第11話 Alice in New World

 有栖は何の変哲もない新田父の部屋を漁る。


 何の変哲もないと前述している通り、新田父の部屋には特にこれと言って特徴的な物は無かった。


 モデルハウスでそのまま生活していたような、そんな印象を受ける。


 社員証、もしくは免許証でも見付けられれば、新田父を探す手立てになるのだけれど、鞄の類を漁っても見つからず、財布、スマホも見付ける事が出来なかった。


 もしかしたら、持ったままで歩いてしまったのかもしれない。いや、あるいは……。


 そこまで考え、止め止めと思考を止める。笑良が危険を冒してまで家族を探しに来ているのだ。そんな事は考えなくて良い。


「にしても、本当に何も無いな……」


 物の多かった女性陣の部屋と比べて、やはりこの部屋の物は少ない。


 引き出しの中も、書類ばかりだ。あまり見るのも悪いので、ささっと捲って何か無いかと探しているのだけれど、綺麗に整頓された引き出しからは何も目ぼしいものは――


「はひょほうっ!?」


「どうしたんだい、アリス?」


「にゃ、にゃにゃにゃにゃんでもない!!」


 ばたんと大きな音がする程の勢いで、有栖は引き出しを閉める。


 チェシャ猫は何がなんだか分かっておらず、愛らしく小首を傾げているけれど、有栖が何でもないと言ったために特に気に留める事は無かった。


「~~~~~~っ」


 しかし、当の有栖は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに自分が閉じた引き出しを見る。


 油断していた。完全に油断していた。綺麗に書類が整理整頓されているから、この少し大きな引き出しにも書類しか入ってないと思っていた。そうでなくとも、判子やホチキスなど、仕事に必要な文房具が入っていると思っていた。


 しかし、実際に入っていたのはそんな真面目なものでは無かった。


 いや、いやいやいや。え、でも、まさか……。


 見間違いかもしれないと思い、有栖はもう一度引き出しを開ける。


「~~~~~~っ!!」


 しかし、そこには確かに先程見たものと同じ物が入っており、もう一度有栖は赤面をする事になった。


 少し大きな引き出しの中には、避妊具などの|そう言う事(・・・・・)に使う物が入っていたのだ。


 有栖だって見た目は女の子のようだけれど、そう言う事についてまったく知らない訳では無い。クラスの陽キャ男子が教室で見ているのをたまたま覗いてしまった事があった。


 教室でそんなものを見るなと思いながらも、赤面してその場を離れてしまったけれど、後で司に尋ねたら世の中にはそう言うモノが在るという事を物凄く遠回しに教えて貰った。司としては教えたくなかったし、教えてる最中も見ていて可哀想な程に赤面をするアリスを見て、なんだかいけないことをしているみたいで申し訳なかった。


 しかして、その知識が今此処で役に立った。これをなんだか知らないで、チェシャ猫にこれなーにー? と聞くという恥をかかずに済んだのだから。


 いや、それにしてもだ。まさか真面目一徹な部屋からこんなピンク色の物が出てくるとは思わなかった。


 火照った顔を冷ますように、ぱたぱたと手で仰ぐ。


「新田さんいなくて良かった……」


 流石に、父親の部屋にこのような物が置いてあると分かってしまえば、気まずくなってしまうだろうから。


「しかし、これがあるとすると……」


 有栖はごくりと緊張で生唾を飲み込みながら、部屋を見渡す。


 この何の変哲もない――ただし、物語化の影響で外観等々変わってはいるけれど――部屋の中に、|そう言うモノ(・・・・・・)が在るかもしれないのだ。


 有栖は慎重に慎重を重ねて、室内を物色した。


「ん、これって……」


 棚の上を見れば、そこには写真が飾ってあった。


「家族写真……かな……?」


 二つある写真の内の一つには、夫婦とその子供が写っていた。三人家族なのだろう。皆歳若く、笑顔を浮かべている。


 もう一つの写真には五人写っている。一人は、先程の写真に乗っている人物だ。歳を取っているけれど、面影が在る。


「この人が、新田さんの父親か」


 それ以外の人物は、それぞれ笑良の母親と姉二人、そして笑良自身だった。


 四人はカメラを見て笑みを浮かべている。本当に、幸せそうに。


 けれど、笑良の笑みはどこか無理をしているようで、緊張ゆえか引き攣っていた。


「新田さん、写真撮るの緊張するタイプかな?」


 オレも写真撮られるの苦手なんだよなと共感しながら、有栖は写真を棚の上に戻す。


 最初に手に取った写真に写っていた女性が、二枚目の方には映っていないことに気付いたけれど、その意味を理解できない程有栖は馬鹿ではない。


 これ以上は深く突っ込まない方が良いよな。


 そう決めて、有栖は写真から意識を離して、父親を捜す手掛かりになりそうなものを探す。


 けれど、結局新田父の物は出てこなかった。


 仕方ないと納得し、有栖はチェシャ猫を連れて一階に降りる。


 一階のリビングと思しき場所の扉を開けば、有栖の予想違わずリビングだったようでちょっと安心する。


 しかし、リビングで待っていると思った笑良の姿が見えない。


「あれ……新田さん?」


「あ、は、はい……」


 呼んでみれば、直ぐに返事が返ってきた。


 ひょこっと顔を出した新田さんは、何故だかダイニングキッチンの方に居た。


「あ、そこに居たんだ」


「……ええ……」


「体調、大丈夫そう?」


「……はい、なんとか……」


「そっか。良かった」


 とことこと有栖は笑良に近寄り、その顔色を確認する。


 確かに、先程よりは顔色が良くなっている気がする。長い前髪で目元が隠れてしまっていて、あまり顔色はうかがえないのだけれど。


「ごめん、新田さんのお父さんの手がかりは全然無かったや」


「そう、ですか……」


「先に、他のご家族の安否を確認しようと思う。そこから、新田さんのお父さんの情報を聞き出せると思うし」


「……そう、ですね……」


 家族が見つからない事が不安なのか、笑良は酷く暗い顔をしていた。


 家族が見つからない不安を、有栖は正直分からない。気付けばこんな事態になっていたし、有栖の場合は家族はすぐに見付ける事が出来たのだから。


 けれど、もしこんな状況で家族が見つからないとなれば、確かに自分も笑良と同じで不安に駆られてしまうだろうと思う。


 有栖は笑良の手を取り、ぎゅっと握る。


「大丈夫。新田さんのご家族は、必ず見付かるから」


 力強い声音でそう言えば、笑良は緩慢な動作で頷く。


 まぁ、根拠のない言葉なんて信じられないよな。


「……どうする? もう少し休んでから行くか?」


「いえ、もう……大丈夫です……行きましょう」


「うん、分かった」


 鞄を背負いなおし、二人と一匹は玄関から家を出る。


「――ッ!?」


 しかし、玄関を開ければ、そこには一人の男が立っていた。


 突然の出来事に、有栖は驚愕しながらも笑良を庇うように前に立つ。


「え……?」


 男を見た笑良は驚いたように声を漏らす。けれど、そこに警戒や恐怖の色はなく、ただただ疑問に思っているだけのようだった。


 男。といっても、年の頃は二人とそう変わらない。少年と呼ぶに相応しい年齢だ。


 少年がこんなところに平然と立っている事もそうだけれど、少年の恰好も警戒を抱く要因の一つだった。


 少年が着ているのは、まるで御伽噺の王子様が着る様な服だった。豪奢で、煌びやか。赤色のマントを羽織り、頭には王冠を乗せている。


「中野、くん……?」


「え?」


 少年の登場に驚いていると、笑良が少年の名前を呼んだ。


 中野。その名前に有栖も憶えがある。


 昨日笑良が言っていた、安否が気になる友人だ。


 笑良が名前を呼べば、少年――中野はにこっと人好きのする笑みを浮かべた。


「久しぶり、笑良」


 十人が見れば、八人はイケメンだと答えるだろう。それくらいには顔の整った中野は、更に自分の魅力が上がる笑みを浮かべて、心底嬉しそうに笑良に声をかける。


「迎えに来たよ、笑良。さ、僕と一緒に行こう」


 言って、手を差し伸べる中野。


 ひとまず、自分の探していた人物が見つかったと安堵し、笑良は中野の元へ向かおうとする。


「駄目だ」


 それを、有栖が強張った声で止める。


「……」


 笑良を止める有栖を、中野は先程とは打って変わって冷めた目で見たけれど、直ぐに笑みを浮かべなおす。


「君が笑良を連れてきてくれたのかな? ありがとう。でも、此処までで大丈夫だよ。後は僕が引き継ぐから」


「信用できない」


「あの……御伽君……中野くんは、大丈夫、だと……」


「そんな訳無いだろ」


 笑良の言葉を、有栖はぴしゃりと遮る。


「……酷いなぁ。僕はただ笑良を迎えに来ただけなのに……」


 しゅんっと、悲し気な表情を浮かべる中野。しかし、有栖にとってはその表情さえも胡散臭いと感じてしまう。


「僕のどこがそんなに信用ならないんだい? あぁ、格好については弁明させてくれ。起きたらこの格好になってたんだ。それに、君も似たような格好してるだろ? 僕からすれば、君の方も十分怪しいと思うね」


「なんで此処に一人でいるのか、なんでそんな格好してるのか……色々疑問は在るけど、一番言いたいのは、あんた、こんな場所に居るのに随分余裕があるな。あんた、此処がどんな場所だか理解してるのか?」


 |顔の無い者(モブ)が闊歩する危険な街と化したこの場所で、周囲を気にする事も無く平然と立ち、余裕のある笑みを浮かべて笑良に手を差し伸べる中野は、有栖にとってはとてつもなく胡散臭い存在だった。


 どうして、危険地帯であるこの場所であんな曇りない笑みを浮かべられる。


「してるよ、充分に。だからこそ、僕はこの場所で笑顔でいられるんだ」


 ぱちんと一つ、指を鳴らす。


 その直後、何処からともなく、騎士甲冑が姿を現す。何体も、何体も。


「僕は此処の王。この物語の主。つまり、笑良……いや、シンデレラを迎えに来た、王様ってところだね」


「笑良、逃げるぞ!!」


 中野の言葉を聞いた途端、有栖は笑良の手を引っ張って走り出す。


「あ……え……?」


 困惑しながらも、笑良は有栖に手を引かれるがままに走り出す。


 逃げ出す有栖に中野は冷めた目を向ける。


「あの女を排除しろ。シンデレラは丁重に扱え。傷一つでも付けたら殺すから」


「御意」


 中野の言葉に、騎士は短く返し、即座に逃げた二人と一匹を追う。


 有栖は必死に走って、逃げ場所を探す。


 この家の塀は乗り越えられないほどじゃない。家の裏まで回りこんでから塀をよじ登って、それで……。


 自衛隊に助けを求めよう。そう考えて、駄目だと首を振る。自分が勝手にした事に他人を巻きこめない。


 けど、一先ず此処から――


「――ッ!! あっぶなっ!?」


 影がおりてきたと思い、慌てて良ければ有栖の進行方向に騎士が落ちてきた。それも、剣を地面に突き立てる形で。


 有栖は恐怖に生唾を飲む。


 あのまま進んでいたら、確実に串刺しにされていた。


 騎士の持つ剣は長く、幅が広い。あんなもので串刺しにされたら、確実に命を落とす。串刺しにされなくても、落ちてきた騎士が当たっただけで有栖の骨は簡単に折れてしまうだろう。


 恐怖で一瞬足が竦む。


「きゃっ!」


「――っ、笑良!!」


 有栖が足を止めてしまった間に、笑良が騎士に掴まれる。


「離せよっ!」


 有栖は笑良を掴んだ騎士を蹴るけれど、有栖の弱っちい蹴りではびくともしない。


「邪魔だ」


「がっ!?」


 無造作に振るわれた騎士の腕が有栖の頭に当たり、身体の軽い有栖はそのまま倒れてしまう。


「お、御伽君……!」


「こちらに」


 笑良を引っ張り、自らの王の元へと連れて行こうとする騎士。


 笑良は振り解こうとするけれど、騎士の握力が強く、一向に振り解けない。


「殺せ」


「ああ」


「……あ、ま、待って……! ……止めて……!」


 倒れた有栖を騎士の一人が踏みつけ、剣を振り上げる。


「んぐ……!! っそぉ……!!」


 起き上がろうとする有栖だけれど、体格差がありすぎる。それでも有栖はじたばたと藻掻く。


「……」


「……止めて……止めて…………!!」


 笑良の声を聞かずに、騎士は無造作に剣を振り下ろす。


「止めてぇぇぇぇぇぇえええええええええええ!!」


 剣が振り下ろされたその時、笑良は必死に叫んだ。


「待った」


 笑良が叫んだ直後。冷ややかな声で命令が告げられる。


 言ったのは、彼等の主である中野。


「……中野……くん……」


 冷ややかね顔で有栖を見ていた中野は、笑良に声をかけられると、優しく人好きのする笑みを笑良に向ける。


「笑良は優しいね。良いよ、この子は助けてあげる」


「……中野くん……っ」


「安心して。僕は笑良に言った事はちゃんと守るよ」


「……あ、ありがとう……」


「お礼なんて良いよ。さ、お城に行こう。笑良は先に馬車に乗ってて。笑良のために、可愛い馬車を用意したんだ。おい、笑良を連れて行け。丁重にね」


「御意」


「こちらへ」


 騎士が二人、笑良を連れて行く。


 笑良は建物の陰に隠れるまで、ずっと有栖を気づかわし気に見ていた。


 そんな笑良に中野は笑みを浮かべていたけれど、笑良の顔が見えなくなると、中野は一瞬にして笑みを消して有栖を見た。そして、容赦なく有栖の顔を蹴りつけた。


「ぐっ…………て、めぇ……!!」


「気に食わないな。君みたいな口の悪いガキを、笑良が気にかけるなんて」


 顔の次は腹、腕、脚――苛立ちをぶつけるように有栖を蹴りつける中野。


 有栖は今まで感じた事の無い容赦の無い痛みに涙しながらも、気丈に中野を睨みつける。


「はぁ……笑良と約束しちゃったからさ。君は生かしてあげるよ。連れてけ。あ、言っとくけど、馬車には乗せるなよ? 汚らしいからね」


「御意」


「……ま、て……っ!!」


「うるさい」


「がっ……!!」


 容赦なく有栖の頭を蹴り上げる中野。


 あまりの衝撃に、有栖は気を失ってしまう。


「……ふんっ、癇に障る奴だ」


 中野は気絶した有栖にそれ以上目を向けるでもなく、笑良の待つ馬車へと向かった。


「ようやくだ。ようやく君を救ってあげられる。待ってて、笑良」

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