第四十話 湖底の宝箱
風が吹き、雲が流れ、太陽が照らすこのフィールドダンジョンは一見すれば平和そのものだが、此処は停滞した世界だ。動的ではあるが、一切の時間が進まないこの空間で時間が進むのはモンスターと人間だけである。
「あ、リューシ。後ろ」
「わっ!」
突然背後に現れた鎌のような口を持つ虫型モンスター……ファングバグをパイド・パイパーで撃ち落とし、石突で頭を貫く。
大きな羽音が聞こえるくせに、戦闘となると途端に聞こえにくくなる。目で追い過ぎている証拠だ。こうした油断は死に直結する。このダンジョンのように僕の時間も停止してしまう。
「油断してると死ぬぞー」
「くっ……」
カディの拳一つ、蹴り一つでバグが爆散していく様を見ながら縮まらない差を嘆いた。どうあっても僕にはあんな強さは身に付かないだろう。長い手足が欲しい……。
「お姉ちゃんはそんなリューシも大好きだからね!」
「ありがとう……」
励ましが逆に心の傷を増やし、抉ることを姉さんはまだ分かっていない。何だかんだで姉さんも天才肌なので低い場所の人間の気持ちが分からないのだ。
僕は偶々、屍霊魔術の才能があったが、あっただけで様々な魔法は必死になって覚えただけだ。少ない蔵書から見つけ出し、理解し、行使する。それは言葉だけなら簡単だが、いざやり始めると途方も無い道程が見えてくる。
何だろう……長い道程であることは分かっていたが、実際歩くと分かれ道も多いし、真っ直ぐ伸びた道だと思ったら割と急な上り坂だった、みたいな。それは何に対してもそうかもしれないが。
そんな長い道を駆け足でやってきたからこそ、今がある。
「う……いっぱい来た……」
軍隊が駆けてくるかのような音と共に複数の羽虫がやってくるのが見えた。
「そろそろ休憩したいから私がやろう」
前に出たカディが手に闇色の炎を灯し、横薙ぎに振るう。放たれた炎弾は真っ直ぐにバグ達に向かい、激突し、爆発を起こした。左から右へと綺麗に爆発していく様はいっそ清々しい。
「ふぅー……疲れた」
圧倒的力を持つモンスター、シャドウフォックス。調べたが文献は見つからなかった。なのでご本人に直接聞いたところ、実は《
『なんか《闇狐》とか《太陽喰らい》とか、そんな感じに言っていた気がするね』
とか仰られてましたね。いや怖いわと。姉さんが鑑定で判断したから別にミシカさんに見せる必要ないかなーなんて鞄に仕舞ったままアズリアさんに渡して良かった。そしてアズリアさんも僕達と同じようにシャドウフォックスに関する知識が無くて本当に良かった。
度重なる偶然が危機を乗り越えた。バレたら多分、厳重に封印されていただろう。そしてそれに腹を立てたカディがブラックバスで大暴れ……あぁ、目に浮かぶね。
そんなカディも人との戦争に疲れて自らを封印し、魔石となって眠っていたのだと言う。それが何故ブラックバスから産出されることになったのかは分からないけれど、起きた時代が平和で良かったと思う。
「はい、カディ」
「お、ありがとう」
鞄から出した水筒の中のお茶を注いで渡してやると嬉しそうに笑う。……うん、こんな笑顔になれる時代で本当に良かった。
□ □ □ □
カディに任せるだけでなく僕と姉さんも頑張りながら、それでもあっさりと湖まで来てしまった。周囲には休んでいる探宮者の姿も見られる。
「リューシ、もうちょっと離れて」
「大丈夫だよ」
反射する光が直接肌に当たらなければ問題ない。僕だってこの綺麗な風景を眺めたいのだ。
そっと顔を上げると、視界いっぱいにキラキラと輝く湖が広がっている。紛い物の太陽の光と空の青を写す湖面は風に吹かれて眩く光った。
「綺麗……」
「リューシは光が苦手なのか?」
「……うん。生まれつきね」
十分に堪能したのでフードを摘んでグッと下ろす。一瞬、悲しげなカディの顔が見えた。
「ありがとう、カディ」
「いや……私は何もしてないよ」
心配してくれるだけで嬉しい。それが負担にならなければいいのだが。
周囲で休む探宮者達は、やはり水辺だけあって焚き火をし、お湯を沸かして食事等もしていた。ダンジョンの水でも問題ないらしい。土と草と水の匂いに混じって美味しそうな匂いまで流れてくるので胃がきゅうと縮まる。
「この湖の中にはモンスター、居るのかな」
「どうだろう……?」
湖面を覗く姉さんに向かって首を傾げる。
「ちょっと見てくるね」
「えっ?」
「あっ」
そう言うと姉さんは湖の中に入ってしまった。
「いやいやいやいや、ちょ、姉さん?」
「大丈夫か、これ」
湖の前で慌てふためく白いのと黒いの。その騒ぎを遠目で見てる探宮者達。異様な光景が其処には広がっていた。
暫くすると姉さんが普通に戻ってきた。
「姉さん、大丈夫?」
「何かねー、宝箱あったから開けてきた」
「……本当に?」
「うん、ほら」
姉さんがウェストバッグから白い綺麗な盾を取り出した。見たこと無い美しさだ。降ったばかりの雪のような白で、磨かれた表面には僕の顔が映っていた。装飾も細かく、実戦用というよりは儀礼用の趣があった。
「うおぉ、何だそれ!」
「すげぇ!」
「ちょっと見せてくれ!」
遠目から見ていた探宮者達も、流石に湖の底からウェポンが出てきたとなると、近くで見たくなったらしい。盗られないように気を付けながら、見せていく。
「姉さん、あの盾はどういう物?」
盾を掲げるカディと、その周囲を囲む探宮者達から離れてこっそり聞いてみる。
「それがね、鑑定してみたら『幽冥の盾』って出たの」
「それは……もしかして、屍霊魔術に関する物ってこと?」
「多分ね……」
クランクベイトでは『|大霊宮(ニルンパレス)の柱』というウェポンなのかアイテムなのか分からないものを手に入れた。そしてベイトリールでは『幽冥の盾』。名前からしてどれも屍霊魔術、或いはアンデッド関連の物だった。
「どうして……ブラックバスの死骸から生まれたダンジョンだから……?」
謎は深まるばかりだった。だがそれでも、確実にニルヴァーナに向かっていることは確信出来た。
やはりこのブラックバスにニルヴァーナはあるのだ。
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