第三十七話 カディの紹介

 少し遅めの時間に起きた。リセット日から二日目なのできっと皆、挙ってダンジョンに潜っているだろう。今日入るダンジョンは初めての場所だから偵察がてらということでちょっと覗く程度に留めるつもりでいる。


 支度をしてカディには小狐状態になってもらい、家を出る。


「いやぁ、眩しいな」

「ちょっと、喋らないでよ」

「喋るくらいいいだろう?」

「普通の狐は喋らないから」

「むぅ……」


 妙に人間臭い表情をする小狐が不満そうに頭の上で丸まった。カディは別に私が頭の上に居るからって気遣って動く必要はないと言っていた。逆立ち以外なら落ちないから大丈夫とのことだ。なので安心して歩ける。


 ギルドは既に賑わった後のようで、疲れた顔をしたギルド員さん達がお茶を飲んで休憩していた。ヴィオラさんは……見当たらないな。


「煙草かな?」

「多分」

「じゃあ他の人に……あっ」


 バラガさんと目が合った。合ってしまった。


「……」

「……嫌か」

「いえ、そんなことは」


 ちょっとびっくりしてしまっただけだ。嫌な感情なんて全然ない。嘘じゃない。


「知ってる顔がないなと思っていたのでびっくりしただけです」

「あぁ……彼奴は裏で休憩してるからな。明日には落ち着くだろう」


 リセット日からの解禁日から3日間はラッシュが続く。探宮者の中にはその3日間だけ潜るという人も少なくないそうだ。僕も収入が安定してきたらその方針への転換も悪くないと思っている。ニルヴァーナがダンジョンの中にだけあるとは限らないから、その研究もしたい。


「今日からベイトリールか」

「はい。出現モンスターはどんな感じなんですか?」


 クランクベイトは主にゴブリンだった。時々コボルトを見掛けたな……。小さい人型種が多いイメージだ。


「ベイトリールはクランクベイトのような通路型ダンジョンではなく、フィールド型だ。広いフィールドには多くもモンスターが生息している。メインは虫だ」

「虫ですか……」


 虫はあまり得意ではない。姉さんの錬金用植物につく虫の駆除を手伝っていたが、あの見た目が好きではなかった。


「虫系モンスターの素材は良い錬金素材になるんだよ」

「えぇ……僕は嫌だよ」


 モンスターにも素材に出来る部位がある。基本的にモンスターは倒せば消えて魔石となるが、死ぬ前に部位を切り離したりするとその部分だけ残る。本体は消えて魔石になる仕組みだ。

 昔、姉さんの蔵書にあった本に、どれだけ細かく切り刻んでも魔石になるのかという研究記録があったので読んだことがある。あれでは割とバラバラにしても魔石として残っていた気がする。


「足や羽、内臓に体液……虫は素材の宝庫だよ」

「考えてるだけで気持ち悪くなってきた……」

「大丈夫か?」

「はい……」


 心配してくれるバラガさんにギリギリの精神で応答し、ペンを手に取ると書類を出してくれた。『ベイトリール』と書かれた書類にサインをしてバラガさんに返す。


「……うむ。ところで先程から気になっていたのだが……」

「はい?」

「後ろの人は知り合いか?」


 僕と姉さんの背後を指差され、二人で振り向くと其処には黒髪を結った背の高い女性が立っていた。僕達と目が合うとにっこりと微笑む姿は何処か格好良い。


 ていうかカディだった。


「ちょ、何して……」

「私もダンジョンに潜る。この姿で」

「いや、それは……」

「ちょっとこっち来て!」


 姉さんがカディの手を掴んで列を離れていく。


「知り合いか?」

「あー……まぁ、そんな感じです」

「そういえば昨日の小狐はどうした?」

「うっ……」


 す、鋭い……。


「あれが小狐だった者です」


 僕がバラガさんの眼力に勝てるはずがなかった。



  □   □   □   □



「……なるほど」

「こういうことってあるんですか?」


 場所を変えて全ての事情を吐いた僕はそっとバラガさんの顔色を伺いながら質問する。


「そうだな……ない、とも言い難い。モンスターを使役するということは普通だが、あれ程奇妙なモンスターは見たことがない」

「はぁ……」


 モンスターを使役すること自体は不思議でも何でも無い。僕だってやろうと思えばアンデッドを使役出来る。他にも魔物師モンスターテイマーなんて職業もある。けれど、あれ程強力なモンスターの使役は稀だし、そもそもカディは出自が全く違う。自らを封印し、そして召喚された存在だ。


「一応、使役している存在はギルドとしては把握しておきたいのだが。あぁ、オルハは此方で把握している。それに事情も聞いている」

「あぁ、そうなんですね」


 僕と姉さんの事情。以前、ヴィオラさんに話した内容だ。それを聞いたのだろう。聞いた上で『使役している存在』と言ってくれたのはバラガさんの優しさだ。


「じゃあ自己紹介だけさせましょう」

「あぁ、頼む」


 振り向き、端っこに並んで立っていた二人を手招きする。姉さんは少し疲れた顔をしているな……。カディはちょっと嫌そうな顔をしている。


「ごめんね、ちょっと説明が必要で」

「何か言うことがあるのか?」

「うん。自己紹介してあげて」

「そのくらいなら。私はカドゥケウス。種族はシャドウフォックスだ。今はリューシの杖に組み込まれているから召喚獣ということになっている」


 簡潔ながらもちゃんとしてくれた。なるほど、カディ自身は自分を召喚獣と認識しているのか。


「ふむ……把握した。すまないな。何かあった時にギルドがお前達を守る為に必要なことなんだ」

「それなら仕方ないね。リューシをよろしく頼むよ」

「あぁ、此方としてもよろしく頼む。最近は以前よりも物騒だからな……」


 立て続けに事件が起きている。それも僕の周りでだ。これが何かの偶然なら嬉しいのだが、2件とも僕を狙っての事件だった。裏ギルドにも目を付けられている訳だし、護衛としても周りに人は欲しい。


「おー、リューシ。遅い出勤だな。……誰だてめぇ」


 休憩から戻ってきたヴィオラさんがカディを見つけてしまった。また面倒臭い展開になるとすぐに分かった僕と姉さんとバラガさんは、揃って溜息を吐いた。

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