[2] 冬季攻勢の立案

 ソ連軍の冬季戦に関する計画立案は1944年10月に始まっていた。夏季・秋季戦の勝利により、ソ連軍にとってはきわめて好都合な状況が作り出されていた。すなわち戦線全体が4450キロから2250キロまで短縮されていた。北方軍集団はクールラントに閉じ込められており、ソ連軍が戦略上の主導権を保持していることは明らかだった。

 ここで「最高司令部」は来るべき攻勢の地点と発起日を決定するため、全ての戦線の再査定を実施した。表面的には無尽蔵に見えるソ連の戦力にも限界はあったため、作戦立案者たちは勝利を得るために迅速で比較的出血の少ない方策を模索していた。

 東プロイセンでは、中央軍集団が6つの連続した防衛線と要塞に配置されていた。これらの陣地の縦深は120キロにも達していた。堅固な要塞への攻撃は代償が高くつき、進撃速度が遅くなってしまう恐れがあった。最高司令官代理ジューコフ元帥と第1白ロシア正面軍司令官ロコソフスキー元帥はスターリンに対し、この戦区に追撃を行うべきではないと進言した。この戦域を担当するソ連軍は長い進撃の後で疲弊しており、その後はほとんど戦果を挙げることが出来ないまま甚大な損害を被っていたからでもあった。

 ハンガリーでは、第2ウクライナ正面軍と第3ウクライナ正面軍がドイツへの大進撃に乗り出すかのように見えた。しかしドイツ軍と同様に、ソ連軍もバルカン半島の険しい地形、貧弱な鉄道・道路網による劣悪な兵站で作戦をしている状態だった。この戦域―ハンガリー=オーストリアの軸線は戦略上の攻撃軸としてより、むしろドイツ軍の戦略予備を向けさせる役割を担わせる方がはるかに有用だった。

 ブダペスト北東300キロの地点では、前線がヴィスワ河を越えて西に向かってサンドミェシュまで突出していた。これは夏季戦の最終段階において、第1ウクライナ正面軍が橋頭堡を確保していた地点だった。この橋頭堡の西方にカトヴィツェとシレジアの工業地帯があり、戦争で多くの工業施設を失ったソ連としては魅力的な目標だった。この戦域の工業地帯と鉱山は容易に「罠」となりうるものだったが、ドイツ軍の守備隊に破壊される前にソ連軍が制圧する必要があった。結局、スターリンはシレジアへの正面攻撃を取りやめて迂回包囲を選択した。

 最後に残った進撃路はポーランド中部だった。ワルシャワからベルリンに向かう最も明白な攻撃軸であり、その間で障害となるのはオーデル河だった。なだらかな起伏のあるこの戦域の地形は戦車部隊の迅速な進撃に向いていた。いずれにせよ、バルト海からカルパチア山脈を防御するドイツ軍はわずかに7個軍であり、いずれも戦力は低下していた。それでも攻撃を成功させるためには兵站面の準備が必要だった。

 10月28日から29日にかけて、各正面軍司令官たちがクレムリンに出頭した。冬季戦に関する議論を重ねた結果、スターリンは冬季戦の準備のため、各正面軍を守勢のままにしておくことに同意した。さらに、スターリンとジューコフは短縮された戦線では「最高司令部」による直接指揮が可能であるという点についても、意見が一致した。このことは過去3年間、前線の司令部に派遣されていた「最高司令部」代理と調整官抜きで済ませることを意味する。スターリン自身が名目上ではあるが、直接モスクワから作戦の調整に当たることとされた。

 スターリンが直接指揮に当たることを決意したのは、戦後に自身の名声を高め、戦時に最も傑出した将軍たちの名声を落とすためだった。まずベルリン攻略を担う各正面軍司令官の人事を行い、直接ベルリンに進撃する第1白ロシア正面軍司令官からロコソフスキー元帥を解任した。

 ポーランド出身のロコソフスキーは第2白ロシア正面軍への転補を伝えられた。ロコソフスキーは面子を潰されたと感じてこの更迭に激怒したが、スターリンはポーランド人にベルリン攻略の栄誉を享受させたくはなかった。後任の正面軍司令官にはジューコフが任命された。これに伴ってジューコフが代理で指揮していた第1ウクライナ正面軍司令官が空位になり、第2ウクライナ正面軍司令官コーネフ元帥が横滑りで同正面軍司令官に着任した。

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