第23話

 迷宮の第5層は先程の第1層から第4層までと全く異なり、不気味なぐらい明るかった。


 それもそのはずあちらこちらに松明が均等に設置されているからだ。


 恐らく、迷宮の住民が変わったからだろう。


 先程の迷宮第1層から第4層はオークたちが管理者と言ったところだろう。


 物臭な彼らは迷宮の管理を怠っており、そのためか冒険者を仕留めるための罠も大したこともなく、オークたちも他所から来たゴブリンたちに生息域を乗っ取られたり、ゾンビたちが我が物顔で歩いていたり、挙句にキラーラビットやカピバラと言った動物にも生息域を追いやられているのだ。


 対照的にこちらはオーガたちが迷宮の管理をしており、辺りは非常に明るかった。


 さらに侵入者を撃退しやすいようにしているのだろうか、単なる洞窟であった第1層から第4層とは異なり扉が至る所にあった。


 おそらく、罠へと通じる道だろう。


 だが、ここの生態系の頂点と聞かれるとオーガたちは違うであろう。


 何故ならば、ゴーレムと言った魔術式の兵器はオーガたちを見つければ積極的に遅い、さらに低級とは言え、デーモンたちがいるのだ。


 さらにはあの最強と恐れられる小型の竜種ワイバーンまでもがいるのだ。


 オーガたちはこう言ったデーモンと言った上位の魔物に常日頃から恐怖しながら、生活しているのだ。


 迷宮内にもパワーバランスがあるのだ。


 ここまで来ると、戒律『善』の冒険者はそうそういない。


 この階層に来るのは『悪』の冒険者だけであった。


 そう、ルビアたちが来るまでは。


「みんな揃ったか?」


 ソウマの声に一同が頷いた。


「…ここはちょっとかび臭くないね」


 紗季の言葉にソウマは頷いた。


「ああ、オレも数える程しかここに来たことないが、ここが迷宮第5層だ」


「ここからは一歩ずつ会談で下るん?」


 紗季の言葉にソウマは首を振った。


「いや、第6、7層は通らない。ここには魔力のエレベーターがある。行き方はあそこ扉を通って隠し扉を開けるだけさ。他の扉はトゲ付きの落とし穴か別の部屋に通じる道だ。近道したいならあの扉を行くしかない」


 そう言うと、ソウマは適当な扉を開いた。


 そこには確かに彼の言葉通りに確かに落とし穴があった。


 もし、落ちれば惨たらしいことになるだろう。


「じゃあ、あなたの言葉の通りってことになるわよね」


 エゼルミアがそう言うと、ソウマは頷いた。


「行こう、もうすぐ目的地だ」


 ソウマがそう言った時だった。


 急にルビアがくいくいっと袖を引っ張ってきたのだ。


「どうしたの?」


 穏やかな表情と裏腹にルビアは真面目な顔つきだった。


「あのさ、ニー君話あるんだけど」


「?」


◇◆

 ソウマは彼女に連れられるように別の部屋にやってきた。


 この話は誰にも聞かせられないからだ。


「なんだい?話って?」


 正直、ソウマの頭の中はもしや告白かと舞い上がっていた。


 何故なら、かつて憧れの少女とこう二人きりなっているのだ。


 年頃の青年ならば、そう勘違いするだろう。


「あのさ、ニー君。お願いがあるの」


 彼女の声には緊張感があった。


「なんだい?」


 平静に取り繕っているが、ソウマは内心「もしや、告白」かと思っていた。


 彼は若者らしいことを妄想しながら、彼女の言葉を待っていた。


 だが、彼女の口から語られたのは残酷な一言だった。


「私たちのパーティから抜けてくれない?」


 その言葉にソウマは絶句した。


ーーは?


 しばらくの間、彼の思考は停止した。


ーー何言ってるんだ?こいつ?


 彼女は口を開けて唖然としている彼に続けてこう言ったのだ。


「・・・突然言われてもびっくりするよね。ごめんよ。でも、ニー君は大司教様とのやり取りあったでしょ?女神アヴァンドラ様に失礼あるからここから先へ連れて行けない。アレックスも怒っていたでしょ?」


「は?」


 ソウマは何を言ってるのか、理解できなかった。


「あ、帰りなら安心して。私がワープ【転移の魔法】でダンジョンの入り口まで送ってあげるから心配ないよ」


 そう言って、彼女が杖を構えた時だった。


 ソウマは納得ができず、彼女の腕を掴んだ。


「離して」


 彼女はうつむいたまま、静かにそう言った。


「納得がいかない」


 ソウマの声には怒りに満ちていた。


 ここまで来て、急にパーティを抜けろという彼女の発言に。


「何が納得がいかないの?」


 相変わらず彼女は俯いたままだ。


 しかし、ソウマは黙ったままだ。


「はっきり言ってよ」


 その言葉にソウマはたどたどしくこう言った。


「・・・道案内はどうするんだ?」


 だが、その声にはかなりの怒りが籠っていた。


「第八層まで行ければ十分です」


 彼女もそれと負けじと言う感じだ。


「オレの目的はどうなる?」


「自分で叶えて」


 彼女は冷たく言い放った。


「オレが帰らないと言ったら?」


「無理やり帰させます」


「他の人は?」


「納得してます」


 ここまで言われたらもうどうしもないだろう。


 だが、言われているだけは癪に障る。


 ソウマは無言で彼女を押しのけようとした。


「どこ行くの?」


「オレ一人で進む」


「一人じゃ無理だよ」


 怒りのあまりソウマは歯を食い縛った。


 その手には村正が握られていた程だった。


「ニー君は…」


 彼女は散々言った後、静かに彼を呼んだ。


「ソウマ君は…どうしてそこまで無理するの?」


「・・・」


「貴方はどうして私の名前を呼んでくれないの?」


「!?」


 ソウマはその言葉に大層驚いた。


 彼女はその目には不思議なことに涙がこぼれていた。


「私ね…本当は…」


 彼女が何を言うか、ソウマが気にかけたときだった。


 突如、彼の体光に包まれた。


 一瞬の隙をかけて、ワープの呪文をかけたのだ。


「おま…」


 ソウマが驚いていると、彼女は寂しそうに涙を流しながらこういい始めた。


「最後になると思うから言うね。ソウマ君、君は言わないとわからないからね。本当はみんなの許可なんてもらってないの。私が…ソウマ君を巻き込みたくないだけ」


「!?」


 その言葉にソウマはやっぱりと思った。


 だが、もう魔法は彼にかかっていた。


 もう、彼は迷宮から出るのだ。


「ここまで私のためにこんなに想ってくれてありがとう。本当はね、子供の頃から気付いていたよ。だけど、これ以上ソウマ君を巻き込めないよ」


 彼女はそう言うと、最後に満面の、けれど寂しさを感じさせる笑顔を浮かべた。


「今まで本当にありがとう。私は貴方にまた会えてほんとーうに嬉しかった。私の中では君の夢は叶ったよ」


 そうして、彼女はその艶やかな口から名残惜しそうにこう言った。


「さようなら。私の『英雄』。君は子供の頃に私に語ってくれた『誰かのための勇者』になれたと思うよ」


「あっ…」


 ソウマの脳裏には子供の頃の美しい思い出がフラッシュバックした。


◇◆

『オレはいつか『誰かのための勇者』になる!』


『それってどんなの?』


『えーっとね、どんな人でも助けられる超人ヒーローってことかな?』


『何それ?馬鹿みたい』


『多くの人に慕われるだぞ!いいだろ!』


『かっこつけても無駄だよ!』

◆◇

「待っ…」


 しかし、彼が引きとめようとしてももう遅かった。


 彼が気が付くと迷宮の入り口にいたのだ。

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