第28話

 迷宮に再び潜ったソウマたちは急いでいた。


 一刻も早くルビアをあの謎の男から救出しなければならなかったからだ。


 そのためか、メンバー全員が駆け足で動いていた。


「本当…最初から信用できない人だったけど、まさかあのタイミングで裏切るなんてね」


 紗季はぼそっと呟いた。


 無理もないだろう。


 彼らが現れたタイミングは仲間の一人を失ったタイミングだ。


 その影響もあり、判断能力が落ちていたためもあるだろう。


 さらには一緒にいた紗季は「悪意」がない人間であったためもあり、彼女と共にいた謎の男を油断していたかもしれない。


「いや、無理もない。それにヴォンダルを失い、ましてはあの状況では彼の力を借りずにはいられないだろう」


 アレックスの言葉通りだろう。


 ほとんど戦闘に参加していないとは言え、彼の実力は異常とも取れるのだ。


 明らかに『錬金術師≪アルケミスト≫』と思えないほどの剣筋、それに加えて一瞬にして短剣やらステータスカードを偽造する錬金術の才能。


 いや、明らかに錬金術師の原理から逸脱しているのだ。


 ソウマたちはそれを考えるだけで息をのんだ。


 これから先対峙する相手は今まで以上の実力者なのだからだ。


 ダークゾーンを駆け足で抜け、ありとあらゆる魔物との戦闘を避けることで彼らは素早く第四層まで来ることができた。


 だが、狭い通路で待ち構えていたのだ。


 人が。


「あれは…ライカンスロープ?」


 ソウマがそう言うと、その人は彼らを見るや、みるみるうちに大きな熊へと変貌を遂げた。


 この魔物は通称”ライカンスロープ”と言い、迷宮内に住まう亜人の一種だ。


 彼らは他の動物に変身する能力を持ち、所謂狼男の亜種だ。


 ただ、彼らは動物並みの知性しか持たず、人間の姿はあくまで擬態に過ぎない。


 彼らは人間だと思い、のこのこやってきた間抜けな獲物が来たところで変身するのだ。


 とは言え、ここまで来た冒険者の敵ではないだろう。


「そこをどけ!ワーベア!」


 ソウマはそう言って、ワーベアに斬りかかった。


 ワーベアの動きは通常の熊に比べると、元が人間でもあったもあることもあり、緩慢だ。


 だが、そのいくら冒険者と言えでも、熊の怪力に勝てるものはいないだろう。


 受け流すことには成功したものの、その爪は彼の肩をかすめた。


「し、しまった!」


 ワーベアの爪には神経を麻痺させる毒が含まれている。


 これをひとたび受ければ、少しの間は動けないだろう。


「ソウマ殿!」


「ソウマ!今助け…」


 紗季が助けるにも間に合わないだろう。


 彼女の目の前には飢えた獣が立ち塞がっているのだから。


「こいつら!」


 ソウマは黙って歯を食いしばった。


ーーここまでか?


 彼がそう思った矢先に雷の矢がワーベアを貫いた。


 エゼルミアの“サンダーアロー”だ。


「しっかりしなさい!貴方は大切な人の所へ行くんじゃないの!?」


 ソウマはその言葉を聞いて、頷いた時だった。


「ハハハハハハハッ!気に入られねぇが、そこのエルフの言う通りだぜ!てめぇらちゃんと、私の分は残してあんのか!」


 あの豪快な笑い声だ。


 その笑い声と共に鋭利な刃物がワーベアの首を跳ね飛ばした。


「何者だ!」


 アレックスの声にその者は大きく笑いながらこう答えた。


「はっ!善の奴は鈍い奴らばっかだな。先輩冒険者ぐらい覚えておけよな!」


 すると、その者は姿を現し、手にした獲物で魔物たちの首を跳ね飛ばすと姿を現した。


「インディス!?」


 ソウマはその言葉に驚きを隠せなかった。


「よぉ、ソウマ!それと『善』のボンクラ共!まーだこんなところに居やがったのかよ!」

 

 インディスは手にした手裏剣をワーベアから引き抜くと、笑いながらこう言った。


「これじゃあ、聖女様を助け出すところじゃねぇな!」



◇◆

 インディスの登場は極めて意外であった。


 本来、利己主義の集まりである『悪』の戒律の者は見返りがないと人助けなどはしないからだ。


 それも自らと真っ向から対立する『善』の戒律がいるパーティにだ。


 このようなケースは普通はない。


「何の用だ!『悪』の者!」


 このインディスの手助けにアレックスは不審に感じたのか、強い口調でこう聞いた。


「あぁん?私はソウマに用があって来たんだよ。蜥蜴が引っ込んでいな!」


「くっ…」


 アレックスはインディスの実力を知っていたためか、下手に動けなかった。


「邪魔にでもしにきたのかしら?」


 かつては同じ種族であったエルフのエゼルミアも杖を構えていた。


 いつでも魔法で応戦できるようにだ。


「あ゛?やんのか?雑魚共?」


「三人とも待った!インディス!お前はオレに用があるんじゃないのか?」


 インディスは好戦的にも手裏剣を構えるのを見た、ソウマは慌てて三人の合間に入ってそれを止めた。


「それもそうだな…」


「そうよね…、このダークエルフの話をまずは聞きましょうか…」


 ソウマのその言葉に『善』の二人は武器を納めた。


「ふん」


「インディス。一体、お前はここに何をしに来たんだよ?」


 ソウマの問いにインディスはこう答えた。


「…『善』の奴らは気に食わねぇが、元々仲間だったお前は別さ。シンプルよ。あのいけ好かない仮面野郎をぶちのめしに行くんだよ」


「仮面野郎?錬金術師≪アルケミスト≫のこと?」


 同じく『中立』に属する紗季がそう聞くと、インディスは舌打ちしつつもしっかりとこう答えた。


「あの時仮面野郎と一緒にいた異世界人の女だな。ああ、そうだよ。私はな、努力して自分の力でのし上がろうとするやつは嫌いじゃないけど、てめぇらみたいな神から力をもらったってやつが嫌いなんだよ。それにあいつは私相手に手を抜きやがった。ここまで舐められてたまるか」


 そう言って、彼女はイライラしながら乱暴に地面を蹴った。


 少しの沈黙の後、彼女は真面目な顔つきになり、ソウマにこう言った。


「だけどよ、今あいつらのところまで行こうとしてるのはお前らぐらいだ。私はここで『戒律』を破り、てめぇらの力を借りてでも、あいつらをぶっ飛ばした。それにステルベンのこともあるしな」


 その言葉にソウマは頷いた。


「わかった」


「話が早くて助かるぜ」


 インディスは笑いながらこう言った。


「ソウマ殿少し」


 アレックスが彼の肩を掴んでこう言った。


「奴は『悪』の戒律の者。とても信用ができぬ」


 その言葉にソウマは首を振ってこう答えた。


「インディスとは同じパーティを組んだことがある。信用できる奴さ」


「そう言われるならば…。だが、インディスとやら、もし妙なことをするならば、貴様の命はないと思え」


 アレックスの言葉にインディスは鼻で笑い飛ばした。


「一度、盛大に裏切られたパーティが何言ってやがるんだよ。さっさと行くぞ!」


 インディスはそう言って地下へと降りていった。


「お前が言うのかよ…」


 ソウマたちは呆れつつも彼女の後を追って、さらに地下へと潜った。

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