第10話 Alice in New World

 新田家を目指して歩く二人。しかし、新田家に近付けば近付くだけ|顔の無い者(モブ)の数が増えていき、曲がり角を曲がればばったり遭遇、という事も増えてきていた。


 幸いにして、|顔の無い者(モブ)には目が無く、視覚で有栖達をとらえる事は出来ないようだけれど、|御伽の守護者(ワンダー)の気配を感知する事は出来るのか、有栖達が姿を見せると一斉に有栖達の方を向く。


 そのため、むやみやたらに|顔の無い者(モブ)の前に躍り出る事は出来ないのだけれど、少し姿を見せたくらいでは簡単に捕捉されない。


 そんな事もあり、探索は慎重に、けれど、スムーズに進んだ。


 しかし、慎重に進んではいるけれど、有栖としては懸念事項が一つある。


「……やっぱり、近くで見るとおっきいなぁ」


「そう……ですね……」


 二人は、目と鼻の先まで来たお城を見上げる。


 遠くから見ても大きいと思ったけれど、近くで見てもかなり大きい。


 白亜の城はぼんやりと光を放っており、太陽が昇っているにもかかわらず、明るく周囲を照らしていた。普通の住宅だったら苦情間違いなしではあるけれど、今は非常事態だから文句を言う人もいないし、そもそもこのお城は普通の住宅ではない。


「新田さんの家って、あのお城の直ぐ近く?」


「はい……ただ、隣接してる訳では、無いと思います……」


「そっか。けど、気を付けて行こう。いつ見つかっちゃうか分かんないし、|顔の無い者(モブ)の数も増えてきたし」


「はい……」


「チェシャ猫、索敵頼むよ」


「分かっているよ、アリス」


 二人の少し先を歩きながら、チェシャ猫は返事をする。いつもと変わらない声のトーンに、本当に分かっているのか不安になるけれど、今はチェシャ猫を信用する他無い。なにせ、この中で一番鼻が利くのはチェシャ猫なのだから。


 チェシャ猫を先頭に、一行は新田家へと慎重な足取りで向かう。


 新田家へ進むにつれて、一行は違和感に気付く。


「え、これって……」


「家が……」


 新田家に……いや、お城のある方向に進むにつれて、家や道、街灯の形が少しずつ変わって行っているのだ。


 異様な形になって行っている訳では無い。物は段々と古めかしくなっていく。その様は、まるで時代を逆行しているかのようだった。


 古く、時代錯誤な建造物になっていく。


「チェシャ猫、これも物語との同化の影響なのか?」


「そうだね。まだまだ範囲は狭いけど、これからもっと広がっていくと思うよ」


「そうか……」


 童話の世界のような街並みは魅力的だけれど、自分の住んでいる街の風景も好きだ。それに、物が変化してしまうという事は、家電やら何やらも変化してしまっているに違いない。家にあるパソコンが動かなくなってしまうのは嫌だ。


「あ、街並み凄く変わってるけど、新田さんの家は分かる?」


「は、はい……なんとか……」


「良かった」


 街並みが変わってしまって分からなくなってしまったかと思われたけれど、笑良は自分の家の場所が分かる様子。


 すっかり変わってしまった街並みを、変わらず警戒しながら歩く。


 そうして、少し歩けば新田家にたどり着いた。


「ここ、です……」


「わぁ……大きいなぁ」


「そう、ですね……」


 有栖が思わず呟いた言葉を、笑良は肯定する。


 たどり着いた新田家は外観こそメルヘンチックなものになってしまったけれど、大きさは元々あったのだろう。


「新田さん、もしかしてお金持ち?」


「……裕福な方……だとは思います……」


 有栖の問いに、笑良は謙虚に答える。


 誇示したいとも、見せびらかしたいとも思っている様子ではない。どちらかと言えば、無関心という言葉がしっくりくる。ただの事実。それ以上でもそれ以下でもない。


 そんな笑良の様子に、多少の違和感を覚えつつも、有栖は新田家に足を踏み入れる。


 鍵穴は変わっていなかったらしく、笑良の持っていた鍵で扉はすんなりと開いた。


「お邪魔しまーす」


「……」


 ちゃんと挨拶をして新田家に入り込む有栖。しかし、靴は脱がない。自分の家でもそうだったけれど、いつ何があるか分からないので靴は履いたままで入る事にしているのだ。


「やっぱ、中も変わってる……」


 外見だけではなく部屋の装飾も変わっていた。


 靴や花瓶、飾ってある写真や置物までもが、現代日本とはかけ離れたものになっていた。


「これじゃあ、他の物も見た目変わってそうだな……」


「そう……ですね……」


「とりあえず、一通り調べてみよう。案内、お願いできる?」


「分かり、ました……」


 とことこと、笑良は二階に上がる。


 歩きなれた我が家であるはずなのに、笑良の脚の動きは重い。


 内装がこんな風になってしまっているのだ。この先何が在るか分からない。もしかしたら、|顔の無い者(モブ)だっているかもしれない。動きが慎重になるのも無理は無いだろう。


 笑良に続いて二階に上がれば、二階の内装も変わっていた。


「……ここ、が……一つ上の、|あね(・・)の部屋です……」


「申し訳ないですが、お邪魔します」


 本人に聞かれている訳でもないけれど、有栖は一応の礼儀として一言断りを入れてから笑良の一つ上の姉の部屋に入る。


 案の定、部屋の調度品は変わっており、どれも古めかしいデザインになっている。が、元々可愛らしいものが好きだったのだろう。部屋にはぬいぐるみや化粧品などが多く、ハートの形をしたクッションや、女子に人気のブランドの物などが置いてあった。ブランド品も見た目こそ変わっているけれど、ブランドロゴが変わっている訳では無いので、なんとか判別が出来た。


 学校の通学鞄であろう物を苦心しながら捜し出し、その中から学生証を見つけ出す。


 生徒手帳には笑良の姉である新田|茜(あかね)の写真が貼ってあり、通っていた学校名も記載されていた。


「明泉高校って、あの明泉だよね?」


 扉のところで待機している笑良に尋ねれば、笑良は曖昧に頷く。


「……おそらく……」


「へぇ」


 明泉高校とは、有栖の地元屈指のお嬢様学校である。お金持ちが通い、その設備は有栖の通っている九十九高校とは雲泥の差である。


 一応、学生証はポケットに入れておく。顔写真が載っているので、何かあった時の手がかりになるかもしれないから。


 これだけあれば、手がかりとしては十分だ。


 新田茜の部屋を出ると、次は隣の部屋に向かう。


「ここは……三つ上の|あね(・・)の部屋、です……」


「そんじゃ、お邪魔します」


 一応の断りを入れてから、有栖は三つ上の姉の部屋に入る。


 先程の茜の部屋とは違い、三つ上の姉の部屋は小綺麗な様子だった。物は綺麗に整頓されており、棚の上には写真などが幾つか飾ってある程度。


 物が多かった茜の部屋とは違い、この部屋はいささか物が少なかった。


 しかし、化粧台にはこれでもかと化粧品が置かれていたので、そこだけは女性の部屋っぽいなと思った。


「お姉さんって、大学生?」


「……学校には、通っているので……おそらく……」


「じゃあ、学生証とかあると思うけど……」


 相変わらず扉のところで待機している笑良をそのままに、有栖は部屋を物色する。勿論、引き出しはちゃんと閉めるし、物は元あった場所に戻しているけれど。


「あった」


 幾つかあった鞄の内の一つを漁れば、その中に学生証が入っていた。名前は新田|奈乃香(なのか)。


 部屋を漁って分かったけれど、奈乃香の部屋にも十分に物があった。ただ、奈乃香は整理整頓をする方なのだろう。引き出しの中には、綺麗に物が整理されていた。


 見えないところに全て綺麗に仕舞っているため、一見すると部屋に物が少ないように見えたのだろう。


 茜の部屋には通学鞄が乱雑に置かれていたけれど、奈乃香の部屋では鞄は全てクローゼットの中に綺麗に仕舞われていた。そのため、探すのに少しだけ時間がかかってしまった。


 奈乃香の学生証をポケットに入れ、有栖は奈乃香の部屋を後にする。


「それじゃあ、次だ」


「……は、い……」


「ん、どうしたの?」


 少しだけ顔色が悪い笑良に何かあったのかと尋ねるけれど、笑良は首をふるふると横に振るばかりだ。


「……い、え……なんでも、ありません……」


「そう? 具合悪かったら言ってよ?」


 有栖がそう言えば、笑良はこくりと頷いた。


 昨日の事もあったので、若干心配になりながらも、あまりお城に近いところに長居もしたくないので、申し訳ないけれど笑良には家を案内してもらった。


 笑良に案内され、今度は三階に向かう。外観からも分かっていたけれど、この家は三階建てのようだ。


 二階にはまだまだ扉があったけれど、両親の部屋は三階に在るのだろう。


 三階に上がり、笑良は一つの部屋の前で止まる。


「ここが……|はは(・・)の部屋です……」


「お邪魔しま……うっ……!!」


 笑良の母親の部屋の扉を開ければ、有栖は思わず鼻を抑えてしまう。足元に居たチェシャ猫も器用に鼻を抑えている。


「臭いね、アリス」


「こらっ! そういう事言わない! ごめんね、新田さん」


「……い、いえ……」


 母親の部屋を臭いと言われれば傷付くだろうと思い、有栖は笑良に謝るけれど、笑良自身は特に気にした様子も無い。


 そのことに安堵しながら、有栖は母親の部屋に入る。


「この匂い……香水……?」


「……いえ。|はは(・・)は……アロマが、好きなので……」


「あぁ……なるほど」


 アロマにも色々種類は在るだろうけれど、笑良の母が好むのはどうやら匂いがきついものらしかった。人によってはこういう匂いが好きなのだろうけれど、有栖はちょっと苦手だった。


 ルイスもアロマキャンドルを|焚(た)く事はあるけれど、匂いの優しく心安らぐようなものだ。決して、こんなに強い匂いの物は使わない。


 まあ、人の趣味に口出しするものではない。有栖は鼻を抑えながら笑良の母親の部屋を物色する。


 笑良の母親の部屋は、きついアロマの割には小綺麗な物だった。


 奈乃香の性格は母親に似たのだろう。匂い以外は、母親の部屋は奈乃香に似通っていた。


「お母さんって、主婦?」


「……いえ……会社に、勤めてます……」


 笑良は毎日スーツ姿で出て行く母親の姿を見ている。そのため、働いている事だけは分かっている。


「てことは、社員証とか在るはずだよな」


 がさごそ、仕事に使っているだろう鞄を漁っていると、ふと名刺のようなものを発見する。


「これって……」


 それは名刺は名刺でも、取引先の名刺では無かった。


 ホスト、だよな……。


 名前的にも、デザイン的にも、その名刺はホストクラブの名刺だった。なるほど、アロマをきつくしてるのはそういった店に行った時の匂いを分かりづらくするためなのかと納得する。


 笑良が知っているかどうかは分からないけれど、母親がホストクラブに入れ込んでいる事をどう思うかは分からないため、有栖は見なかった事にしてそっと名刺を鞄の中に戻す。


 やや探してから、母親の社員証を見付ける。社員証が無い会社もあるために、あるかどうかは不安だったけれど、無事に社員証が見つかって安堵する。


 新田美香。それが笑良の母親の名前だった。


 社員証には顔写真も載っていたので、有栖はそれをポケットに仕舞う。


「順番的に、次が最後かな?」


「…………は……い……」


「新田さん……?」


 返事が重苦しく、良く見れば身体が小刻みに震えていた。


 有栖は慌てて笑良に近付き、首筋に手を当てたりして熱が在るかどうかを確認する。


 熱は持ってない。という事は、風邪をひいてる訳では無いだろう。


「大丈夫? どこか具合悪い?」


「い……い、え…………あの……」


「ん、なに?」


 有栖が聞き返せば、笑良はとある扉の方を指差す。


 そこには、他の部屋とは違う重苦しい色合いをした扉があった。


「あ、そこが……|父(・)の、部屋に……なります…………その……」


 笑良が何を言いたいのかを理解し、有栖は一つ頷く。


「分かった。オレとチェシャ猫で見てくるから、新田さんは下で待ってて」


「は、い……その……すみません……」


「気にしないで。じゃ、ちょっと行ってくる。行こ、チェシャ猫」


「分かったよ、アリス」


 チェシャ猫を引き連れて、有栖は笑良の指差した部屋に向かう。


 笑良が心配になったけれど、早急に調べたかった有栖は笑良の父親の部屋へと向かう。


 重苦しい色合いをした扉の取っ手に手をかけ、笑良は扉を開け放つ。少し扉が重く感じたけれど、デザインが変わってしまっているせいだろうと一人納得する。


「……普通、だな……」


 笑良の父親の部屋には大きなベッドが一つと、机や仕事用のパソコンなど、一般家庭に置いてありそうな物が置いてあるだけだった。


 有栖は、他の部屋の時と変わらずに物色を始めた。

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