第7話 気流遣いの迦楼羅 天午③

「なんか妙なオーラですね」


「みすまるのたま」こと天午が呼び出した如意宝珠だ。美しかった極彩色のオーラの色は灰色の渦を巻く曇天模様に変貌していた。その上で波動も重い。その重さは心に伸し掛かるような、俯いたら終わりだというような絶望に近い。


 子音の錫が高音で鳴った。少し、場の重さが緩和された気がする。檸檬は息を深く吸った。庭のあらゆる樹々の香りが胸を充たす。


「大丈夫か? 今、周波数を上げたが、刹那だろう。結界を貼る」


 錫を掲げて両手で顔の前まで持ち上げる。すると、辺りの大気は張り詰めたように動かなくなった。巫女としても覚えはある。結界は二種類あって、裡と外。注連縄を逆注連縄にすると、「陰を出さぬように」なるのだ。


 今回も、結界は内側に貼られていた。


「この如意宝珠は人の意識と繋がりを持つ大領域だから。不安が的中したな」

「どういうことですか、天午様は」


「少しばかりの浄化をしよう。全てやると、天午ごと強制送還になる。それでもいいが……何をしに来たんだか」


 天午は、子音に逢いたかったのではないだろうか。考えた矢先に「それはない」とかぶせるようなお言葉を賜った。


 子音は如意宝珠の手前に立つと、いつもの禰宜としてお祓いに使用する榊を振った。霧がはれてゆく。「こちらの画面に写した」といつものpcを指した。


「陰の氣だな」


 そこには先ほどまで透き通るように見えていた天午の姿どころか、光がない。

 ゾッとするような冷ややかな空間にちら、ちらとした蚕の繭玉のようなものが揺れているだけだ。漏斗状になった呪に引っかかる様に大量の繭玉がぶら下がっている。


 巫女としてはこのテの不気味に慣れている檸檬でも、言葉を飲み込んでしまう異質さ。


「不気味だろう。中に何が入っているのか分からないが、天午はあの中のひとつになったと思われる」

「強そうなのに。霊力...って助けないと!」

 

 子音は抑揚一つ入れずに「言っただろう。勝てない理由があるんだ」と呟いた。


「昔から天午は言っても聞き届けやしないが、そもそも天午の天敵は煩悩が3、『愚痴』だ。愚痴とは情報量に匹敵する。情報が枯渇したものに取り憑くわけだから、風属性とは相性がいい。逆に僕は愚痴には勝てないな」


 インド12神獣にも色々あるのだと言わんばかりに子音は続けた。時折異空間の繭玉が揺れては落ちて遠くに消えていく。


 不思議な空間だが、それをPCで見ている心境も不思議だった。電脳は繋がっているから、こうして我々の世界に煩悩が降りたのだろうか。


「彼の本体である迦楼羅はガルーダで翼を持つ風鳥だ。今は子年だろう。現れている煩悩は『貪欲』これも風属性だが、気流ではない。張り巡らせる傾向があって、そこから電子やウェブの世界に潜ることを思いついたと思われる」


 告げ終えると子音は倒れたままの女性を見下ろした。流石に心配なので、長椅子に寝かせているが、そのスマホを握った手は変形していた。

 スマホがあたかも器官の一部になったように手のひらに埋もれており、指とスマホのきょうかいせも弱く見える。


「機械が人の肉体に溶け込むなんて有り得ません」

「有り得ているだろう? 煩悩がスマホを介して意識領域を冒すとそうなる。天午は捕まったのだろうな。いい薬だと思ったが」


 子音はふわりと空中に浮きいつもの結跏趺坐になった。目を閉じた子音の周りには何層もの炎の磁場が現れては消える。


「ヴァパーシュナー」


 目を閉じている子音はインド神でしかない。全ての動きが子音の波動に合わせて鎮まりかえる。

 やがてその姿はゆっくりと輪郭を崩し始めた。檸檬は不安から片足を前に踏み込ませて子音に駆け寄る素振りになった。


「独りにはせんよ、僕の巫女。相棒助けに行くだけだ」


 おどろしい色になった如意宝珠は煩悩に侵されていくようだった。全身に焔を纏った神ー朱雀は一目散に如意宝珠に飛び込むように羽ばたいた。


 朱雀は愛と復活を司り、和国日本では赤龍である。


「こころ読むの、やめてと言っているのに」


 育つはずだった弟の姿で顕現などするから。まだ、干支神はたくさんいるのに。


****


 空気が張り詰めて重い。炎で焼きながら進んでおるが、火の元素が足りはしない。

 子音は神鳥の翼だけを残して、また人型に戻った。以前もこうして無謀な相棒を闇に求めた。


「思い出したくないな」


 自意識過剰かつ自己意識の高さは神獣故だ。しかしながら、天午が未熟では干支12神獣が困る。

 天午とは何億年も互いに睨み合い、心の対話を繰り返した。


 今はかけがえのない相棒の間柄になった。それでも何度も命のやり取りをして、どのくらいが過ぎたのか。


「近いな。迦楼羅てんまの気配がする」

 



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