第36話
「
全てのことが終わり、異世界から来た戦士たちは今まさに消えようとしていた。
同じく異世界から来た少女に呼び止められ、違う未来から来た戦士はぴたっと足を止めた。
もうこの世界軸に彼が現れることはないだろう。
「…残念だったな、紗季。地下深くに何でも願いを叶える願望器がここにはない。だが、安心したまえ。外龍を倒したことによって、君は元の世界に戻れるだろう。奴は全てのものを元に戻す『破壊と再生』を司る神の化身だ。あれが元の世界に戻ったことにより、私も君も全て元通りになるというわけだ」
彼の言う通り、紗季の体は徐々に光に包まれていた。
これはディアナ大司教が女神アヴァンドラを降臨させたときの光り方とは違い、徐々に神秘的な青い光が体を包み込み、体が透明になっていっているのだ。
まもなく、彼女はこの世界から退去することになるだろう。
「ねぇ、
「何かね?」
「あんたはそれでいいの?」
紗季の問いかけに彼は少し笑みを浮かべた。
彼の顔を隠す仮面はもうない。
彼の表情はまるわかりだった。
「何を言い出すかと思えば…私はこの世界に未練はない。残すことは元の世界に戻り、相応の裁きを受ける。それだけだ」
「違う」
紗季はそう否定すると、彼に詰め寄った。
「何か伝えることがあるんじゃないの?」
その言葉を聞くと、
「私はこの世界の彼女には未練がない。私が愛した女性はかつて自らの手で亡き者にした。あれは外面だけが同じなだけだ。だが、一目見れただけでも満足だよ。それにあの彼女はソウマ・ニーベルリングが愛する女性だ。私は関係ない」
「でも、それだとあんたが…」
「何言ってんだか…紗季、お前にも待つべき家族がいるだろ?私は大丈夫だ。もう『異世界の
彼は自分たちがよく知る人間の口調でそう言った時だった。
「そう、じゃあオレに言いたいことはないか?なぁ、『とある未来にいたオレ』」
その言葉にふいに
「お前…」
しかし、彼はにっこりと満面ではあるが、寂し気な笑顔を浮かべてこう言った。
「ルビア。頼みがある。そこにいる『オレ』を頼めないか?知っての通り、馬鹿な男であるが、度胸だけは一二人前だ。どうか支えてやってくれ」
次に彼はソウマを見た。
しかし、何も言わなかった。
「…これなら大丈夫そうだな…。安心しろ!オレはまだまだ成長する!だから、忘れないでくれよな。こんな男がいたってことを」
そこにあったのは、紛れもなく彼らが共に迷宮に挑んだ仲間『ソウマ・ニーベルリング』その人だった。
彼が大人になれば、間違いなくこんな風に成長するであろう。
そして、彼はそう言うと、光の粒子となって消えた。
「かっこつけちゃって…あたしもそろそろね。思ったよりも、楽しかったよ。それじゃあ、いつかまた」
紗季もそう言い残し、元の世界へ帰っていった。
◇◆
あれから一ヶ月が経過した。
町は迷宮攻略者が現れたにも関わらず、相変わらず迷宮に挑むものが続出した。
何故ならば、迷宮に入るだけで魔物たちが持つ財宝や皮膚、肉などが手に入るからだ。
それでも確かに冒険者の数は目に見えて減っていた。
ここ以外にも多数の迷宮が出現したからだ。
当然、腕に覚えがある冒険者たちは皆そっちに行った。
「…なるほどね、要するにそんな噂話は全くの出鱈目と言うことか」
「そういうことです」
ソウマはかつて自分を呼び止めた武器屋店主に迷宮であったことを話していた。
彼の階級は迷宮を制覇したことによって、銀級まで上がった。
この町では彼を知らない者はいないだろう。
しかし、あくまでこの小さな町でだが。
ソウマはあの激戦の後、無事に地上に生還できた。
その後、彼は迷宮で受けた疲れを実家で療養していた。
実家では迷宮を制覇したことを褒められたが、その迷宮の深部には外龍と言われる怪物がいた事実に「まぁ、そんなもんだろう」と言われて終わった。
こうして、この町に戻るのは大分久々なのだ。
彼と一緒に戻った仲間たちもそれぞれ日常に戻った。
エゼルミアは王都へ戻り、あの外龍の研究に勤しんだ。
ヴォンダルは持ち帰った灰から無事に蘇生し、冒険者業を引退したそうだ。
アレックスはディアナ大司教亡き後、混乱するアヴァンドラ正教をまとめ上げるために教会へ戻った。
「しかし、あんたはこの町での冒険は終えたんだろ?何しに来たんだい?」
その言葉にソウマはにっこりと満面で笑みで答えた。
「ああ、ちょっと忘れていたことがあって…」
「ふーん、デートかい?」
武器屋の店主の言葉にソウマは顔を赤らめた。
どうやら、図星のようだ。
「ははん、迷宮制覇者はやっぱ違うね。どうなんだい?彼女可愛いかい?」
その言葉にソウマはにっこりと笑って答えた。
「ええ、昔からあの娘は可愛かったですよ」
「そうか、ならばもう行け。あんま待たせるなよ!」
店主の言葉を聞くと、ソウマはにっこりと笑ってその場を後にした。
◆◇
広間では一人の少女がソウマを待っていた。
「ごめん、待った?」
ソウマの言葉に少女は首を振った。
「ううん、そんなに。それにしても、急に呼び出してどうかしたの?」
その言葉にソウマはにっこりと笑った。
ーーわかっているくせに
ソウマは心の中で大きく笑うと、笑顔でこう答えた。
「言いたいことがあるんだ」
その言葉に少女は顔をほんの少し赤らめた。
「それってなに?」
その言葉を聞くと、ソウマはゆっくりと深呼吸して昔のことを思い出した。
彼女の瞳は何かを期待するかのようにまっすぐに彼の瞳を見つめていた。
ソウマはその瞳を見ると、決意した。
そして、ずっと言えなかったあの言葉を口にした。
「オレはーー子供のころからずっと君のことが」
夢はいずれは泡となって消えるかもしれない。
誰もが自分なりの幸せを追い求めて、人生と名の迷宮を彷徨っているかもしれない。
もしかしたら、その迷宮の深部にはンガァラヅァドラのような怪物が潜んでいるかもしれない。
だが、もし困難を乗り越えた先に幸せがあるかもしれない。
それこそが「希望」だ。
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