第5話 失踪(Village Police)

男は独り言のようにボソボソと話始めた。


「小学校二年生のときさ。学校帰りにふと気づくと俺はふっと意識が遠のいたんだ。で、気づいたら、田んぼのあぜ道に横になっていたんだ。」

「見たことのない場所だった。あぜ道は段々畑の急斜面にあり、眼下に海が見えた。この村には海はなかったから、俺は少し興奮したんだ。とてもいい天気だった。」


「季節は秋だったはずなのに、とても暖かかった。小屋のようなものがあって、で、そこには馬が一頭くさりでつながれていた。その小屋の裏には木造の古い家が見えた。」


「俺はわけがわけもわからず、フラフラとその家に向かったんだ。呼び鈴を鳴らすと、『お帰り』とお母さんが迎えてくれたんだ。いやその時はお母さんだとは思わなかった。知らない人だったから。その人はお母さんでもあり、神様の使いでもあった。」

「でも今では本当のおふくろだと思ってる。俺はそこで暮らしているうちに、この村のことは忘れちまった。おふくろは俺が生まれた時の話をよくしれくれたし、俺はそこで生まれ育ったと思うようになった。」


「近くには学校はなく、俺は毎日のように畑仕事を手伝った。で、ある日家に帰ったら、家がなかったんだ。最初から何もなかったかのように、馬小屋も家も何もかもがなくなっていた。呆然としていると、俺はこの村の病院で目を覚ましたんだ。その時、俺の本当の親はもう死んでいた。ガンだったと聞いている。」


「つまり、子供が戻ってくる前には俺の寿命がつきてるってことだな。」


「愛情をもって育てられることの幸せを味わったんだ。」

「自分のことしか考えない、本当の両親にないものをおふくろたちは与えてくれたんだ。もう二度と会えないおふくろ、すげー会いたい。いますぐ会いたい。元気に暮らしているんだろうか。」


どういうことだろう。夢でも見させられていたのだろうか。


「俺たち、帰ってきたものたちはその時の話はしない。自分だけの特別な体験だからこそ言いたくならないのさ。考えれば考えるほど、脈絡のない長い夢のようであり、自分自身夢だったんじゃないかと思うこともあるから、人に自信をもって話すことも難しい。いや酔っぱらうと言っちまうこともあるけどな。もう生んでくれた両親のことは親だと思わなくなっちまう。だから俺は今猛烈に悲しいんだ。しかも親の名前も住んでいた場所もよく思い出せない。」


ということは20歳になったら「必ずお返しします。」と言われても、親子の縁は子供がいなくなった時点で切れてしまうということか。


それが本当だとしても、親が子を思う気持ちは変わらないはずだ。親たちはなぜこれを問題にしないのか。そして僕にこの謎を解けるだろうか、いや解く意味があるのだろうか。あと1年で駐在期間は終了してしまうというのに。


眠ってしまった男を置いて、僕は駐在所に戻り、ベッドに横になりながら想像をめぐらした。


「仮定として、、、。家族関係がうまくいっていない子供たちは前々駐在員だった鈴木巡査が預かった。子供たちは実は親の指示で施設に入っていたから何も騒ぎにならなかった。子供たちの保護施設は村長の肝いり事業だった。そうやって村の治安はずっと守られてきた。」


どうだろうか。少し無理がありそうな気がしつつも、皆が共同で行う施策でないと成立しないように思えた。しかし、それであれば、村で代々神様が子供たちを預かってきたということにはならなそうだった。


「いったい子供たちはどこに行ったのだろうか。」

あの男の言うことが本当であれば、子供たちはバラバラに別なところに移されたということになる。そして、あの男はどうやって戻ってきたのだろうか。


次の日は晴天だった。宇宙まで見渡せそうな青い空があった。

朝起きて外に出ると「それでも村はとてつもなく平和だ」と思った。

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