第25話

 数刻前の話だ。


 『悪』の冒険者は生意気にも粋がる新米である『善』のパーティの出鼻を挫いたところからだ。


 先程の戦いで重傷を負ったインディスはエリファスの治療を受けていた。


「さて、愛しのステルベン様の目を盗んで、無様にも彼らに敗北した言い訳を聞かせてもらいましょうか」


 インディスの傷は重傷だ。


 わずかな油断で半人前の僧侶のホールドによって拘束され、そのまま真っ二つに斬られたのだ。


 治療には時間がかかるだろう。


「ぅ…る…せぇ…」


「おやおや、まだ息がありましたね。それにしても、ニーベルリングめ。我らのところを抜けだしたと思いきや、聖女の味方をしておったとは。あやつめ失望したぞ」


 そう言うと、エリファスはインディスの治療を終えた。


「さて、インディス。ステルベン様に弁明を」


 インディスはエリファスの言葉にきっと唇を噛んだ。


 だが、相変わらずステルベンは気怠そうにこう答えた。


「ああ…もう終わったことだ。確かインディスだったよな…。命あって何よりよ」


「おお、我が愛しのステルベン様。それでよろしいのですか?」


「どうもこうもあるか…。確かエリファスだったよな…。まぁ、足止めになったと思えばいいんじゃねぇのか…?」


「おお!我が名前を呼んで頂いただけでも私は歓喜狂乱でございます!」


 その様子を見ていたインディスは軽く引き気味だ。


「インディスよ。我が崇高たるステルベン様は貴様をお許しだ。有難く思いたまえ」


「ホモ野郎が…。いつかぶっ殺す」


 インディスはそう言うと、思いっきりエリファスを睨みつけた。


「ところで…奴らはしばらく動かねぇと思うが、どうせまた追ってくんだろう…」


「ご安心を。既にサムが魔獣の腐肉を用いて、この狭い道にダンジョンビートルを集めるよう指示しています」


「エリックの野郎の嫌がらせが役に立つ日が来るとはな…」


 ステルベンは廃人と化したエリックを思い出しながら、感慨深そうに言った。


「他にも別のマイケル率いる別動隊が第八層にございますオーガロードたちに第四層に向かわせるように差し向けております」


「ほう、それはどうやってだ?」


「簡単でございます。魔物である奴らは女神アヴァンドラを心底嫌っております。そこで我らはオーガロードたちの縄張りに一つ情報を垂れ込んだのです。『これから聖女が来るぞ』と」


「ほほう、それで奴らは俺たちを無視して行くのか…?」


「彼らはやけに迷宮の深部に聖女を入れたがらないのはご存じでしょうか?」


「ああ…確か昔、大司教さんが女神下ろしに失敗したことだな…」


「ええ、それに関係あると思います」


 その言葉にステルベンは大笑いした。


「女神か何だか知らねぇけどよ、迷宮の底へ行くつもりか?はっ、笑わせるな。ちょっと迷宮に潜ればお宝が出てきやがるだ。てめぇらの勝手な都合でこの美味しい狩場を潰させてたまっかよ」


「仰る通りです!」


「確か、ニーベルリングの小僧もそうだったな…。迷宮の深部なぞ行かねぇ方がいいに決まってやがる。ささっと地下へ潜って第9層への道を塞ぐぞ、てめぇら」


 その言葉にインディスは少し眉を潜めた。


「インディス、てめぇは不満だろ」


「当たり前だ。私は迷宮の深部に潜って、誰よりも最強の忍者になるという願いがあるからな」


 その言葉にステルベンは鼻で笑った。


「何がおかしいんだよ」


「ああ…夢見るのは勝手だが…普通に迷宮の深部にそんなもんあると思うか?文句あんならニーベルリングみてぇに出ていけ」


 その言葉にインディスは舌打ちをした。


 だが、ここは彼の言う通りにした。


 第5層に降りた彼らはぞろぞろと第4層に向かうダンジョンビートルの群れを見た。


「うげ…気持ちわりぃ…」


 インディスは思わずそう呟いた。


「インディス、奴らは魔物とは言え所詮は虫だ。考えることはない。だから、このように誘導してしまえばこの通りです。エリックがここに来る冒険者を防ぐためによく使った策です。」


 今はもういないが、エリックはこのように妨害することによって、第4層への入り口を隠ぺいしたことがある。


 そのずる賢さを評価されて、彼は副ギルドリーダーになったのだ。


「ちっ、氷魔法で即死するくせによ」


「それだけではありません。やつらに起爆の刻印を刻んだ石を飲み込まれているのです。これで奴らはそう簡単に氷魔法で死にはしないでしょう。最も炎魔法ですぐに爆発しますけどね」


「悪趣味な…」


 次に彼らはオーガたちとすれ違った。


 どうも慌てる様子であり、すれ違ったステルベンたちを襲おうとはしなかった。


「何であいつらあんなに慌ててんだ?」


「聖女の噂をかぎつけて上まで来たそうですよ。どうも、彼らは聖女にこの迷宮の奥まで来てほしくない様子ですね」


 そうこう話している間に彼らはエレベーターまでたどり着いた。


 彼らは魔力で表示されたボタンを押すと、第8層まで降り立った。


 第8層では彼らの配下が待っていた。


「ステルベンさん、お疲れ様です」


 最初に声をかけたのは、今回の工作をしたサムだ。


 彼はこれと言った特徴のない『悪』の戒律の盗賊だ。


「ああ…確か、サムだったよな…。ご苦労さまだ」


 同様に妖精族のライとレフもいた。


 彼らは双子の妖精であり、ステルベンの実力に惹かれて『善』から『悪』に転向した魔術師だ。


 この双子の魔術師は会話に紛れて、魔法を放ってくるのだ。


「これで無事に合流できたな。最下層への入り口はどこだ?」


 インディスの言葉にステルベンはまた鼻で笑った。


「まだてめぇらは次がラストだと思ってんのか…?甘ぇな…。この迷宮は第10まであんだよ」


 インディスはそれを聞いて驚愕した。


「な、そんなの初めて聞いたぞ!」


「噂で聞いたが…」


 同様にエリファスも驚いていた。


 ステルベンは白い歯をにぃと見せると、こう答えた。


「実は前の冒険で次の階層まで行ったんだよ…。その時の仲間はみんなおっ死んだが、第10層まで行くことができたんだよ…」


「それじゃあステルベン!あんたはもうすでに…」


 インディスの言葉にステルベンは首を振った。


「ちげぇよ。入り口しか行かなかったが、大したもんなかった。まぁ、よく探せばあったかもな」


 ステルベンはそう言うと遠い目をした。


「第9層はこっちだ…。普通に行けば、見つけられねぇ…」


 そう言うと彼は入り口のすぐ後ろの壁を押した。


 回転扉だった。


 そこには地下へと落ちる穴がぽっかりとあったのだ。


「これは…!ステルベン!どういうことだ!」


「見ての通りだ…。だが、次がラストじゃねぇよ…」


 彼がそう言った時だった。


 その穴から何かバサバサという音がしたのだ。


「何だ?」


 サムが穴を覗き込もうとした時だった。


 突然、サムの首が宙に舞ったのだ。


「サム!」


 エリファスが叫ぶと同時にそいつらは姿を現した。


「おやおや、これは生きのいい冒険者だな。ようやく来たか、ヒッヒッヒ」


「何者だ、てめぇら!」


 インディスが手裏剣を取り出して構えると、その不気味な声は笑いながらこう答えた。


「ヒッヒッヒ。そう急かすなよ。このジョーカー様が直に遊んでやるんだ。感謝するんだな。ヒッヒッヒ!」


 そう言うと、暗闇からそいつが姿を現した。


 そいつは緑色の道化師のような服装を身に包み、一見すると小柄な老人のようにも見えた。


 しかし、よく見ると顔立ちが魔女のようにしわくちゃであり、その肌の色はとても生きている人間のものとは思えなかった。


 そう、これこそが正体不明の謎の魔物『ジョーカー』なのだ。


 ジョーカーが現れると同時にサムの首を刎ねた魔物も出てきた。


 巨大な体躯をしたグレーター・デーモンだ。


 それも数体だ。


 ジョーカーは不気味に笑うと、その場で軽々とジャンプするとグレーター・デーモンの肩に飛び乗ったのであった。

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