地上へ逃さないように何日もの間、不眠不休で戦い続けた。
その多くは炎の神の地獄の業火で肉片も残らぬ骸となった。
骸といってもその業火に焼かれた肉体は一瞬にして灰となって、坑道の床や天井、壁に降り積もった。
その灰の一つひとつがドワーフ族の命の数なのである。
ドワーフ族の王はこの炎の化け物と刺し違える思いでこの最下層ごと埋めることを決定した。
そして、ドワーフ族の民に避難するように告げた王は、炎の神へ戦いを挑み最下層を崩落させる仕掛けを作動させた。
ドワーフ族の王はその崩落と共にし、ドワーフ族の王国が滅んだのだった。
ドワーフ族のほとんどは炎の神に滅ぼされたが、ほんの一握りの生き残りは地上へ逃れたり、トンネルを通って逃れ各地へと散ったのだった。
最下層で生き埋めとなり肉体が滅んでしまった炎の神は、物質界への介入する術を失った。
そして光の神々と同じように魂だけの存在となった。
しかし、炎の神はその存在を炎の中に表すことができた。
それは人間が己の姿を鏡で映し出すのと同じように。
そして、ユアンの目の前に存在する魔神はまさにまぎれもない炎の神なのだ。
「炎の神は、器を求めています。再びこの物質界にて自らの力を行使する術を求めています。粛清の時が来たのだと。神の不滅の魂を受け入れられる器を、神に似せて創造された人間から探せとおっしゃっています」
紅い女は神の声を聴いて、その代弁者となっていることに至高の喜びを得ていた。
「炎の神の器には、王であるユアン自ら差し出そう! しかし、我が願いはこの極寒の北の大地から陽が降り注ぐ大地へ移り住むこと。そのためには隣国を倒す力が欲しい!」
ユアンは炎の神の姿をした炎の塊に向かって叫んだ。
「汝は我が器にあらず」
そう答えたのは紅い女の妖艶な唇であった。
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