第29話
四層を抜けると、先ほどと同じように第5層へと来た。
数刻前と変わらない光景が広がったが、違う点としては第8層へ続く回転扉は既に開かれており、そこには第8層へと続くエレベーターが見えていた。
「あそこから8層へ行ったのか?」
ソウマの問いにエゼルミアがこう答えた。
「ええ…。貴方の言う通り。あそこの回転扉から入ったわ。魔力式のエレベーターなっているのね」
エゼルミアが言う魔力式のエレベーターと言うのは、一見すると、ただの広間のように見える。
しかし、オーガ族が作ったとは思えないそのあからさまなボタンは5層から8層までを行き来するために用意されており、そこからより深層へと潜るのだ。
おそらくこれはオーガ族ではなく、知能が高いデーモンが作ったものだと考えられる。
このような都合が良いものを始めて見つけたステルベンたちは当初は罠だと思った程であった。
「それにしてもソウマ君…随分とこの迷宮に詳しいわね…」
「?ああ、一応『黒銀の鉾』の元メンバーだからね」
ソウマが何食わぬ顔でそう答えた。
「もしややはりか…。妙に詳しいと思っていたからな」
アレックスはぼそっととそう呟いた。
ただ、予想はしていたとは言え、実際に本人の口から『悪』の戒律たるギルドのメンバーであることには驚きを隠せなかったようだ。
「やっぱりね…。どうして、今まで言わなかったのかしら?」
「ああ、まぁ…何というか、言うタイミングを逃したからね…」
エゼルミアの問いにソウマはあいまいにそう答えた。
一連のやり取りを見ていた紗季はインディスの方を向いてこう尋ねた。
「確かそこのダークエルフもソウマの元仲間よね?」
「ああ、そうだぜ。そいつは元々は私と同じパーティだったんだ」
「へぇ、何で辞めたの?」
「何だ、それか。こいつはちょっと前に私たちののボスとちょっと喧嘩してな。それであいつはギルドから抜けたんだよ」
「…てっきりオレのことは裏切り者だと思っていたけどな」
ソウマの言葉にインディスは豪快に笑い飛ばした。
「別にそれは構わねぇよ。ステルベンのおっさんは別に対したことねぇと言ってるしな!ハッハッハハハ!正直言って過ぎたことはどうでもいいしな!」
インディスはそう言うと、エレベーターホールに足を踏み入れた。
「何してんだよ!早く行くぞ!」
ソウマの脳裏には少し前の記憶が流れていた。
子供のころでない。
冒険者になってからの苦々しい敗北の記憶だ。
◇◆
『わかっただろ…てめぇと俺様だと格が違ぇんだよ…小僧…』
『くっ…』
『いいか、ニーベルリングの小僧…。迷宮にはごまんとお宝が手に入る…。ちょっと迷宮に潜って少し稼げれば、それでいいじゃねぇか…。それにな、あそこにはな…』
『旧≪エルダー≫き…』
『おい、小僧。人の話を最後まで…』
『刀≪ブレード≫』
◆◇
ーーあの後、オレは逃げた
ソウマは迷宮探索のパーティーから外された際にステルベンとのいざこざが頭の中を駆け巡っていた。
その結果は惨敗であった。
ズタボロになったソウマは全魔力を消費して、ステルベンに「旧≪エルダー≫き刀≪ブレード≫」をぶつけたのだ。
彼は魔力を放出するとほぼ同時にその場から逃げ出したのだ。
そのあと、ギルドから脱退した。
かつて、彼は冒険者に成りたての頃にステルベンに拾ってもらい、名こそは上げられなかったものの、迷宮8層まで来た実績があったのだ。
彼の”紅”級は迷宮深くまで潜れたという実績から来てるものだった。
だが、それしか実績がなかったのだ。
ソウマはそう考えると、動く可動式エレベーターを中でそう考えていた。
それと同時にルビアのことを心配していた。
ーーあの娘は無事だろうか
そう考え始めると、止まらなかった。
「おい、着いたぜ」
インディスの言葉で一斉に皆エレベーターから出た。
第8層は第5層と変わらないエリアのはずであった。
だが、そこにはおびただしい数のレッサーデーモン(低級悪魔)の死体が転がっていたのだ。
それも一体や二体ではなく、複数匹だ。
「なんだこりゃ…?」
ソウマが驚愕すると、紗季が言葉をはさんだ。
「たぶん、あいつの仕業…。けど、どうしてこんなことをするのかしら…」
レッサーデーモンはグレーター・デーモンに比べて、弱い悪魔の一種だ。
4本の腕を持ち、山羊のような頭部を持ったこの悪魔はこの第8層にしか存在しない魔物だ。
弱い悪魔とは言え、デーモンの名を冠する通り、凶悪な魔物であるのに違いなかった。
それをこうも簡単に始末したのだ。
「おそらく…ジョーカーに対する見せしめであろう…。もし、こちらの言い分が聞けないようであれば、こうするいう奴の意思表示であろうな」
アレックスは顔に冷や汗をかきながらそう言った。
流石に聖騎士と言えども、レッサーデーモンをこんな簡単に葬ってしまう冒険者などそうそういないからだ。
「こっちだ」
インディスがそう言うと、隠し扉を開いた。
ここから先はソウマも『善』のパーティーの皆も知らない。
知っているのはインディスただ一人だ。
扉を開くと、そこには粉々にされた妖精だったものと、男が一人待ち構えていた。
裏切り者の冒険者だ。
「ほう、随分と早いではないか?」
錬金術師≪アルケミスト≫だ。
彼は余裕のある声色でそう言うと、ソウマたちを一瞥した。
「それで?この私を倒す算段は何だ?」
錬金術師≪アルケミスト≫の余裕のある言葉にインディスはこう答えた。
「ああ、とりあえず。てめぇの相手はこの私だ」
「また君か…。昨日の夜、私と戦って実力差は十分に理解させたつもりだが?」
その言葉にインディスは苛立ちを隠せなかった。
「ちっ…。会った時から気に食わない奴とは思わなかったけどよ…。まさか、女を利用する奴とはな…」
「ほぅ?私は利用できるものを利用しただけだが?利益のみを追求する『悪』の冒険者が他人を利用するのを君たちの『価値観』では当たり前ではないのか?」
あからさまな挑発だ。
だが、その必要はないようだ。
「いや、てめぇ言う通りだ。あの生意気な聖女様なんて知ったことじゃねぇ…ただな…てめぇみたいな冒険者がいるってことが私が個人的に気に食わねぇだけだ!」
そう言うと、手裏剣を引き抜き構えた。
それと同時に錬金術師≪アルケミスト≫も前回同様に短剣を二本出した。
だが、前回とは違い鈍らなダガーではなく、より良い素材でできた短剣であった。
(・・・あれは本当に錬金術なのかしら?)
紗季はそう一瞬疑問に思ったが、今はその場合ではない。
「行きな、こいつは私が抑えておく。さっさと私たちのボスとてめぇの大事な聖女様を助けに行きな」
インディスの顔は非常に真剣であった。
それはまるで何かを決意したかのようであった。
その言葉にソウマは頷いてこう答えた。
「わかった、ここは任せた!」
ソウマたちがそう言うと、より深層に潜ろうしたが、錬金術師≪アルケミスト≫が立ち塞がった。
「そう簡単に行かせると思ったのか?ソウマ・ニーベルリング?」
彼が短剣をソウマに突き刺そうとした時、インディスの投擲が彼を目掛けて飛んできたのだ。
「さっさと行け!てめぇの夢を忘れちまったのかよ!」
ソウマはその言葉に頷かなかった。
彼らは黙ってより深層である第9層へと潜っていたのだ。
「やれやれ…門番失格だな、これは…」
錬金術師≪アルケミスト≫はそう言うと、インディスは軽く笑って見せた。
「へっ、これもてめぇの計算のうちか?だとしたら、こんなところに居んなよ」
「随分と言ってくれるじゃないのか。君も戒律違いの彼らのことを放っておいて、地上で震えておくべきではないのか?」
「何を言い出すかと思えば…わかってんだろ?私はあいつらなんてどうでもいいんだよ。ただ、単純にてめぇが気に食わねぇだけなんだよ!」
インディスがそう言うと、二人の死闘が始まったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます