第三十九話 油断せず、イチャつかない事
肌寒さに目が覚める。掛けていたはずのシーツはいつの間にか足元で丸まっていた。恐らく寝ていた自分がやったででろうことは棚に上げて役目を果たさないシーツに溜息を浴びせ、のそりと体を起こした。
「おはよう、リューシ」
「……おはよう」
焦点の合わない寝惚けた目が薄っすらとカディの姿を捉える。どうやら窓を全開にして早朝特有の冷えた風を浴びているみたいだ。
「寒い……」
「あぁ、私の所為だな」
そう言いつつ丸まったシーツを見た。なるほど、どうやら僕の寝相は悪くないようだ。だったら掛け直してくれてもいいのにと内心思いながらシーツを引き寄せ、ぐるりと体に巻き付けた。
「…………」
「こら、寝るな」
「……はっ」
やっと感じた温かさに、うっかり二度寝してしまうところだった。だが怒られる筋合いはない。まだ日も出ていないのに起こされた身にもなってほしい。
「リューシ、起きた?」
何かと理由をつけて睡眠欲を満たそうと画策していると床をすり抜けて姉さんが下りてくる。2対1だ。もうどうあがいても起きるしかなくなってしまった。
「おはよう、姉さん」
「ん、おはよう。今日もダンジョンでしょ? 支度しよう」
「うん」
今日は解禁日4日目。そろそろ人の数も大人しくなってくる頃合いだ。邪魔されることなく、大手を振って探索出来る。
何だかんだ言って早起き出来たのは、正解だったようだ。
だが流石に早朝過ぎたので少し時間をおいてから家を出ると、見計らったかのようにパラパラと雨が降ってきた。
「此処に来て初めての雨だね」
「そういえばそうだね。アンデッドになったから濡れずに済むよー」
何かとポジティブなアンデッドである姉さんはすり抜ける雨を見て小さく笑う。僕はフードをふかく被って歩き出した。
「じゃあダンジョンに着いたら呼んでくれ」
「あ、狡い」
「はっはっは」
今まで全然戻ろうとしなかったのに雨を見た途端に魔石の中に戻ってしまった。水が弱点なのだろうか。いやでも狡い。僕だって濡れたくないというのに。
一応、普段から身に着けているこのローブは防水だ。姉さんが作ってくれたローブはある程度の天候には左右されない性能を持っている。暑い日は涼しく、寒い日には暖かく、雨の日は水を弾いてくれる。
とは言え、ローブはローブだ。顔や手を出す部分は穴が空いているし、足元だって濡れる時は濡れる。日が差さない天候だからといって有頂天にはなれなかった。
ギルドで暇そうな顔をしていたヴィオラさんに手続きをしてもらい、再び雨の中を歩く。流石に雨ともなれば人の通りはぱたりと止んだ。雨対策をしてなくて店先で雨宿りする人や、客足が遠のいてしまった原因である空を鬱陶しそうに睨む商人を横目に、僕達はベイトリールへとやってきた。
「人が少ないね」
「先に潜ってるか……雨が降っているのを見てやめたかのどっちかかな」
雨は今も降り続け、パタパタとフードを叩いている。水滴となって落ちた雨が前髪を濡らし、額に張り付くのが鬱陶しい。
「とりあえず入ろうよ」
「そうだね」
中に入れば雨宿りにもなる。ということで僕達は門番さんに会釈して階段を下った。
□ □ □ □
「ふぅ……やっと着いたみたいだな」
「……」
「そんなに怖い顔するなよ。可愛いだけだぞ」
階段を下りながらパイド・パイパーを振り、魔石からカディを放り出す。大型犬くらいの大きさの黒狐姿で出てきたカディは此方に振り返り、嫌な笑みを浮かべながらとことこと階段を下りていた。
「もうちょっと大きくなってよ。乗って楽するから」
「悪かったって。ちゃんと雨の日も隣を歩いてあげるから」
「別に隣じゃなくてもいいけど」
「そう甘えられたら甘やかしたくなるね」
「甘えてないし」
カディには何を言っても無駄だ。全部冗談にされてしまう。
「イチャイチャしてないで早く来なよ」
そして先頭を歩く姉さんが不機嫌そうに此方を振り向く。
「別にイチャイチャなんかしてないよ」
「ふーん」
「いや、イチャイチャしていた。すまんなオルハ」
「してないって」
「ふーーん」
弁明しても姉さんは取り合ってくれないしカディはケラケラと笑っていて、控えめに言って地獄だった。
「あのさ……これからダンジョンに潜るんだからちゃんとしようよ。姉さんもカディも仲良くして。助け合わないと死んじゃうんだよ?」
「私は強いからな。こんな浅い層ならそうそう傷も負わないさ」
後ろ足で跳ね、空中で1回転して見事に着地したカディが自信満々に言ってのけた。だがそれはカディだから言えることで、僕はまた別だ。
「僕はただの人間なんだ。あんな大きな虫に噛まれたら死んじゃうよ。カディや姉さんが守ってくれたとしても、そうやって調子に乗ってたら取り返しのつかないことにだってなりかねない。だからちゃんとして」
僕の言葉に姉さんが振り返る。
「……そうだね。頑張らなきゃって気が張ってたから逆にイライラしちゃったみたい。ごめんね、リューシ。カディも」
姉さんがいつも頑張っていたのは知ってる。どんな時だって、僕を守ってくれていた。其処に日が浅いカディがやってきて少し調子がずれていたようだ。
カディもカディで来たばかりだからまだ分からないんだろう。こう、僕達の雰囲気とか、そういう目に見えないものが。だから理解しようと、馴染もうと頑張ってくれているのが伝わってくる。けれど、それをこれとはまた別だ。命のやり取りという危険と隣り合わせの場所は違うと思う。
「ふむ。これは私が間違えたかな……悪かった。よし、私も本気を出すとしよう。私がその気になればあの湖だって干上がらせてみせるよ!」
「いや、それはやりすぎだから」
人化して拳を手のひらに打ち付けて乾いた音を鳴らすが、それは怒られるから是非ともやめてもらいたい。
階段を抜けた先は昨日と同じ晴れた草原だ。どうやら外の天気の影響は受けないらしい。というか、太陽らしきものの位置が変わっていない気がする。時間経過で夜とかはないようだ。
「でもそうなると時間の経過が曖昧になって怖いね」
「それもまたダンジョンの罠かもしれないね」
人間は明るさの変化というものに意外と敏感で、無意識の内に明るさで時間の経過を感じているらしい。凄く集中していても外が暗くなれば自然と気付くし、逆にカーテンとかで外の景色を塞いでいたらよっぽどじゃない限り気付かないものだ。
此処はそんな環境だから気付けば体力を消耗していたり……なんてこともあるだろう。そうなれば油断を招き、死が訪れる。ただの美しい景色だと思っていたら大間違いだった。
「じゃあ油断せずに、ね」
「了解!」
「任せてくれ!」
二人共気合い十分だ。さっき話し合いをしたことで程良く肩の力も抜けてるみたいで、周囲を警戒しながらも何処か余裕が感じられる。
さぁ、二人にばかり任せていられない。僕だって頑張らないと、置いていかれてしまう。
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