第二十四話 お酒と鳥料理
「以上で」
「あいよ!」
長々と注文を告げたヴィオラさんが視線でさっさと持ってこいと店員さんを睨む。慣れているのか、さらりとそれを躱した店員さんはさっさと店の奥へと引っ込んでいった。
ヴィオラさんの案内で入った酒場はとても賑やかで……いや、はっきり言って柄が悪かった。
「ざけんじゃねぇ!」
「クソ野郎!」
そんな言葉が僕の周囲で飛び交い、何なら拳も交えている。
「えっと……」
「此処は肉料理が旨いんだ」
「いや、そうじゃなくて」
「なんだよ」
「怖いんですけど」
文句でもあるのかと言いたげな目に文句をぶつけると溜息が吐き出される。
「これがブラックバスという町の縮図だ。勉強だ勉強」
「お待ちぃ!」
「おっ、来た来た……」
先程の店員さんが樽を模した大きなジョッキを抱えて戻ってきた。ドン、とテーブルの上に置かれたそれの中身は全部お酒だ。
「あの、すみません。果実水ありませんか?」
「いいや、ないよ」
「……」
それだけ言うとさっさと引っ込んでいった。僕はそんな彼に溜息を送り、仕方なく目の前のジョッキの取っ手を掴んだ。
「果実水なんてガキの飲み物なんてあるわけないだろ?」
「年齢的にはまだまだガキなんですが……」
「屁理屈はいいんだよ。ほら飲めよ!」
完全に悪い先輩みたいなノリだ。姉さんの持ってた本で読んだことがある。いくら嫌がっても飲まされるやつだ。
せめてもの抵抗として嫌そうな顔で果実酒を啜る。
「あんだよリューシ、もっとガーッといけよ!」
「お酒苦手なんで……」
「ったくよぉ……んぐっ、んぐっ……ぷはぁ! おい追加持ってこい!」
飲み干した姿勢のまま乱暴にジョッキをテーブルに置きながら引っ込んでいる店員さんにおかわりを告げ、ふんぞり返ったまま店内を睥睨する。ひょっとしてもう酔ってるのだろうか。僕でも1杯では酔わないが……。
姉さんは大人しく持ち込みポーションを瓶からちびちびとやっている。ほぅ、と頬を朱に染めながら吐息を漏らす姿はヴィオラさんとは雲泥の差である。こういう飲み方が出来る大人になりたい。
「んだよオルハ、ちびちびちびちびと貧乏臭い飲み方だな」
「ふふ……お酒ってのは飲むものじゃなく、嗜むものだよ、ヴィオラちゃん」
「ハッ、味わうなら飯の方味わうっての」
そんな二人を眺めながらちびりちびりと飲む。ぽーっとお腹の奥が暖かくなってくるのを感じる。
「リューシ、無理しなくていいからね?」
「うん、大丈夫だよ」
心配してくれるのは嬉しいけれど、姉さんが持ってるその謎ポーションの方が心配だった。
「それって飲んでも大丈夫なの?」
「勿論。生物由来の新鮮な飲み物だよ。アンデッド用のお酒」
「なんてもん作ってんだよ。やべぇな」
流石錬金術師と褒めるべきか、技術の無駄遣いを咎めるべきか悩むところではあるが、姉さんは満足そうなので追及することはやめておいた。
「お待ちー!」
景気の良い声と共にドン! と大皿がテーブルの真ん中に置かれる。ジュウジュウとまだ熱を上げるまん丸とした鳥が中央に鎮座し、その周囲は赤や緑、黄色い野菜が賑やかしを担当している。
「追加のエールでーす!」
「おぅ、置いてけ置いてけ!」
完全に出来上がってるなぁ……。店員さんが引き気味にジョッキと取皿を置いて帰るのを見送り、切り分け用のナイフとフォークを手に取る。
「腿んとこくれ。丸ごとな」
「分かりました」
足の先をフォークで抑えながら体に沿ってナイフを入れる。片足が付け根から外れたのでそれを取皿に乗せ、ヴィオラさんの前に出すと、ガシッと掴んでそのまま頬張る。
「んんっ……! あー旨い……んぐっんぐっ……」
僕は普段からこんな格好だから、なるべく汚さないように大人しく食べるのが常なので、こういう豪快な食べ方はちょっと憧れてしまう。
齧り付くヴィオラさんを眺めながら手羽の部分を切り取って姉さんに渡す。
「はい、姉さん」
「ありがとうリューシ」
姉さんは手羽を手に取り、ゆっくりと千切りながら食べてくれる。
「美味しいよ、これ。ほら、リューシも」
「うん、ちょっと待ってね」
ヴィオラさんが食べ終わりそうだったのでもう片方の足を切り取ってから鳥を半分に切断し、胸肉を削いで取皿に乗せ、野菜も幾つか一緒に貰う。
ちょっと周囲を気にしながら肉を両手で持ってがぶりと噛み千切る。部位が部位だけにそんなに脂はないけれど、その分引き締まった肉質が噛んでいて気持ちいい。味も香草のほろ苦さとピリ辛具合がちょうどいい。
「んっ……んっ……ふはぁ」
辛味でいっぱいになった口の中を爽やかな果実酒で洗い流す。野菜もしっかり焼いているのに瑞々しく、鳥の味が移って食べやすい。
「美味しいです」
「だろ~?」
嬉しそうに笑うヴィオラさん。本当に嬉しそうで色々思うところはあったけど来てよかったと思う。鳥ってこんなに美味しくなったんだとじんわりとした感動がふつふつと溢れてくる。
「これ食べていいですか?」
「おぅ食え食え!」
ヴィオラさん用にと切り取った足を自分の取皿に乗せて見様見真似で頬張ってみる。ジュワッと溢れる脂を飲み込みながら必死になって肉を噛んだ。
隣でヴィオラさんが自分で肉を切り分け、姉さんが焼き野菜を押し付けてヴィオラさんが嫌そうな顔をしている。そんな光景を眺めながら食べる料理は周りの喧騒が気にならなくなる程に、本当に美味しかった。
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