第二十五話 高い授業料

 お腹いっぱいになり、はふぅ、と寛ぐと途端に周囲の喧騒が蘇ってきた。それ程までに集中していたのかと若干恥ずかしくなるが、同時に来店時よりはいくらか静かになっていたことに気付き、背もたれに手を掛けて振り向くと、其処には死体の山が築かれていた。


「凄いな……」


 勿論、屍術師である僕が死者と生者の区別を間違えることは皆無であり、漏らした感想はこれが全て酔い潰れた人間達という事実に対してだ。


 僕が座る席は辛うじて生者が占めている。


「あー……お前ら、もう町には慣れたか……?」


 死者側に片足を突っ込んでいるヴィオラさんの問いに意識を戻す。


「そうですね。だいぶ慣れました。楽しい所も怖い所も、見てきましたので」

「怖いところってのぁ……?」

「8番街を少し」


 そう答えるとヴィオラさんの切れ長の目がスッと細くなる。


「はぁ……彼処は興味本位で行くような場所じゃねーよ」

「どうしても必要な物がありまして。決して遊び半分で行った訳ではないです」

「ならいいけどよ……あんな場所行くくらいならあたしに言えよな」


 ちょっと拗ねた顔で果実酒で唇を湿らせるヴィオラさんに足元に置いておいた鞄を見せる。


「これを作る素材を取りに行ってたんです」

「ん……? いつから革細工師なんか始めたんだ?」

「ちょっと特殊な鞄なんです」


 そう言って鞄に手を突っ込み、今日入手したウェポン《薄氷の杖》の柄を掴んで半分程引っ張り出す。


「お前、それ……」

「これを作る為にアンデッド素材が必要だったんです。僕は屍術師なので、ヴィオラさんにお願いする訳にはいかないです」

「なるほどな……確かにお前が一番適任の仕事だな。ダンジョン潜らなくてもそれだけで儲かるんじゃねーか?」


 姉さんにも言われたけれど、それは僕の目的ではない。


「僕の目標はダンジョンの奥にあるので……それに、あまりあの町には行きたくないです」

「あー……まぁ、それが真っ当な人間の感想だわな……」

「でももしリューシがまた鞄作る時があったらお姉ちゃん、いっぱい薬品用意してあげるからね!」


 完全に酔っ払った姉さんがお姉ちゃんモードで僕を撫でくり回す。せっかく寝癖を誤魔化していた頭もめちゃくちゃにされ、真っ白い鳥の巣の出来上がりである。


「正直、収入だけを視野に入れると僕と姉さんなら幾らでも用意出来るんですけど、それだと元から生業にしている方の迷惑にしかならないので無理ですね」

「たけー値段の鞄をポンポン出されちゃ溜まったもんじゃねーからな……ま、それが妥当か……おいオルハ、もうやめてやれよ」

「んぅー……リューシの頭良い匂いする……すんすん……」

「やめて姉さん、恥ずかしい」

「誰も見てる人なんて居ないよー……んふふふふ……」


 振り払おうとしたらその瞬間だけ透過して僕の腕がすり抜けていく。くっ……なんて厄介なアンデッドなんだ……本当に酔ってるのか……?


「しょうもない特技やってねーでほら、そろそろお開きだ」


 さっきまで酔っていたヴィオラさんもスッと立ち上がって店の奥に繋がる扉を開けて、引っ込んでいる店員さんを呼び付けて会計をする。先程、後出しのように今日はヴィオラさんが奢ると言い出し、抵抗虚しくご馳走になることが決定していた。


「すみません、二人分出してもらって」

「良いっつってんだろ。またやるか?」

「いえ、もうお腹いっぱいです」

「じゃあ帰るぞ。3番街とは言え、夜はあんまり治安良くねーから気を付けて帰るぞ」


 今日食べたお店から家までは少しある。依然8番街から帰ってきたときはどうもなかったけれど、言われると途端に怖くなってくる。やっぱりパイド・パイパー、持ってきた方が良かったかな。



  □   □   □   □



 姉さんを頭に乗せながら店を出るとすっかり町は静寂に包まれていた。見上げた空には星が瞬く。《黒檀魚ブラックバス》の黒く太い骨が等間隔で星を隠す様はこの町特有の光景だ。


「帰るぞ」


 と、ボーッと見上げているとヴィオラさんに呼ばれ、小走りで後を追った。


 暫く歩くと並んだお店の切れ目が見える。其処はこの町を分断する骨の真下。西と東を行き来する為に意図的に設けられた路地だ。狭い路地の左右にも商魂逞しく店が並び立つが、どの店も明かりを消して明日に備えて就寝中である。


 そんな路地を抜けて更に少し進んだところに僕やヴィオラさんの家がある。


 だと言うのに、どうやらすぐには帰れないらしい。


「おっと悪い。此処は今通行止めなんだ」


 言葉の割には悪びれない顔をした男が道を塞ぐ。路地の出口を塞いだ男の周囲にはニヤニヤと笑う複数の男が居る。


 振り返ると反対側にも下卑た笑みを浮かべた男達が道を塞いでいた。


「村に居たころにこうして苛められた経験がありますね」

「苛めだったらまだマシだよ。クソ……」


 ヴィオラさんがそっと腰に手を伸ばす。其処には短剣がぶら下がっているが、これ1本であの男達を倒すには相当の技量が必要だ。


「通りたかったら通行料が必要な訳だが、分かるよな?」

「分かんねーな」

「物分りが悪いな。手荷物検査が必要か?」

「物騒なもんなんてねーよクソボケ」


 そう言って短剣を抜くヴィオラさん。僕も両手を開けていつでも動けるように浅く腰を落とす。


「口が悪い姉ちゃんだ。手癖も悪いらしい」

「だったらどうなんだよ?」

「懲らしめる必要があるな……お前ら!」


 善人ぶった悪人達がそれぞれ得物を手に距離を詰めてきた。


「ヴィオラさん、どの程度の反撃なら許されますか?」

「そうだな……あちらさんの方が圧倒的に数も多いし手口も卑怯極まりない。手慣れた感じから初犯でもないだろう」

「そのようですね」

「だったらギルド的にはまぁ、ぶっ殺しても問題ねぇな!」


 剣を振り上げる男の脇をくぐり抜け、背中を斬りつけるヴィオラさん。此方にも反対側から向かってきた男が剣を突き出してくるので鞄から引き抜いた《火竜の牙剣》で弾く。


「良いもん持ってるじゃねーか! 没収だな!」

「これはギルドに売る物なんで、すみません」


 仄かに赤く光る刃に魔力を込めて至近距離から《火球》を放つ。下位魔法とは言え、火は火だ。触れれば火傷する火の玉を受けて男が転がる。


「数を半分に減らします」

「おぅ!」


 相手の剣撃を避けながらヴィオラさんが短く応える。僕は姉さんの手を取り、もう片方の手を地面に付ける。


 使役アンデッドを持つ屍術師ならこの魔法の使い方は基本のようなものだ。これはアンデッドを介して魔法を放つ技だ。姉さんが闇属性の魔力を僕に流し、僕はそれを屍霊魔術として放つ。


 地面に付けた手から急速に広がる影より濃い闇が向かってくる4人の男達の足元に広がる。


「屍霊魔術、《地下墓所カタコンベ》」


 闇は男達をずぶずぶと飲み込む。叫び声すらも闇に飲まれ、男達は僕が開いたアンデッド空間へと沈んでいった。


「リューシ、あっちが危ない」

「ついでに援軍も呼ぼう」


 魔法を切り替え、今度は見慣れた魔法陣がいつもより広めに展開する。だが其処から現れたのは4体のゾンビだった。


「リューシ、お前、顔の割にえげつないことするね」

「顔は関係ないです」

「ハッ、あたしの出番はもうなさそうだな」


 召喚した元悪党だったゾンビ達がリーダー格の男を含めた4人に襲い掛かる。噛みつかれ、くい破られ、野太い絶叫が辺りに響く。それは8番街で聞いた声そっくりだった。


「あたしはバラガを呼んでくるから、此処は任せるぞ」

「はい、よろしくお願いします。姉さん、念の為似ヴィオラさんについて行ってあげて」

「うん、リューシも気を付けてね。行こう、ヴィオラちゃん」


 走り出したヴィオラさんの後を姉さんが追っていくのを見送ってから、ちらりと現場を見る。其処には体を半分程食われた男達が今も食われていた。


「通行料を受け取れないと学ぶには高い授業料だったかもしれないね」


 辛うじて意識があったリーダーの男にそう告げると、男は絶望の目で此方を見つめ、そしてゾンビに抉られた。

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