第三十八話 第二の迷宮 -ベイトリール-
遅れてやってきたヴィオラさんに改めて説明をしていると、もう昼と呼んでも差し支えない時間になってしまった。
「もう昼だな。飯でも行くかー」
なんて延長戦の原因は呑気に一人、ギルドを出ていった。
「では僕達もそろそろダンジョンに向かいます」
「あぁ、気を付けてな」
いい加減、潜らないと帰りの時間まで遅くなってしまうと、少し焦りながら席を立ち、ギルドを後にした。
いつもならこのまま家の前を通ってクランクベイトへ行くが、今日からは違うダンジョンなので、ギルドを出て反対方向へと進む。ベイトリールへ行くにはギルドを経由して南方面に向かうと近い。これまでは家を出てギルドへ行って家を過ぎてダンジョンという道程でだいぶ億劫だったが、これからは道なりに進むだけなので気分も晴れやかだ。
昼時ということもあって人通りは多い。料理屋さん以外のお店の人や、住民が揃って昼食を食べに店や家から出てきたのだろう。中にはさっさと帰ってきた探宮者が疲れた体に料理を詰め込んでいたりする。
賑やかな光景だ。ブラックバスの昼間はいつも平和だ。ただ、それは日の当たる場所だけでしかない。日の当たらない場所は昼も夜も関係ない。
「腹が減っては戦は出来ぬ……という言葉がある」
「あぁ、お腹空いたら動けないもんね。私は空かないけど」
「私とリューシは減るだろう。動けないだろう。オルハ一人になるだろう?」
遠回しな昼食の催促だった。しかし言われてみればなるほど、確かに言葉の通りだ。実際、空腹になると体も動かなくなるし、頭の回転も鈍くなる。ずっと研究したいのにお腹が空いたことで中断させられることもよくある。それを考えると、姉さんはアンデッドになって振り切れたなぁとつくづく思う。
「じゃあ時間も惜しいし歩きながら食べよっか」
「うん、流石リューシ」
「私買ってくるねー」
ふわりと舞った姉さんが近くの屋台で串焼きを数本買ってくる。歩きながらそれを受け取り、囓りながら僕達はベイトリールへと向かった。
□ □ □ □
少なくない人の波を掻き分け、ベイトリールへと到着した。此処はまたクランクベイトと違って住宅街の真ん中に入り口があった。何故周囲に家を建ててしまったのか……いや、家が出来てから現れたのか? ともかくお陰様で日当たりも悪く、狭かった。
周りの探宮者は早めに上がってきた人達だろう。入手したウェポンを見せびらかしたりしている。ああいうのを見ると自分も見つけたくなるな……。
「さて……準備は出来てる?」
「うん」
「勿論」
「じゃあ、行こう」
門番さんに会釈をして入り口を抜ける。クランクベイトとは少し雰囲気が違う。ふわりと奥から吹いてくる風が頬を撫でる。だがその風は洞窟のような冷たい風ではなく、暖かく柔らかな草の香りを乗せた風だった。
入り口から続く一直線の長い階段を下るにつれ、向かう先が少しずつ明るくなる。やがてその日の光のような白は強くなっていき、瞼を少し下ろす。そして踏み出した足が階段ではなく、土を踏んだ。
長い洞窟を抜けてすぐのような眩しさを感じながら周囲を見渡す。
「う、わ……」
「これは凄いね……」
階段を下りた先は草原だった。天井があるはずの場所は青空が広がり、白い雲まで浮かんでいる。更には太陽のような明かりが僕達を見下ろしていた。
風が撫でる草原は美しく、遠くには湖のようなものも見える。光を反射させ、キラキラと輝く様は感動と言っていいくらいの光景だった。
「うーん……気持ちいいな……」
風に黒髪を靡かせ、カディが気持ちよさそうに目を閉じていた。姉さんも飛べるからってはしゃいでいる。僕はというとそんな二人を見て、少し羨んでいた。
僕の体は日の光に弱い。このローブから腕を出せば数分で赤く、ヒリヒリと痛くなってしまう。だからこんな光景でも、逆にフードを深く被った。
「二人共、そろそろ……」
「あ、そうだね」
「行くとするか」
今日はこのダンジョンがどういう場所か、雰囲気を掴む為に軽い探索で済ませるつもりだ。あの湖までは行けないな……。いや、行ったとしても僕は反射が怖くて近付けないが。
久しぶりの土の感触を靴底で感じながら緩やかな坂道を下る。多くの人が行き交った結果、草がなくなって出来た道はうねうねと曲がりくねりながら続いていく。
何かを避けるような道程は、それがモンスターの巣を避けていることにすぐ気付いた。
「カディ、右」
「はいよ」
鋭い顎を開いた羽虫をカディは裏拳で粉砕する。うわぁ……粘液とか飛び散ってる……。
「はぁっ!」
別の場所では愛剣となった『幽幻の剣』で器用に羽の付け根を切り落とし、地に落ちた虫を細切れにする姉さんが満面の笑みを浮かべていた。
「へへへへ……うふふ……」
その姿を見たカディは露骨に引いた顔で僕にそっと耳打ちをした。
「なぁ……いつも
「いや……そんなことはないよ……」
庇いつつも同じように引いてしまう唯一の身内だった。
姉さんが虫素材を回収している間に此方は魔石を回収する。ゴブリンよりも小さい個体だったけど、魔石は同じくらいの大きさだ。下位や中位、高位等のランクごとに大きさは決まっているのかな。なんて首を傾げる。でもそうなるとカディの魔石はそんなに大きくはなかった。けれどその強さは高位と比べても遜色ないだろう。
「まぁいいか……」
今は考えても仕方ない。此処はダンジョンの中。油断は死に直結する。
「姉さん、行くよ!」
「あ、はーい」
ちょうど素材を集め終えた姉さんを呼び、先へ進む。しかしやはり草原というフィールドだからか、森のような木々が密集した場所はない。ポツポツとあるくらいだ。
だからこそ、あの湖が気になる。あれは草原とはまったく違うから怪しい。そのうち調べに行きたいな……遠くから。
とりあえず今日は入り口周辺を散策して帰ることにした。宝箱は見つからなかったが、虫のモンスターとは何匹か戦えたので良しとしよう。生きて帰ることが第一条件だ。
行く時は感じなかった億劫さを膝に感じながら階段を登りきると外はすっかり夕暮れ時だった。今日は雲が多いから夕焼けは見えないが、薄っすらと西側の雲が赤い。
「ダンジョン潜ってるとあっという間に時間が経つね」
「そうだな。もしかしたら時間の流れが違うのかもな?」
「怖いこと言わないでよ……」
出てきたら3年経ってましたとか洒落にならない話だ。自分で想像してぶるりと体が震えた。
その後はギルドに寄ってバラガさんに報告をして魔石を売り、自宅へと戻った。今日は少し研究を進めるつもりだ。最近はバタバタしてちゃんと出来てなかったから、今夜は眠くなるまで没頭するとしよう。
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