[4] ドイツ軍の状況
東部戦線を統括する陸軍総司令部(OKH)は1944年夏に実施された「バグラチオン」作戦の繰り返しを予想していた。ソ連軍は中央部で巨大な包囲網を完成させるため、南北翼を叩いて前線を突破してくるだろうと考えていた。そのため防衛拠点と戦略予備は東プロイセンとクラフク東方に集められていた。
東部戦線に展開する2つの軍集団―A軍集団(ハルペ上級大将)の4個軍(第9軍・第17軍・第1装甲軍・第4装甲軍)と中央軍集団(ラインハルト上級大将)の3個軍(第3装甲軍・第4軍・第2軍)は「バグラチオン」作戦で半ば壊滅した名称だけの師団や、敗残兵を寄せ集めて応急で編成した部隊が兵力の大半を占めていた。グデーリアンは西方戦線から4個師団を転用しようとしたが、国防軍総司令部がこれらの師団をハンガリーに配置してしまった。
1945年1月のドイツ軍は「ヘルマン・ゲーリング」装甲軍団や「大ドイツ」装甲軍団、武装SSなどの精鋭部隊を除き、兵員と装備の点でひどく戦力が低下していた。ドイツ国内の戦車生産は1944年12月に頂点に達し、月産1854両を数えた。だが、この増産された装甲車両の多くはアルデンヌとハンガリーで消費されてしまっていた。航空機生産はすでに1944年9月にそのピークを迎えており、ドイツ空軍は東西のいずれにおいても完全に退潮傾向にあった。
資材の欠乏により、前線からの要求に応えるのはますます難しくなっていた。1945年1月には自動車化部隊と装甲部隊に割り当てられるトラックの台数は定数の25%まで低下した。さらに深刻だったのは、ルーマニアの油田喪失と石油工場に対する絶え間ない爆撃によって燃料が不足していらことであった。陸軍の編成表は数を減らして作り直されたが、それでも80万人の兵員が不足していた。
一旦はソ連軍の欺瞞作戦によって攻撃の場所と投入兵力の秘匿に成功したかに見えたが、グデーリアンやゲーレン、東部戦線の前線指揮官たちの全員が来るべき攻勢日時についておおよその予想をつけていた。しかしヒトラーに対しては、ポーランドにおける危険性を納得させることに失敗した。
1月9日、グデーリアンは「鷲の巣」を訪れてヒトラーにゲーレンと第8航空軍団司令官ザイデマン大将による敵兵力の最新評価を提出した。その資料では、ソ連の航空機8000機がヴィスワ河および東プロイセン正面に集結していると判断されていた。
この時期のヒトラーは奇跡を期待しつつ、自分の神経が参らないように腐心していたようだった。グデーリアンが提出した資料に対しては「全くバカげている」という見解をくり返し、ゲーリングやカイテルなどの閣僚もヒトラーに同調した。陰湿な茶番劇のような会議に愛想を尽かしたグデーリアンが辞去としようとすると突然、ヒトラーはグデーリアンにこう言い出した。
「東部戦線は、未だかつてなかったほど強力な予備戦力を保有している。これは貴官の功績だ。私は貴官に感謝している」
「東部戦線はカードの家みたいなものです」グデーリアンは言い返した。「戦線が一か所で破られると、ほかも全部崩壊してしまいます」
東部戦線の指揮官が期待できることは、せいぜい戦争を長引かせて時間を稼ぐことだけだった。A軍集団司令官ハルペ上級大将と中央軍集団司令官ラインハルト上級大将は共に、麾下の部隊から最も突出した戦線をもっと堅固な陣地まで撤退させるよう要求していたが、ヒトラーは言下にこれを拒否した。またラトヴィアのクールラント半島で孤立した北方軍集団は現在地で留めておくべきとして、ドイツ国境防衛のために海路撤収させることも退けてしまう。ヒトラーは一インチの土地たりとも死守するという決意を固めていたが、それは結果としてソ連軍に利することになる。
ドイツ軍の主な防御拠点はヒトラーの主張により、最前線から2000~3000メートル以内に構築されることになった。しかし誤った位置に拠点を設定したため、ソ連軍の支援砲撃によって、これらの拠点は全く無力化されてしまう。例えば第24装甲軍団麾下の2個装甲師団(第16・第17)はサンドミェシュ橋頭堡と向かい合う前進配置を取り、もっと後方であるならば可能であるはずの機動防御が出来なくなってしまった。またドイツ軍は戦略予備が少なかったため、全兵力を前衛に配置してしまった。実際にこれらの予備は、ソ連軍の攻撃開始と同時に一挙に投入されてしまった。
この時期、東部戦線に配属されていた歴戦の強者たちは死によって全てが終わると信じるようになっていた。「我が軍は負けている」ある下士官は認めた。「でも、おれたちは最後の一兵まで戦ってみせる」
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