テンプレ小説談義(6/終)あるいはテンプレ小説でいっぱいの海

2021年6月3日


 どうも、あじさいです。


 前回までの5回で、テンプレ系作品の「内在的性質(作品それ自体の特徴)」についての批判にはどのようなものがあるのか、どのような批判が建設的な批判なのかといったことを扱ってきました。

 今回はようやく、作品の「社会的な存在意義」にかかわる批判の話をしたいと思います。

 「社会的な存在意義」という言葉を選んだせいでかえって分かりにくくなっているかもしれませんが、これは要するに、「作品それ自体を読んだり視聴したりするだけでは語り尽くせない、作品の社会的な性質や立ち位置」のことです。


 この種の批判として筆者が想定しているのは、たとえば、


(1)テンプレ通りすぎて新鮮味がない。


(2)小説投稿サイトの片隅かたすみで連載するだけなら別に構わないが、こんなに下品で矛盾ばかりの(場合によっては差別的な)作品を書籍化・コミカライズ・アニメ化するな。


(3)書店の棚がこれ以上テンプレ系作品に侵食されることは良くない。


 といったものがあります。

 どれも作品を読むだけで判断できることではなく、作品が置かれた社会的文脈を考える必要があるものです。

 順に見ていきましょう。




「(1)テンプレ通りすぎて新鮮味がない。」


 作品それ自体の性質ではなく、他の作品と比べたときに見えてくる性質なので、このタイプの批判は作品の「社会的な存在意義」に関わっているということになります。

 いくらテンプレや伝統に則ったものであっても、創作物には何らかの点で新しさが求められます。

 読者が「このパターンは以前もどこかで読んだな」、「これはあの作品の二番煎じだな」としか感じないようなら、その作品はつまらないものとして、批判を受けることになるでしょう。

 なお、このエッセイで何度も強調しているように、文芸に対する批判は原則として建設的なものであることが望ましいのですが、このタイプの批判については、読者の側に修正の具体案を求めるのはお門違いだと思います(さすがにそんな作家がいるという話は聞きませんが)。




 さて、次です。


「(2)小説投稿サイトの片隅で連載するだけなら別に構わないが、こんなに下品で矛盾ばかりの(場合によっては差別的な)作品を書籍化・コミカライズ・アニメ化するな。」


 このタイプの批判は、作者や制作陣が作品コンテンツのターゲットとして誰を想定しているかという論点が関わっています。

 以前お話ししたように、一部のテンプレ小説はファンタジーや恋愛小説より、官能小説やR18同人誌に近いものとして書かれている可能性がある訳ですが、官能小説やR18同人誌として書かれたものであっても、そういう作品を求める読者しか目にしない場に置かれているなら、文句をつける人はほとんど現れません。

 これは当たり前ですね。

 官能小説やR18同人誌のたなにはそれを買いたいと思う人しか近付かない――それが嫌いで買うつもりもない人はそもそも内容を知らない――からです。

 しかし、書籍化されればライトノベルが好きな人が、また、コミカライズされれば漫画が好きな人が、アニメ化されれば深夜アニメが好きな人が、購入したり視聴したりすることになります。

 このとき、官能小説やR18同人誌に近いものとして書かれたテンプレ系作品は、「ライトノベルだと思って買ったのにツッコミどころが多すぎる!」、「こんなものまともな漫画とは呼べない!」、「わざわざアニメ化して地上波に流すな!」といった非難を浴びることになります。

 ここで問題になっているのは、作品それ自体がどんな作品であるかではなく、作品がどんな場に持ち込まれたかということです。


 以前もお話したことがあるように、この批判の妥当性を評価するのは少し難しいです。

 というのも、近年のテンプレ小説はレーベルやタイトルですぐにそれと分かるものが増えているので、わざわざその作品を手に取った読者にも責任がある、という考え方もできそうだからです。

 筆者の考えでは、お金を出してライトノベルや漫画を買ったなら、不満を表明する資格はあると思います。

 ただ、読者の側も、テンプレ系を扱っているレーベルや長いタイトルを避けるなどの対策を考えた方が良いかもしれません。

 また、テンプレ系の深夜アニメについては良くも悪くも「不快に思うなら見なければいい。これが好きな人もいるはずだからアニメ化している」という話のようなので、厳しく批判する前に少し立ち止まって考えた方が良いかもしれません。




「(3)書店の棚がこれ以上テンプレ系作品に侵食されることは良くない。」


 このタイプの批判をどう考えるべきかは、悩ましいところです。

 というのも、先ほど扱った(2)の批判以上に、その作品や作者の責任とは言い難いところがあるからです。

 単に「小説に低俗な趣味を書きなぐる作家が増えた」、「出版社は短絡的な大衆迎合をやめるべきだ」、「最近の若者は不勉強でだらしがない」といった次元の話ではなく、もっと大きな、社会全体の文化や資本主義的な経済システムといった視点から見る必要があります。


 主語の大きな話をすると、グローバル資本主義が文化を侵食していることが背景にあるだとか、敗戦によって日本社会において宗教が説得力を持たなくなったことが一因だとか、若者の読書離れと携帯電話の普及が……といった話になるでしょうし、それらはそれぞれ深く考える余地のある論点だと思います。

 ただ、学術的な議論をする能力も体力もない筆者がそんな抽象的な話を長々とこのエッセイに書いたところで、あまり意味はないでしょうから、理由や背景についての難しい考察はすっ飛ばします。


 早い話、今の時代、「かねになるものにしか価値がない」という風潮があって、それは経済活動だけでなく文化や芸術の分野にも及んでおり、したがって出版社も「ためになる本」「読者の教養を深める本」「文学的に価値ある本」よりも「金になる本」「低予算で売れる本」「難しいことを考えない読者でも買ってくれる本」に力を入れるようになっている、ということです。

 テンプレ系が出版界隈で大きな勢力になりつつあることも、こういう事情があってのものだと思います。


 仮に、「テンプレ系を野放しにしていては日本の出版業界や創作界隈が文化的に衰退してしまう」と言うなら、その懸念は当たっていると筆者は思います。

 テンプレ小説は、新しい文化・文学・芸術の形というには、あまりにも粗雑そざつ幼稚ようちな面が目立ちます。

 出版社やアニメ会社がそういった作品に資源リソースを注ぎ込んだ結果、他の分野の作品の管理や育成が杜撰ずさんになるとしたら、それはなげかわしい事態です。

 とはいえ、出版社やアニメ会社には、一部から批判を浴びることになっても、テンプレ系作品に手を出さなければ企業活動を存続できないという危機感があるものと思われます。

 これについて読者の立場から何か言えるとしても、ありきたりで陳腐ちんぷに聞こえるとは思いますが、「テンプレ系以外の作品もきちんと買うようにしよう」、「論理的な整合性のない低クオリティの作品には手を出さないようにしよう」という話にしかならないでしょう。

 あまり言いたくありませんが、「金にならなくても人間にとって大切なものを守っていこう」と言って出版社やアニメ会社がうなずいてくれるほど、日本社会は豊かではなくなったのだと思います。

 企業はどこも「金になるものにしか価値がない」ということを前提として動いていて、伝統も信念もプライドもかなぐり捨てつつあります。

 それをくつがえ道筋みちすじがもしあるとしたら、出版社の変化を待つのではなく、我々読者から働きかけていくしかないように思います。

 要するに、絶版になってほしくない本があるなら早い内にそれを(なるべく新刊で)買いましょう、ということですね。

 もちろん、それは財布に余裕があるならばの話ですけどね。

 世知辛いですね。




 以上で、テンプレ小説とそれに対する批判について、筆者がじっくり考えてみたかったことは一通りお話しすることができたように思います。

 6回にわたってお送りした「テンプレ小説談義」も、今回でお開きです。


 締めの結論を、軽く書いておきましょう。

 これまでに書いてきたように、テンプレ小説には、作品それ自体の性質から言っても、作品の社会的な存在意義から言っても、問題を抱えている作品が多いように見受けられます。

 ただ、テンプレ小説は基本的に「単なる娯楽」や「真面目に考察するほどでもない暇つぶし」として書かれているだけのようなので、作者に対する適切な配慮を欠いた、怒りにまかせた「批判」(ほとんど悪口)が当たり前になっているのはあまり善くない傾向だと思います。


 ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

 「テンプレ小説談義」は一区切りつきましたが、このエッセイはまだまだ続けていくつもりです。

 ひとつの物事に集中できないという意味ではあまり良くないことかもしれませんが、この「テンプレ小説談義」を書いている最中にも、このエッセイに書きたい話題がいくつか浮かんでいたので、今後、このエッセイではそれらを扱っていきたいと思っています。

 ただ、書きかけの長編小説や、全く別の新たな小説についても考えを練っているところでして、日によってはそちらにも注力するつもりです。

 どんな小説を練っているかは、今後のエッセイでお話しさせていただく機会もあるでしょう。


 それでは。

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