第二十三話 長い夜の始まり

 リセット日に皆が血眼になってダンジョンに潜る気持ちが分かった。


「疲れた……」


 モンスターが落とす魔石や未開封のウェポン等が沢山手に入るのだ。正に稼ぎ時というやつだ。お陰様でゴブリンの魔石を約30個とコボルトの魔石を約20個、ウェポンを2つ手に入れた。大儲けである。


 しかし流石にちょっとくたびれた。くたびれたのでダンジョンから出た。外は昼と夕方の中間程で、西の空に浮かぶ太陽が白く滲んで眩しい。


「早めに上がれたから一度家で休もう」

「そうだね。ちゃんと身支度整えないと」


 そうだ……この後ヴィオラさんと食事だった。何だか更に疲れた気がする。でもあの人の前で疲れたなんて言ったら速攻で締め上げられるだろう。そんな顔も駄目だ。なのでちゃんと疲れを取って行かねばならない。


 ダンジョンから出た僕達は一旦家に帰ることにした。帰還報告はヴィオラさんの退勤のタイミングで問題ないだろう。


 家に帰ってきた僕は早速浴室へ行き、疲れと汚れを落とした。それからは夕方になるまでに荷物の整理と身支度を整え、ゆっくりと時間を待つ。


 姉さんは2階の錬金部屋で楽しく実験中だ。何だかんだ時間が経ってしまい、機材を下に運ぶのも億劫になって、今では2階での作業が定着している。暗くて大変に思われた2階も、照明器具を持ち込めばそれは解決された。いつの間にか姉さんが買ってきてたようだ。使役アンデッド扱いとは言え、あまり勝手に外に出て浄化されたら怖いからやめてほしい……だが姉さん曰く、この辺りではもう馴染んでいるから大丈夫らしい。馴染む程に外出してるのかと頭を抱えたのは言うまでもない。


 そんな2階錬金部屋に、姉さんも玄関からそのまま階段を登って部屋に籠もるのが習慣になってしまっているみたいだ。飲まず食わず休まず寝ずで研究出来ることで、生前はギリギリ残っていた人間味がアンデッドになったことで完全に消失してしまっている。


 そんな姉さんの奇声に近い一人言を、ソファーに座りながら耳にしていると、いつの間にか眠ってしまったようだ。ハッとして起き上がった時、外は夕暮れ時だったので慌てて姉さんを呼ぶ。


「姉さん、もう時間だよ」

「ん? あ、もう西日だね。じゃあ行こうか」


 なんて呑気なものである。これから猛獣とのお食事会だというのに。


 うっすらとついた寝癖をクシャクシャと適当に直し、外套の白いローブを羽織る。もう少ししたら日も暮れて過ごしやすくなるだろうが、今はまだフードを被っておく。

 万が一の事も考えてパイド・パイパーを持ち出そうかと思ったが、姉さんに諭され、それは無しにした。いざという時は素手で対処するしかないが、姉さんも居るし大丈夫だろう。


「鞄だけは持っていかないと」

「そうだった、忘れてた」


 ついつい手ぶらで行こうとしてしまったが、目的は食事だけではない。ダンジョンからの帰還報告と魔石の買取もあった。鞄はしっかり持っていかないと。



  □   □   □   □



 家を出た僕達は斜陽が落とす骨の影を踏みしめながらギルドを目指す。構造上、暗くなるのが早いこの町では夕日が山の向こうに沈む前に松明を灯す。そして松明が灯れば、酒場からは盛大な乾杯の声が響いてくる。


 すでに夕食ムードの町を足早に抜けてギルドに入ると、まだまだ熱気に包まれている。僕は約束があったから早めに上がったが、他の探宮者達はまだまだダンジョンに潜っているらしい。荷物を抱えたおじさん達が沢山並んでいる。ヴィオラさんは依頼受付や入出管理のカウンターだから大丈夫そうだが、鑑定や買取のカウンターは長蛇の列だった。うわぁと思いながら見ていたが、よく考えたら僕も彼処に並ばなければならない。


「また今度で良いかな……」

「お金には困ってないし、リセット日ラッシュが終わったらまとめて買い取ってもらおう?」


 姉さんの提案に一も二もなく頷き、僕はヴィオラさんの列に並ぶ。賑わうギルド内を観察しながら待とうかと思っていたが、やはりまだ帰ってくる探宮者は少ないらしく、それ程待つこともなく僕の番が回ってきたのでヴィオラさんの前に立った。


「お疲れ様です」

「おぅ。ダンジョン帰りとは思えんくらい小綺麗じゃねーか」

「今日は早めに上がって準備してきました」

「ははっ、そんな畏まるような場所行かねーよ」


 僕を一瞥し、苦笑しながら今朝書いた書類にペンを走らせるヴィオラさん。


「……よし。あとちょっとで終わるからその辺で待ってろ」

「分かりました」


 そそくさと列から離れた僕はヴィオラさんから見える場所にあった椅子に腰を下ろし、あとちょっとがどれくらいなのか時計を見ながら待つことにした。



  □   □   □   □



 時計の針が半周くらいした頃、いつの間にかカウンターから姿が消えていたヴィオラさんが私服に着替えて此方にやってきた。


「悪ぃ、待たせたな」

「いえ、ギルド内を観察してたので大丈夫です」

「変な趣味だな。まぁいいや。行こうぜ」


 買取の列からの視線が痛い中、ギルドを出ると外はすっかり真っ暗だった。安心してフードを外した僕の頬を夜風が撫でる。


「リューシは何でそんなに白いんだ?」

「生まれつきですね。日の光に弱くなる病気だそうです」

「ふーん。だからいつも真っ白いローブ被ってんのか」

「私が作ったんだよー」


 ふわりと舞ったご機嫌な姉さんがヴィオラさんの肩に腕を回す。アンデッド的には不意打ちライフドレインっぽい構図だ。


「オルハは錬金術師だっけ。名前聞いて思い出したけど、割と凄腕のオルハって錬金術師が辺境に居るって昔聞いたことあるぜ」

「それ、私だね」

「やっぱそうか。不治の病だっけ……運が悪かったな」

「まぁ、仕方ないよ。でも今ではラッキーって思ってる」


 しかしヴィオラさんの歯に衣着せぬ言葉は端から聞くと内容が内容だけにヒヤヒヤする。姉さんが今の境遇を受け入れているから問題ないとは言え、その辺の高位のアンデッドが聞けば怒り狂うだろう。誰もが自らの死を受け入れるとは限らない。


「だって飲まず食わず寝ずで錬金術の研究が出来るんだから、最高だよ!」

「……此奴、多分生きてた時からこんな感じだろ?」

「はい……今では拍車がかかって手に負えない状態です」


 日々失っていく人間性に嘆くのは僕だけである。


「まぁよ、悲観的にならないのは良いんじゃねーか?」

「そうだよリューシ、死は受け入れることから始まるんだよ」

「何も始まらないよ、姉さん」

「おら、着いたぞ!」


 ドヤ顔で語る姉さんに一つ説教でもかまそうかと息を吸ったところで目的地に到着したらしい。左手にそびえる木造のお店は酒場のようだ。中からは賑やかな声が漏れ出ている。


「おーっし、今日は飲むぞ!」

「姉さん、大丈夫?」

「此処って持ち込み大丈夫かな? アンデッド用のポーション開発したから持ってきたんだけど」


 そういう意味で尋ねたのではないが……いや何作ってるんだろうか。そのウェストバッグに入ってるんだろうか。


 ヴィオラさんはもう扉を開けて入っちゃってるし、姉さんは楽しそうにそれについて行った。僕がしっかりしなきゃ阿鼻叫喚は必至だろう。


「今日は果実水の日だな……」


 嘆息と共に見上げた空は満点の星。長い長い夜の始まりだ。……帰りたい。

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