推敲にゴールはあるのか。

2020年3月19日


 どうも、あじさいです。


 まずはこちらをお読みください。

 言葉を発する猫と人の会話です。


――――

「確かに私はキミにとってヒトの言葉に聞こえるかのような音を出しているかもしれん。だが、オウムやインコのたぐいでもそれくらいのことはするではないか。何をもって、キミは私が言葉通りの意味をこめた音声を発しているのだと確認するのか」

 (略)

「そりゃあれだ。ちゃんと俺の問いかけに答えているからだ」

「私が発している音声が、たまたま偶然ぐうぜんにも君の質問に対する応答に合致がっちしているだけかもしれんではないか」

「そんなのがまかり通れば、人間同士でも会話が成立していない場合があることになるじゃねえか」

 (略)

「まったくその通りだ。キミとそちらのお嬢さんがあたかも会話しているかのような行為を働いてた(ママ)として、それが正しい意思伝達をおこなっているかどうかなど、誰にもわからないのだ」

――――


 ピンときた方も多いと思います。

 『涼宮ハルヒの溜息』(映画製作の話)の一場面です。


 文脈が文脈なだけに本編では「何言ってんだ、こいつ」という感じで片付けられていますが、文系分野では大真面目に論じられているテーマです。

 筆者も、国際政治理論の先生がこのテーマについて語っているのを見たことがあります。

 そして、お気づきの通り、これは我々「物を書く人間カクヨム・ユーザー」にとっては無視できない問題、もっと言えば、我々が日々直面している問題です。

 早い話が、あなたがイメージ通りに文章を書いたつもりでも、そのイメージが読者に正確に届いているとは限らない、ということだからです。




 そこで皆さんにお聞きしますが、皆さんはコミュニケーション(情報・意思の伝達)としての小説の執筆にってあると思いますか?

 もう少し具体的な言い方をしますと、皆さんは小説の推敲すいこうという活動に終着点ゴールってあると思いますか?


 推敲って始めると果てしないんだよね、自作を読み返す度に修正点が見つかるのよ、という方は結構多いと思います。

 筆者も、そんな調子で拙作(長編ファンタジー)の執筆と推敲に既に数年をかけてきました。

 「時間かけすぎだろ」とお思いの方もいらっしゃると思いますが、ゲーテは『ファウスト』の執筆と推敲に生涯のほとんどを費やしたと言いますし、手塚治虫は若い頃に着想を得た『火の鳥』シリーズを一生かかっても書き上げられなかったそうなので、書き手にも色々種類があると思ってください。


 また、本当は推敲にゴールなんて無いかもしれないけど、それだといつまで経っても投稿できなくなるから、有ると考えることにしている、という方。

 大正解です。

 ぶっちゃけ、それを言われると今回の話が終わってしまうのですが、漠然としたまま、無いものを有るかのように考え続けるだけではしんどくなってくるかと思いますので、どの範囲まで有り得るのかということを筆者と一緒に考えていただけると幸いです。




 一般的に言って、人間はかなりの部分で視覚と聴覚に頼りながら日常生活を送っています。

 とすると、どうやら、我々が小説を書くときに頭の中に広がっているイメージの多くは、視覚的あるいは聴覚的なものと考えることができそうです。

 しかし、小説というコミュニケーション手段がもっぱら文字に頼っている都合で、少なくともカクヨムでは、頭の中のイメージをそのまま読者に伝えることは不可能です。

 あらゆる小説の執筆は情報の取捨選択なのです。

 ここでの問題は、その取捨選択に正解はあるのか、ということです。




 筆者がまず思ったのは、イメージの全てを伝達できていない時点で、どんな文章であっても絶対的な意味での「正解」にはならないのではないか、ということです。

 ということは、小説の推敲にゴールはない(無し寄りの無し)、ということになりそうです。


 しかし、ここで一度立ち止まって考えてみましょう。

 そもそもコミュニケーションというものは、発信する側のイメージを、受け取る側が100%正確に受け取ることが理想、なのでしょうか。


 ちょっと小説とは違う例になってしまいますが、たとえば、親が小学生の我が子に3丁目の郵便局に行く道を説明する場合。

「郵便局は八百屋やおやさんの角を左に曲がったところにあるよ」

 このとき、母親は目印となる八百屋のおじさんが推理小説に夢中になっていることや、その隣にある魚屋のお兄さんがひげを生やしていること、彼の弟がマッチョであることなどを子供に伝える必要があるでしょうか。

「急に何の話だよ。そんな必要ある訳ねーじゃん」という話ですよね。

 母親は子供にそんなことまで伝える必要はありませんし、伝えたら子供が混乱して、せっかく成功しそうなコミュニケーションが失敗するかもしれません。

 この場合、子供が道のりを必要かつ充分な範囲で理解するためには、母親は頭の中のイメージを100%伝えない方が良いのです。


 およそほとんどのコミュニケーションは、目的があり、それを達成するために行われます。

 小説にも目的があると言うと変に思われるかもしれませんが、「読者を楽しませる」とか、「特定の感情を呼び起こす」とか、「あるテーマについて考えてもらう」とかいうレベルであれば、それぞれの小説ごとに目的があると言って良いでしょう。

 目的にそぐわない情報はかえってコミュニケーションの混乱を招きます。

 それはちょうど、ごちゃごちゃした衛星写真よりも手書きの地図の方が、あるいは「郵便局は八百屋さんの角を左に曲がったところにあるよ」というシンプルな文字情報の方が、目的地までの道のりを分かりやすく伝えてくれるのに似ています。

 その意味で、文章とはイメージを共有するための地図のようなもの、と言って良いでしょう。

 となってくると、書き手の頭の中にあるイメージを、必要かつ充分な範囲で読者に伝達する(という目的を達成するのに最も適した)文章に仕上げることが、小説の推敲における「ゴール」、ということになりそうです。


 ということで、筆者は小説の推敲にはゴールがある、という立場をとることにしています。


 もちろん、この意味での「ゴール」は論理的必然性に基づいて唯一のものではなく、その意味で絶対的なものではありません。

 しかし、たとえば定期テストや大学受験の記述式の問題も、出題者が用意した模範解答と一言一句同じではなくとも、押さえるべきポイントを押さえれば正解という扱いになります。

 それと同じようなものと考えることができると思います。


 世の中には、あえて謎めいた表現を用いて味わい深さを演出したり読者に考えさせたりする手法もありますが、それは合格点以上のものを求める行為なので、「ゴール」の先にあるものだと筆者は考えています。

 ……拙作(長編ファンタジー)における筆者の文体が、分かりやすいとは言ってもらえる一方で、いまいち人の心をきつけないのは、このように、文章としての最低ラインを「ゴール」と考えているせいかもしれません。


 やっぱり、小説の推敲にゴールはないと考えるべきなのでしょうか?




 ところで、郵便局への道のりを教えるのと、小説を読んでもらうのとでは決定的に違うことがいくつかありますね。

 ひとつは、小説にしるされた情報には多少の過不足があっても構わない、ということです。

 この「過不足」のさじ加減によっては読者に混乱や誤解を招く訳ですが、先ほども述べたように、それがひとつの魅力になる、ということは充分に想定可能です。


 これと関連していますが、もうひとつの違いは、小説の場合は読者が単に受動的な存在ではない、ということです。

 小説の読者は、あるひとつの言葉からイメージをふくらませたり、逆にちょっとしたフレーズをきっかけに作品と心理的な距離を置いたりします。

「(書かれてないけど)このときの主人公はきっとこんなことを考えていたに違いない」とか、「悪役がやすっぽくてどうも緊張感が出ないな」とかです。

 ということは、仮に書き手が充分に推敲された文章を読者に届けたとしても、読者の中でまったく同じイメージが共有される訳ではない、ということになります。

 その意味で、小説においては、イメージを発信する書き手が全てではなく、読者もまた、その頭の中にイメージを再構築する過程で、小説世界の「作者」になるのです。


 これは小説というコミュニケーションのあり方にまつわる事実と言って良いでしょうから、善悪で語ることではありません。

 仮にこれが悪だとしても、書き手にはどうすることもできません。

 語るとしたら好き嫌いの問題です。

 筆者としては、作品が書き手というひとりの人間の想像を超えてその世界を広げていくことは、少し怖いことであると同時に、それが誤解でないのであれば、どちらかと言えば楽しいことのような気がしますが、皆さんはいかがでしょうか。




 何だか抽象的で評論文のような話になりましたが、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。

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