第4話 帰ってきたこども(Village Police)

歓迎会の翌日から、僕は多田巡査に案内されて村の挨拶周りを始めた。古くからの農家や、学校、病院などの施設を周った。


どこでも多田巡査は歓迎され、村民からの信頼を得ていることがわかった。自分も同じようになれるのだろうか、という不安にかられた。僕の心とは対照的に、村は平和だった。活気があり、村人たちに笑顔があふれていた。家のカギをかけないのが一般的で、万引きすらおきないくらいに治安が良かった。交通ルールもきちんと守られ、事故と言えば高齢の方の運転による自損事故くらいだった。こんなところで、子供たちの失踪事件が定期的に起きているとはとても思えなかった。


多田巡査は2週間ほどして東京に戻った。


それからは僕のルーティーンが始まった。僕は朝6時に起きてシャワーしたあと、駐在所に「パトロール中」と看板を出し、小・中・高一貫の学校の正門付近で子供たちの様子を見守るという日々を始めた。村をパトカーで巡回し、比較的交通量の多い交差点に車を止め、夕方になるとまた学校の正門に行き、夜は繁華街を巡回し、21時には駐在所に戻った。


村唯一の制服警官として、近くにいてもらえると安心だと言ってもらえるようになった。そのころ僕は、駐在所の不在時間が少なくなりすぎないように、昼間はなるべく駐在所にいるようにした。日誌をパソコンに打ち込み、本部の共有フォルダに保存した。今日も特筆すべきこと無しと。


そんな平和な日々が続き、赴任から1年が過ぎようとしていた。

子供の失踪事件は1つも発生しなかった。あまりに村が平和だったので、僕は過去の失踪事件すらあやしく感じるくらいだった。子供たちはよく教育され、知らない人についていくことは考えられなかった。


ある晩、行きつけになったスナックで飲んでいると、隣の人と目が合った。自分が顔を覚えている人はまだ限られていたが、自分の顔はみなが知っていた。


「駐在さんよ。」

酔った60手前の、日に焼けた男が声をかけてきた。


「毎日平和だろ、ここは。なあ。」


「はあ、そうですね。本当にありがたいことで。」


「子供たちの話は聞いたかい?」


「はあ。」


「こんなに平和な村だと、そんなこと起きるはずがないって思ってるでしょうね、きっと。」


「はい。正直言うと、はい。」


その男性はため息をついた。

「先週、息子がいなくなったんだ。」


「本当ですか。そんな話は全く聞いてないです。」


「そうだろうな。新人の駐在さんの耳には入らんのよ。」

新人の、という言葉の意味は図りきれなかったが、とにかく自分の知らないところでそんなことが起きているとは。驚いて言葉が出なかった。


「この村がまだ裕福でなかったころの話が語りつがれているんだが、、、。」

その男は話を続けた。


「子育てに失敗して、子供が親の言うことを聞かなくなり、親も手に負えなくなったとき、村の神様が狩りに来るって。」


「あなたではこの子供は手に負えません。あなた自身が未熟すぎるのです。それを反省してお待ちなさい。子供はしっかりとお預かりします、ってな。」


「で子供たちは20歳になると戻ってくるのさ。その子供は自分の親のことは忘れてしまって、すっかり立派になってるっていう。いや覚えてはいるけど、他人のような関係になっちまうのさ。」


「ほら、あの裏山の神社の神様がね。いわゆる『神隠し』ってやつだな。」

その男性は店の奥の方を指さした。


「そんな話あるわけないでしょう。」

神隠しなんて、今の世界にあるはずがなかった。


「それがあるのさ。今でもね。で、いなくなった翌朝に手紙が届いているのさ。お預かりしています安心してくださいって。ほら。」


その男性は僕に封書を差し出した。


白い無地の封筒の中には便せんが1枚入っていた。

そこには丁寧な字で書かれていた。

「息子さんをお預かりしています。しっかり育てさせていただきますので、ご安心ください。20歳になったら必ずお返しします。」


確かにその男性の言うとおりだった。


「村ではこれを『赤がみ』ではなく『白がみ』と呼んでるんだ。親失格の烙印を押された証拠さ。子供は立派になって帰ってくる。それは疑っちゃいない。でも会えなくなることが悲しくて。もう親でも子でもなくなっちまうってことさ。」

そう言うと男は泣き出した。


そうだろう。それが普通だろう。自分の子供がいなくなったんだから。でも失踪したことを事件にせず受け入れてしまっているという。それはおかしくないか。


「なぜ探しに行かないのですか。」


「いや。もういいんだ。最後通牒をたたきつけられちまったからな、神様から。あとはゆだねるしかないってことさ。」


「なぜ?自分のお子さんなのに。」


「そう思うだろうな。でもずっとこうしてきたのさ、この村では。何十年、いや何百年と。」


「神様がいると?」


「もちろん。我々を守ってくださっているのさ。」

そう言って、また涙を手の甲でぬぐった。


この村は実は一種の宗教団体なのだろうか。どうにも僕には理解ができなかった。

いくらなんでも、神様の手にゆだねるってそんなこと。


男はいつの間にか酔いつぶれて寝てしまった。


子供たちが行方不明になっていたのはどうやら事実のようだった。そのことをなぜか親たちは騒がない。それは神様の仕業だから?連綿と続く誘拐事件を村人たちは受けいれている。だとしたら警察官は用無しに違いない。


いやそれは否定しないと。自分の存在意義を作らないと。仮に誘拐しているのが神様だとしても、現実に起きていることならば、現実の中に答えが見つかるはずだと思った。本部への連絡をすべき案件だと思った。が、それにはあまりにも話が不自然すぎた。


あの男の信じ切った様子を見る限り、子供たち20歳になると子供たちは戻ってくるのは本当かもしれない。だとすると、この村には神様に預けられて戻ってきた人たちが一定数いるということになる。


僕は寝てしまった男をゆすった。


「あの、起きてください。」


「あー、なんだよ。」


「20歳になって戻ってきた人を教えてください。」


「あー、いいよ。」


「どこのどなたか教えて下されば。」


「あー、俺だよ。俺もその一人なんだよ。」

本当か嘘か。僕には酔っぱらいの言葉を素直に受け入れられずにいた。


僕は聞いてみた。

「ではあなたは小学生の時に、どこかに連れ去られて10年近く育てられていたと?」


「あー、そうだよ!」


「どこにいたのです?誰に育てられていたんですか?」


「神様だよ!立派な神様に育てられたんだ。で俺は立派になった、いや結局なれずに子供を持って行かれたっちゅうことかもしれんが。とい意味では神様も失敗したのかもしれん。」


「どういうことですか。」


それから僕が聞かされたのは不思議な話だった。

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