第14話 白い鳥、黒い鳥

 クラス全体での絵本読み聞かせの時間に、ちえこ先生が『みにくいアヒルの子』という絵本を読んでくれた。私の家にはなかった本で、このとき初めて知った物語だった。

 黄色くてふわふわしていてかわいらしいアヒルの幼鳥に混じった、羽毛がすすけたような灰色で醜いと罵られていたヒナが、大きくなったらアヒルなんかよりずっと優雅で美しい白鳥になる。いじめられ、仲間外れにされてばかりのつらい毎日の生活が将来、大逆転するというのだ。

 私はそのストーリーに強烈な羨望と嫉妬を覚え、胸が苦しくなった。魔法も使わないのに幸せになれるなんて、生まれつきそんな運命だなんて。「いいな」と「ずるい」はすごく似ていた。自由時間、私はちえこ先生からその絵本を借りて、最初のページと最後のページを何度もめくり、戻り、苦しさを身体に染みつけた。


 家に帰ってから思わず母に『みにくいアヒルの子』のことを話した。私が保育園でのことを話すことがほとんどないせいか、母も珍しく話にのってきた。

「あー、あれ、素敵なお話よね。お母さんも好き。人間でもあるのよ、小さいときぜんぜんパッとしなかった子が、大きくなったらすごい美人になったとか、東大入ったとかね。わかんないもんよねえ。あ、そうそう、白鳥はそうなんだけどね、カラスは違うのよね」

 母はカラスのことが「この世でいちばん嫌い」といつも言っている。

「あんた知ってる? カラスの子はね、生まれたときから真っ黒なの。大きくなるとどんどんどんどん黒くなって、黒い羽がびっしり生えてきて、最後は真っ黒でギラギラした、あんなに気味が悪い鳥になるんだよ。人間のものを横取りしたり、ゴミをあさったり、ほかの鳥の卵やヒナも攻撃する、ほんっと、いやな鳥よ、カラスは。さっきの話じゃないけどさ、人間にもいるわよね、子どものころからいろんな意味で腐ってるのって」

「このまえおねえちゃん、カラスにおいかけられた!」

 妹が口を挟んだ。

「え、そうなの?」

 母は今にも吹き出しそうな顔で私を見た。

「やあだ、あれね、もしかして、カラスにも、わかっちゃうのかしらねー」

「おねえちゃんだけ、ずっとおいかけられたの! コトちゃんはだいじょうぶだったよ!」

「へええ、そうなの。なんでかねえ、おっかしいねえ」

 妹はキャッ、と肩をすくめて笑った。母は妹に顔を向けてにやりとした。私はなにかリアクションを返そうとしたけれど、思いとどまった。泣いたり怒ったりするのは違う。でも、ここで一緒になって笑うのは、もっと違う。悲しくなんてなるものか。

 感情をこらえてぐっと飲み込んだ言葉は、トゲを持ったように内臓を刺してきて、胸と胃が痛んだ。母の目はもう私にはなく、弟の動きを追っていた。

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