破説 魑魅魍魎
第3話 節分と雪 SNSに潜む魑魅魍魎①
冬の干支神社である。とにもかくにも多忙な冬の神社。
雪がちらつく睦月の候。一月の終わり。そろそろ神社では「追儺(ついな)」の準備も始まる頃だ。
「……出来たぞ」
久しぶりの晴天だ。子音(ねおん)の朝は早い。いや、そもそも干支神は寝ないでPCの前でずっと動かずにいたのだった。子音がこうして電子機器に興味を示し、ずっと座り込む(と言っても少し浮いている)は珍しいことではない。
檸檬は子音の声に気がついたが掃除を選んだ。巫女は忙しい。「出来たぞ」と再度の声に箒の手を止めたが背中を向けた。
「出来たぞと言っているんだ、檸檬」
とうとう目の前にさかさまになって現れた。彼は干支神社の本年度の禰宜(神主のようなもの ねぎ)の子音である。黒髪に平安衣装だが、子の錫を持っている。干支神社の十種神宝のうちのひとつの付喪神である。
干支神社には、毎年年末に神が舞い降りる。直に物質三次元に降りて、調査と浄火が役割だ。それを降ろすのは巫女檸檬である。彼らは檸檬の魂を通って降りるのである。清らかな処女や接吻とかは要らない。むしろ、神が降りて来るのは……
(空しい。言うまでもないか)
「はい。行きます。掃除くらいさせてください」
「いや、すぐに見て欲しいんだ」
やれやれ。
檸檬は満足そうに空中に浮かび上がって結跏趺坐をしてみせた子音の足元のPCを覗き込んだ。可愛い少女のCGがこちらを恥ずかしそうに見て微笑んでいる。まさか、一晩コレを描いていた?
「何ですか、これは」
「コミケというものが近いらしい。そこに、この式神を派遣しようと思って」
「式神? これが?」
どうみても、ヲタクの喜びそうなAIイラストである。
「可愛いだろう。昨今の技術は素晴らしいな。現象化が出来るとは」
「いや、神様、夜通し何をやっていたんですか」
子音は嬉しそうにつぶやいた。よく見るとゴシックの服は鴉にも視える。
「私の鴉だ。先ほど四霊界から呼んで、WEB魑魅魍魎の調査を頼んでみたら、快く入ってくれた。僕のお家芸だよ。式神の電子化は僕しか出来ない」
……また「WEB魑魅魍魎」。
先日から子音はこの言葉を口にする。
(子音は告げた。『やつらが気づいたからな。現実が穏やかになった代わりに、人々の感情は電子化した。しかし、人々は電子化された負の感情が逃がせないことに気が付く。永遠にログという形で残り続けることも。永遠にあいつらの苗床だ』と)
やつらとは何だろう? 人々の感情は電子化したとは?
しかし、奥深そうな神の横顔から、巫女風情が本音を読めるはずもない。まして子ともなれば、インドの古代十二獣が一。巫女はただのお世話係だ。
「現世のCGをモチーフに作った。絵には自信があるぞ」
ふくよかな胸、細い腰、恥じらいの表情……視えそうで視えない太腿の絶対領域と、ぎりぎりのライン。確かに現世のヲタクの掴みはばっちりである。しかも眼帯でどうみてもネガキャン女子。
「ご主人様ぁ...放置まだぁ?」声に子音はばっとマウスを握り締めるとウインドウをさっと閉じた。
放置系の電子ゲーム。
「あの……楽しんでませんか?」
「この世界は楽しむためにある。電子の世界と逆転しているんだ。檸檬、先日の祓いから仕事が来ないな」
「そうですね。……平和で何よりではありませぬか」
「いや」
子音は眉を寄せて結跏趺坐のままふわりと檸檬の前にやって来た。白檀の香りがする。どこかで、知った香りだ。子音は顔を上げた。端正な頬のラインは、現世の人間に擬態しているが、どこか気高い。
「電子の魑魅魍魎は怖いよ。電子電子と言っているが、その世界は我々の入り口だと知っている人間は何人ほどか。そうでなければ、わざわざ降りない。我々の使命は電子の奥に入り込んだ魑魅魍魎と、囚われた宝玉の……」
「宝玉?」
「こちら側の話だ」
子音は時折「これ以上は入るな」というような冷たい口調を平気で放つ。手を合わせれば神様は助けてくれる?それは違うと、仏壇で母が微笑んでいた。
会話の途中でチリーン、と霊力風鈴が鳴った。「噂をすれば。どうやら、お客様のようだよ」と子音は告げ、袖で口元を覆った。
「酷い妖気だ。檸檬、浄火の準備を怠りなく」
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