第26話 準備
果たしてゆいちゃんの思惑どおり、ゆいちゃんのお父さんから私の母にお泊り会を打診すると、母は二つ返事で承諾した。その話をしている大人たちの足もとで、私たちは肩をすくめ、目配せをして笑いあった。ゆいちゃんはすごい。私が大人になにを言ったって、絶対に思いどおりになったことなんかない。それなのに、ゆいちゃんの言うことは、大人はみんなちゃんと聞いてくれる。やっぱりゆいちゃんは、大人を自由に操ることができる立派な魔法使いだ。
お泊り会は、八月の上旬、二泊三日となった。その間、父はふだん通り出勤、母は妹と弟を連れて隣県にある自分の実家へ帰省するという。あまりにもすべてが都合よく上手くいくので、その日のことを思うだけで、身体が勝手にぶるんと震えた。具体的になればなるほど不安な気持ちに侵されていた心にいつしか光が射し、とてつもないことをやってのけるという期待の方が勝っていた。
私たちは来る日のために「ぼうけんバッグ」を各自用意した。私はピアノや文字の練習のときも、洗濯物をたたんでいるときや風呂に入っている間も、長い旅に出るために必要なものを懸命に考え続けた。うっかり時間配分を間違えて母にきつくなじられても、それすら上の空になるくらいだった。自分の登園用のリュックの中に、ゆいちゃんからもらって隠しておいたスナック菓子の小袋、お手ふきタオル、使い切らないようにしておいたポケットティッシュ、いつも一緒に寝ている小さなブタのマスコットを入れた。その上に、着替えや下着を重ね入れて隠す。母はもちろん、妹や弟に見つからないように少しずつ少しずつ、慎重に進めた。ゆいちゃんは、ジョンとダイアナを持ってくると約束してくれた。
それから、大事なものがまだあった。公園の砂場で見つけて少しずつ貯めていた「たからのこいし」。私はそれをビニール袋ごとリュックの外ポケットに詰めた。「たからのこいし」は、ゆいちゃんと私の遊びの中で生まれた秘密のひとつで、ちえこ先生が読み聞かせてくれた『アレクサンダとぜんまいねずみ』という絵本に出てくる「むらさきのこいし」を探しているうちにみつけたきれいな石たちだ。絵本の中では「むらさきのこいし」を「まほうのとかげ」に捧げると、いきものを別のいきものに変えてもらうことができる。私もゆいちゃんも、まほうのとかげは必ずこの世界のどこかにいると信じていた。
まほうのとかげに会う日のために、私は今回のぼうけんで「むらさきのこいし」を絶対に見つけたいと思っている。団地の外の世界に出れば、その可能性は無限大になる。もし見つけられたなら、私はなにをお願いするかをとうに決めていた。
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