第35話

 彼らの言うとおり、奥に進むとさらに地下へと降りる階段があった。


「この迷宮は全部で第10層まであったのか…」


 この迷宮では一般的に知られているのは第4層までだ。


 だが、ソウマを含めた一部の冒険者にはこの第9層までが知られており、人伝いではあるが、この第9層までは一般的に知られていた。


 しかし、この第10層はこれまで誰にも知られておらず、ソウマたちも始めて目にするのだ。


 地下に続く階段は灯一つもない、暗黒空間だった。


 彼らは意を決して、階段を降りた。


 そこはこれまでの階層とはまるで違った。


 それは大きな広間であった。


 通常の他の階層では狭い通路にいくつかの部屋があり、所謂迷路状のものになっているのが普通であった。


 しかし、この階層は大きな広間それしかないのだ。


 楕円形の大きな広間にデコボコした幾何学的なとても常識離れしており、その広間の中央には大きな肉塊がうた。


 それは生物と言うべきだろうか。


 それはただそこにいるだけで微動だにしなかったのだ。


 その物体の前には先程の二人組がいた。


 ナイ神父とディアナ大司教だ。


「ディアナ大司教!」


 ソウマが彼女を呼び掛けると、ディアナは少しぴくっとなったが、聞いたことのない音節を唱えると体が光り輝いたのだ。


 しばらく、彼女は光に包まれると、何事もなかったかのように光のベールがなくなり、元の彼女の姿が現れた。


 だが、その一目の色はまるっきり異なり、何もかが彼女に乗り移ったようであった。


 彼女は少しの沈黙の後、手から光の玉をナイ神父に打ち出した。


 その光の玉をまともに受けたナイ神父は腹部が大きくえぐれた。


 しかし、彼の顔は驚きではなく、不気味な笑みだった。


「クク、女神アヴァンドラよ…。貴様の目的は果たせた。私がいれば、その間抜けな依り代にするのも容易いからな。さぁ、お前の欲した力がそこにある…。後は好きにしろ」


 彼はそう言い残すと、えぐれた腹部から黒い影が飛び出すとどこかに消えた。


 それを見届けたディアナ大司教が肉片に手をかけると、肉片は見たこともない色に変化し、やがて一頭の生き物が飛び出した。


 そいつはムカデのような姿をした竜であった。


 しかし、その皮膚は狂気的な紫色に爛れており、その皮膚は絶えず沸騰しており、そこから肉片が絶えず崩れ落ちていた。


 この生物としての形状を大きく逸脱しているが、明確に目や口と言う機関が存在していた。


 しかし、その目はぎょろりとした小さな目をしており、まるで人間のように感じられた。


 さらに口は不規則に歯がびっしりと生え揃っており、何かを食べるには大変不適切であった。


 これこそがかつてこの世界を滅ぼそうとした赤い彗星としている宇宙から来た冒涜的な物体「外龍アウタードラゴンガァラヅァトラ」である。


 ンガァラヅァトラは冒涜的な唸り声をあげると、名状し難い動きでディアナ大司教にゆっくりと近づいた。


 ディアナ大司教は光魔法の全てをンガァラヅァトラに放った。

 

 忌まわしき紫の龍はその攻撃に多少は怯んだものの、腹部に赤いエネルギーがたまりだした。


「!避けろ!」


 呆然としている皆にソウマはいち早く大声で言うと、呆然としているルビアを押し飛ばし、自身も

その謎の攻撃をかわした。


 ディアナ大司教はその光線を浴びると、瞬く間に蒸発して消えた。


 ソウマはこれが何なのか、すぐにわかった。


 『エルダーソード』だ。


 ンガァラヅァトラは大きな咆哮を上げると、まだ覚醒して間もないためなのか、その肉体に神性は封じ込まれていたのだ。


 だが、この生物を見た者は誰もがその忌むべきその存在に誰もが絶望するだろう。


 その時だった。


「何をぼさっとしている!ぼーっとしているならば、今するべきことしろ!」


 それはソウマ自身の声であった。


 彼がその声にはっとすると、目の前に大きなバリアが展開されていたのであった。


 それを見た外龍ンガァラヅァトラは一瞬身構えると、大きく咆哮した後、何度も全身から先ほどのエネルギー砲を放とうしたのだ。


 どうやら、この龍はこのバリアが嫌う傾向があるようであった。


「ソウマ、これ」


 近くにいた紗季がポケットから何かを取り出し、それをソウマに渡した。


 それは単なる石ころであった。


 しかし、その石には目が中央に置かれた星が描かれており、目の瞳があるべき場所に炎の柱が描かれていた。


「これは?」


「あの女司教が持っていた変な石よ。パッと見た感じだと、あいつの攻撃がこれには通じないみたいね」


 紗季の言う通り、この石はあの強烈な光線を受けていながらも、傷一つない様子であった。


 どうしてそうなのかはわからない。


「それは…私が旅立つときに司教様にもらったのと同じ奴だ」


 それを見たルビアがそう言うと、ポケットから同じ模様が刻まれた石を取り出した。


 すると、ソウマの村正がそれと共鳴するかのように青白く光り始めた。


「これは一体?」


 その様子はまるで誰もがわからなかった。


 だが、明らかにこれが嫌いな物体がこの場にいたのは確かだ。


 ンガァラヅァドラはソウマたちから何かを感じたのか、冒涜的な雄叫びをあげると、名状し難い足音を立てながら再び赤い光を腹部に貯めだした。


「ソウマ君、刀を貸して!」


「!?わかった!一体何をするんだ!?」 


 彼女はソウマから村正を受け取ると、二つの石を刀に重ね、ディアナ大司教と同じ音節の呪文を唱え始めたのだ。


 だが、そうこうしている間にもンガァラヅァドラは先程の熱線を貯めこみ、発射しようとしていた。


 ンガァラヅァドラが熱戦を発射しようとした時だった。


 何者かが外龍の体を傷つけたのだ。


 無論、その傷はすぐに塞がってしまったが、一瞬だがンガァラヅァドラの動きが止まった。


 龍の動きを止めたのはステルベンだった。


 彼の体はほとんど血塗れで死に体であったが、斧をしっかりと握り、にんまりと笑った。


 傷つけられたンガァラヅァドラはステルベンの方を人間のような目でぎょろと睨むと、貯めていたエネルギーをステルベンに発射した。


 だが、彼の顔は満足気だった。


「あばよ…クソども…楽しかったぜ…。ああ…それにしても、まさかこんな化け物が地下にいやがるとはな…」


 そう言い残すと、彼は熱線浴びて蒸発した。


 ンガァラヅァドラは忌むべき咆哮をあげると、急速にエネルギーを貯めこみ、連発で熱線をソウマたちに発射したのだ。


 だが、強固なバリアがその攻撃を今一度防いでみせた。


 しかし、次は堪えられないだろう。


「できたよ!受け取って!」


 ルビアがそう言うと、『村正』をソウマに渡した。


 それは錬金術師≪アルケミスト≫が使っていたものと同様に刀身が青く輝き、それよりも強い魔力が込められていた。


ーーこれならばいけるか?


 ソウマがその刀を受け取ると、全てのエネルギーを刀に注ぎ込んだ。


 彼の脳裏には過去の記憶が巡っていた。

 

◇◆

『オレはいつか『誰かのための勇者』になる!』


『それってどんなの?』


『えーっとね、どんな人でも助けられる超人ヒーローってことかな?』


『何それ?馬鹿みたい』


『多くの人に慕われるだぞ!いいだろ!』


『かっこつけても無駄だよ!』

◆◇

 

 その記憶が巡っている間にもバリアは熱線に破壊された。


 もう考えている場合ではないだろう。


「旧き神々よ…その力を不浄なる生物を浄化したまえ!魔力最大出力『旧≪エルダー≫き刀≪ブレード≫・天≪ヌトス≫』!」


 彼はそう言うと、刀から魔力を発射した。


 ンガァラヅァドラの発射する熱線を真正面から受け止めたのだ。


 しかし、威力が足りなかった。


ーー駄目か?


 彼がそう思った時だった。


「こっちを見ろ」


「へ?」


 彼がその声に気を取られた瞬間、もう一刀の村正が彼の頬を掠め、そのままンガァラヅァドラの方へ飛んで行った。


 ンガァラヅァドラはすっかりソウマに気を取られていたのか、まんまとその刀を額に刺さってしまった。


 その瞬間、ソウマの『旧≪エルダー≫き剣≪ブレード≫』が熱戦を上回り、そのまま怪物はソウマの攻撃を受けた。


 外龍ンガァラヅァドラは『旧≪エルダー≫き剣≪ブレード≫』を受けると、たちまち姿を消し、一瞬触手まみれの球体になったかと思うと、そのまま消えた。


 全てが終わると、皆が一同無言であった。


 ただ一人紗季だけは最後の助力に来た刀の持ち主を探しに、黙って飛び出したのだ。


「紗希ちゃん!」


 ルビナが彼女を止めようとしたが、ソウマがそれを阻止した。


「好きにさせてあげな…。もう終わったことだし、それにしても…」


 ソウマはそう言うと、感慨深そうにこう思った。


ーーオレはいくつになっても変わらないな

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