「女ってのは恐ろしい」のか。

2023年11月24日


 どうも、あじさいです。


 今回はいわゆる「なろう系」の『薬屋のひとりごと』という作品について、多分に批判的なことを言います。

 この作品がお好きなかたはご注意ください。

 ネタバレは極力けています。


 『薬屋のひとりごと』にはどうやら2つのマンガ版があるようですが、筆者はとりあえず密林ア〇ゾンプライムで読める方(ねこクラゲさん版)を読みました。

 印象としては、めちゃくちゃ面白いというほどではないにせよ、まあまあ良いんじゃないか、というところだったので、続きとなるアニメ版の第4話を見ました。

 ですが、これが見事なまでに期待外れでした。

 まさか2023年も終わろうかというこの時期に放送されている、こんなにまともそうなアニメで、「女ってのはおそろしい」なんて台詞せりふを、ご丁寧ていねいに2度も聞くことになるとは思いませんでした。

 ああ、この作品もその程度だったのか、と非常に残念です。


 この台詞の何が問題か、一応、筆者なりに解説させていただきます。


 感覚としては、無差別殺人犯の部屋から深夜アニメのDVDが見つかったことを根拠に「アニメもオタクも社会の害悪だ」と断じるようなものです。

 このとき問題なのは主語が大きいことよりも、無関係な属性を引き合いに出して、人間を「普通」(正常)と「異常」に分けていることです。

 自分たちは「普通」だから問題を起こさない、あいつ(あいつら)はアニメなんぞに熱中する「異常」な連中だから問題を起こした、という理屈。

 それと同様に、男性である自分たちは「普通」だから陰湿いんしつなことはしないし癇癪かんしゃくも起こさない、あいつ(あいつら)は女性という点で(男性とは根本が違う)「異常」な者たち、「普通」の男性には理解不能な者たちだから、陰湿いんしつなことをするし癇癪かんしゃくも起こす、という理屈です。


 お気付きかと思いますが、こういった理屈におけるオタクや女性という属性に必然性はなく、境界線きょうかいせんきわめて恣意的しいてきです。

 レッテルをる対象は、発言者にとって「自分たち以外」であれば何でも良い。

 たとえば、学生時代を黒髪で過ごした人は、金髪の高校生を見て「不良」と言うかもしれません。

 スポーツに無関心な人は、ワールドカップの盛り上がりを見て「サッカーファンは野蛮」と言うかもしれません。

 ですが、金髪やサッカー観戦が人を凶暴化させる根拠など、本人たちも用意していません。

 その程度の、稚拙ちせつで無責任な理屈です。

 にもかかわらず、おそらく「普通」から「異常」を排除することで安心したいからでしょう、この思考様式は多くの人がとらわれがちな上、偏見や差別を助長する危険なものです。

 表現者やクリエイターはそこに自己批判的でないといけません。





 ちなみに、「フェミニストはその理屈で『男性』にレッテルをるじゃないか」と思われる方がいるかもしれませんし、一部のフェミニストは実際そうかもしれませんが、筆者の認識するところ、その批判は議論の核心をとらそこなっていると思います。


 男性にせよ女性にせよそれ以外にせよ、我々は「すでにある社会」の中にあとから生まれてくるため、価値観を選択したり判断したりする以前に、社会の当り前(常識)にめられてしまいます。

 この点で、差別を肯定するか否定するかに関わらず、差別から無縁な人間はいません。

 そうやって社会的・歴史的に受け継がれてきた男性中心主義の理不尽さについて、女性より男性の方が無自覚な場合が多い。

 となれば、男性が無自覚に行う差別を批判するとき、「男性」という言葉が用いられるのは、少なくとも現在の日本社会の語彙ごいでは、いたかたないことだと思います。


 むしろ、フェミニストがこの意味で「男性」を批判したとき、自らも「男性」の1人という立場であるにもかかわらず、

「いや、そうじゃない男性もたくさんいる」

 などと反論するのは、保身もいいところですし、差別に抗議する人々の口をむやみにふうじかねず、結果的に、まさに今ある差別に加担することにつながると思います。

 筆者自身そういう発言を繰り返していた時期があり、反省しています。


 フェミニズムやジェンダー論が問題にしているのは差別ですから、そもそも「差別反対派 vs 差別肯定派」の構図なのに、どういうわけか(少なくとも日本では)「女性+性的少数者 vs 男性」の認識でとらえられがちですが、これはフェミニストの言葉選びではなく、「男性」自身の先入観と不信感がまねいている事態にほかなりません。

 性差別を否定する立場の人間がここでるべき態度は、

「あなたの指摘は正しい。そのような差別は間違っているし、なくしていかなければならないと私も思う」

 と、連帯を示すことだと思います。




 話がすっかり長くなりましたが、要するに、「女ってのは恐ろしい」などと言うことは典型的な男性中心主義、よく知られた女性蔑視の1つであり、2023年の創作物としては時代錯誤さくごはなはだしいということです。

 たしかに、『薬屋のひとりごと』はなろう系アニメながら異世界転生・転移モノではないので、作中世界(近代以前の中華風世界)ではこれが普通なのだろうという擁護ようごも考えられなくはないですが、制作陣が差別に無自覚だと思われるリスクを取ってまで入れるべき文言とは思えません。

 それに、古代ないし中世的・貴族主義的な世界だと割り切るには、現代的すぎる部分が多い作風なんですよね。


 いや、仮に問題がこれだけなら、ある種の技術不足で注釈やツッコミを入れられなかっただけとも考えられます。

 差別を助長し再生産する点で、勉強不足や想像力の欠如は「罪」ですが、とはいえ、人間は完全ではないので、間違いや見落としは誰にでもあります。

 そうなると問題は、作者さんや制作陣が精一杯の配慮をしたか、指摘されたら今後はしないくらい話が通じそうか、ということになりそうです。

 しかしながら、アニメ第4話のラストを見るに、近年批判されがちなあれこれについて、無頓着むとんちゃくというか開き直ってさえいそうな気配。

 どうやらの価値観っぽいです。


 というわけで、筆者は今後、この作品を見ないと思います。




 もちろん、上に述べた人間の宿命もあり、批判する余地のない創作物はこの世に存在しませんし、それでも創作物から学べることは多いので、見るか見ないかで言えば見た方が良いとは思っています。

 ちまたというかネットでは、処世術としてではなく他者への非難として「いやなら見るな」という暴論が飛び交っていますが、内容も知らずに遠ざけたり非難したりする前に、自分で内容を確かめることこそが、表現行為や表現者たちに対する誠実な態度というものです。

 「いやなら見るな」というのは、単に自分が好きなものを否定されたくない(善悪ではなく快・不快で考えがちな)人間が、批判に対して論理的に反論できないがゆえに批判自体を無効化しようと用いる、ある種の暴言だと思います。

 創作物に批判は付き物で、それは手塚治虫だろうが夏目漱石だろうが同じです。

 最初から見ないことに比べれば、自分で見た上で批判した方がよほど良いし、そうでなければ、文芸やカルチャーが発展することはあり得ないのです。


 ただ、筆者が今後『薬屋のひとりごと』を見ないだろうと言ったのは、ストレスを感じながら見続けたところで、得られるものより失うものの方が多そうであり、精神衛生にも良くなさそうだからです。

 この辺りの判断はどうしても感覚的にならざるを得ないのですが、身もふたもない話、なろう系アニメの多くにはスリルはあっても中身テーマはない(あるいは扱いきれていない)ので、楽しくないと感じたら早めに離れるのが得策だと思っています。

 ついさっき述べたことと矛盾するように思われるかもしれませんが、人生は有限ですし、読書より本を買うことが好きな筆者としては、同じ時間と労力で他にれておくべき作品がたくさんあるので、ね。




 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。


 最後に少しばかり擁護ようごしておきますと、なろう系アニメに限らず、性差別やそれに対する無自覚さが見える作品は他にいくらでもあるので、『薬屋のひとりごと』は、深夜アニメの中ではレベルが高い方だと思います。

 Web小説原作アニメにおける筆者の暫定ざんてい1位は『乙女ゲームの破滅はめつフラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(はめふら)で、これに比べると遠いですが、次点にはなり得ると思います。

 ただ、問題含みだと最初から分かっていたらそのつもりで視聴できたかもしれませんが、なまじ骨格がしっかりしていて期待ができただけに、細かい部分にまで目が届いてしまい、そこに見つかった問題が筆者には許容しがたかったと、そういうことです。

 10年前と言わず、5年前くらいに放送されていたら、筆者も最後まで視聴しようと決めたかもしれません。


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