第5話 ゆいちゃん・1

 私が保育園に入って半月が過ぎたころ、ゆいちゃんが転入してきた。ゆいちゃんは白くて小さくて、くりっとした大きな目、光に透けると金色に見えるサラサラした髪の毛をして、笑うと桃のようなやわらかいピンク色をしたまあるいほっぺに、ちいさなえくぼができる。

 彼女が現れたとたん、今まであんなに私にべったりだったヒロくんとマーくんは、いっぺんにゆいちゃんに夢中になった。二人はゆいちゃんの後ろを子犬みたいにくっついて歩き、あれやこれやと話しかけ、手を出してはぶつかって言い争いをしている。ついこの間まで、私がされていたこととそっくり同じ。私も他の人から見たらあんな感じだったのか。胸の奥がつうっと鳴った。家で母に抱かれている弟を見ているときと似た痛みだった。朝の会で椅子を置いても、私の両隣には広い空間ができるようになった。

 まるでそのときを待ちかまえていたかのように、今までほとんど近寄ってもこなかったカノンとルナが、私にからんでくるようになった。自由遊びの時間になると、カノンはわざわざ絵本を読んでいる私のすぐ横にやってきて、大声で叫ぶ。

「だれかー! あーそーぼー!」

 その声に反応したルナが、身体が小さくておとなしい二、三人の女の子の腕をひっぱってくる。そうやって私は瞬く間に逃げ道を塞がれ、完全に包囲される。

「じゃあ、おようふくやさんごっこね。あたしてんいんさんね」

 カノンが一方的に話しはじめ、ごっこ遊びが始まった。今日は洋服屋のパターンか。

 私も当然のようにメンバーに入れられ、買い物客という役を与えられる。私は洋服にどう興味をもってよいかわからなかった。母が私や妹に着せるのは、黒かグレーか紺色の、天然素材の地味な服ばかり。きょうだいのいちばん下に弟が生まれてからは、弟までおさがりができるようにとそうなっている。妹はもっとほかの色の服が着たいと騒ぐけれど、髪の毛につけるピンやリボンをいろんな色にすることでどうにか納得させられていた。カノンやルナは、大きなリボンやきらきらしたスパンコールが縫いつけられた服や、アニメのキャラクターがプリントされた派手なものを着ている。彼女たちは私の服を「ダサい」と言う。よく意識して見てみると、ほかの多くの女の子たちも赤やピンク、淡い水色や紫などといった、ときに目がチカチカするくらいの明るい色で、白いレースやフリルがついた服を着ていた。ああいうのが彼女たちがいうところの、「かわいいおようふく」というものらしい。服装について彼女たちを羨ましいとも思ったこともなかったけれど、カノンやルナは、自分と異質のものを見つけたら攻撃しないと気がすまないらしかった。

「いらっしゃいませー? めっちゃかわいいおようふくやさんですよぉ」

 いったいどこから出しているのか、ふだんの彼女の喉を二回くらい洗浄したような気色悪い声がした。開いた口から唾が飛び散るのが見えた。

「カノンはいちばんにんきのある、めっちゃスタイルのいいてんいんさんなのね」

 すかさずいつもの低い声で早口の補足説明が入る。「めっちゃスタイルがいい」とは、カノンのように、黒くて細い、洗っていないごぼうみたいな体型のことらしい。

「〝わたしににあうおようふくがほしいんですけど〟ていって」とカノンが私にむかって囁く。私は言われたとおりにする。カノンは高い位置で結んだ巻き毛の先を指にからめながら下から上へ、品定めするように目線を動かした。

「うーん、あなたはめっちゃブサイクだからぁ、にあうおようふくがありませんね」

 ぷっ、とルナがふきだし、でっぷりとした全身の肉をゆすって笑い転げる。連れてこられた女の子たちも、互いに顔を見合わせながら、遠慮がちに苦笑いをする。私は間がもたなくなり、大きな窓のほうに視線を逃がし、そして黙る。

「やっぱこのあそびやーめた、だってえ、いとちゃんとあそんでもつまんないんだもん」

 カノンが言うと「そうだよそうだよ」とルナが合わせて立ち上がる。

「みんな、もうあっちいこう?」

 カノンのかけ声で、女のかたまりはぞろぞろといなくなった。

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