第24話

 迷宮の入り口に強制的に送還されたソウマはしばらくの間呆然と立ち尽くしていた。


 たかが数秒しか経っていないのに、何時間も経っているようにも感じられた。


 その間にもグルグルと彼の頭の中は思考が渦巻いていた。


ーー迷宮に再度潜ろう


ーーいいや、このまま帰ろう


 そんなことばかりを考えていると、何者かの笑い声がした。


「ハハハハハ!誰かと思えば、ソウマじゃねぇのか?お前聖女様とよろしくしてたんじゃねぇのかよ!」


 ふいにソウマが無気力にそちらを見ると、見知った顔がいた。


 『黒銀の鉾』のメンバー、インディスとエリファスだ。


「おや?誰かと思えば、ニーベルリングではないですか。貴方も帰ったのですね」


「エリファスにインディス…」


 ソウマは二人の姿を見ると、ある思考が咄嗟に思い付いた。


ーーこいつらの力を借りれば、再び迷宮へ潜れる


 だが、そんなことは成功するとは思えない。


 その様子を察知したのか、インディスは大笑いし始めた。


「おや、その目はまだあの女に未練があると見えたぜ。残念だったな!私はあの女が嫌いなんだよ。誰が助けるってんだ!」


「インディスの言う通りです。ですが、貴方の気持ちはわからなくはないですよ。私も愛しのステルベン様を見捨てることになったのですから」


「あ、それ言うなよ。情けねぇから」


 インディスのその言葉にソウマはステルベン、そして妖精族のライとレフがいないことに気付いた。


 そう、メンバーが4人足りないのだ。


「一体どうしたんだ?」


 ソウマがそう聞くと、インディスはケラケラ笑いながらこう言った。


「それがよ。傑作なんだぜ。迷宮第八層まで行ったらよ。奴ら、グレーター・デーモン共に出くわしたんだ」


 その言葉にソウマは目を開いた。


 グレーター・デーモンは迷宮に潜む魔物の中でも最高峰の危険度を誇る上位種の悪魔だ。


 彼らは人間の5倍以上の体躯を誇り、青白い皮膚に膨れ上がった筋肉に禍々しい紫色爪をしており、頭部は山羊のような角を生やし、白い瞳の怪物だ。


 グレーターデーモンは蝙蝠のような翼を持ち、人間とほぼ同等の知性を持つかなり狡猾でずる賢い生き物なのだ。


 この魔物と出くわした冒険者は少なく、詳しい話は聞いたことはない。


 だが、一度そのかぎ爪に切り裂かれるとその爪から神経毒をもたらし、さらには彼らは魔法攻撃の最高峰たる【グレーター・アイス・トルネード】を使用するのだ。


 そのため、どんなに歴戦の冒険者でも命を落とすことが多いのだ。


 さらにはこの魔物は一切の友好さもなく、一度会えば必ず戦闘になるのだ。


 しかし、だ。


「ちょっと待て。グレーター・デーモンならお前たちなら倒せるはずだが?」


 実際にソウマはグレーター・デーモンと出くわしたことがない。


 だが、その魔物から剥ぎ取られた心臓はかなり高値で取引されるため、度々ステルベンは配下と共に何度もグレーター・デーモンを狩っているのだ。


 それにこのインディスとエリファスもグレーター・デーモンと対峙したことがあるのだ。


 その言葉にエリファスは笑いながらこう答えた。


「ふふっ、我ら冒険者の間ではいつ失敗してもおかしくないのですよ。お忘れですか?まぁ、私の愛しのステルベン様はともかくですがね」


 その言葉にソウマは妙に納得してしまった。


 確かにエリファスの言う通りだ。


 どんな熟練の冒険者でもちょっとした油断で命を落とすのが、迷宮と言うものだ。


 別の地方の迷宮ではありとあらゆる戦闘、魔法の達人がちょっとした油断からキラーラビットによって、首を切断されたという事例もあるくらいだ。


 ステルベンと言えども、それくらいのことはあるだろう。


「インディス、エリファス。何があったか、教えてくれ」


 その言葉にインディスは少しだけ怪訝な顔をした。


「ったく。”紅”級が私に意見すんのかよ。まぁいいや。昔のよしみだ。いいぜ、教えてやるよ」


「インディス。ニーベルリングは今やフリーの冒険者。さらについ先ほどまでにっくき聖女共のパーティにいたのだ。かつての直属の配下とは言え、元ギルドメンバーにそれを教えても良いのだろうか?」


 エリファスのその言葉にインディスは笑いながらこう言った。


「安心しろ、こいつにどうこうする気はねぇよ。それに噂はすぐに広まる。放っておいても、すぐに広まるだろうな」


「しかし…」


「まぁ、てめぇが大好きなステルベンの親分のもう帰ってこねぇんだよ」


 エリファスは人には言ってこそはないが、男色の気がある。


 当初は彼は『善』の冒険者であったが、ある日ステルベンに一目ぼれしてそのまま戒律を変えてギルド入りしているのだ。


 ソウマとはあまり関わりがなかったが、本人はステルベンにしか興味がないので問題はない。


 想像しただけで絵面的には最悪であろうが。


「…まだステルベンのあれ狙っているのか?」


 ソウマは若干引き気味ながらも苦笑いしながら、エリファスに尋ねた。


「女の尻を追っている貴様に言われたくない」


「男の方がどうかと思うぞ」


「黙れ、私はあの日のことを忘れてないぞ」


「いや、お前の趣味は…」


 ソウマが何かを言いかけたところでインディスが止めに入った。


「まぁ、とりあえずその辺にしておけ。お前も何があったか、ちゃんと言えよ」


 そう言うと、インディスは迷宮での出来事を話し始めた。

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