第二十二話 強化召喚

 行き交う人の波を抜けて漸く辿り着いたクランクベイトもまた人で溢れていた。これがリセット日かと思わず漏れそうな溜息を飲み込み、出来上がった行列の最後尾へと並んだ。


「凄い人だね」


 姉さんもキョロキョロと見回すくらいの人の多さ。あんまり意識すると酔ってしまいそうになるのでグッとフードを深く被った。


 そうして地面だけを見て前の人との距離が空いたら詰めるだけの作業を繰り返すこと数十分、やっと僕の番が回ってきた。


「おぅ、白いの。中は探索者とモンスターで溢れかえってるから気合い入れてけよ」

「分かりました」


 妙に馴れ馴れしい門番さんはよく見る顔の一つだ。ペコリと会釈して階段を下りていく。カツンカツンと反響する靴音を聞きながら、ゆっくりと気持ちを切り替えていく。此処から先はダンジョン。死がありふれた場所だ。


 慣れた通路を進んでいると早速モンスター達と遭遇した。ゴブリン達だ。


「よーし」


 なんて言いながら姉さんがバッグからスラリとアイアンソード……いや、『幽幻の剣』を抜く。


「それ、ゴブリンにも効くの?」

「剣は剣だからね。アイアンソードより軽いし私にも使えるよ」


 ヒュン、と振って構える姉さん。その後ろで僕は魔力を込めたパイド・パイパーを地面に突き立てた。


「《召喚サモン骸骨双剣士スケルトンスラッシャー》!」


 広がった魔法陣からは簡素ながらも鎧を身に着け、両手に剣を握ったスケルトンが現れた。これが強化された僕の召喚獣だ。そして更に魔法を展開していく。


「《召喚サモン骸骨守護士スケルトンディフェンダー》!」


 カン、ともう一度杖で地面を叩くと開いたままの魔法陣から更にもう一体のスケルトンが現れる。スケルトン・スラッシャーよりは重厚な鎧を身に着け、大盾を構えたスケルトン。此奴はスケルトン・ガードナーの上位種だ。


 最前線に躍り出たディフェンダーがゴブリンの猛攻を一人で防ぎ、その背後から飛び出したスラッシャーと姉さんがゴブリンを切り裂いていく。僕は最後尾で背後からの奇襲を気を付けながらスケルトン達に魔力を送っていく。


 召喚を維持しながら戦況を確認するのが僕の役だ。もし危険になれば僕が魔法を使って援護する。これを維持出来ればこの程度の戦闘なら問題なく行えるだろう。


 その予想は外れることなく、呆気なく戦闘は終了した。


「ふぅ。いつの間に強化召喚なんて覚えたの?」

「ずっと放置してた魔法陣の改造が終わったんだ」

「なるほどね。体は大丈夫?」

「問題ないよ」


 ギュッとパイド・パイパーを握る。多少の魔力は消費したが、探索は問題なく行える。むしろまだまだこれからだ。




 幾つかの通路を曲がると、進行方向から剣撃の音が響いてきた。


「誰か戦ってるね」

「加勢する?」

「いや、何言われるか分かんないし」

「確かに」


 此処に来てから良い人が多かったお陰で忘れていたが、本来この町の人間は野蛮な者が多い。今日、それを思い出したので迂闊には近付けなかった。


 暫く進むのをやめて様子を伺っていたが、少しして音は止んだ。だが人の声がするので負けた訳ではないようだ。そしてその声は段々と此方へ向かってきていた。


「……どうする?」

「今来た風を装って通り過ぎましょう。念の為スケルトン達は還しておきなさい」


 真面目モードの姉さんがテキパキと指示をするので頷き、パイド・パイパーを突いてスケルトン2体を魔法陣の中へ還す。

 それからすぐに探索者達が歩いてきた。


「……おぉ、びっくりした……」

「アンデッドか!?」

「すみません、屍術師ネクロマンサーです」

「あぁ……使役アンデッドか」


 姉さんが丁寧に礼をすることで誤解を免れた。正確には僕に取り憑いてるだけの野良アンデッドだが、使役アンデッドだと思ってもらえば無闇に攻撃されることはない。それは禁止行為の一種だからだ。スケルトンを還したのもそんな間違いを減らす為の処置だ。


「この先は俺達が探索した後だから何もないぜ」

「ご親切にありがとうございます。此方も探索済みですので、別の道をオススメします」

「おぅ、悪ぃな」


 お互いにやってきた方向を差し合い、別ルートを促す。ちょうど離れ合う形で道が続いていた為、別々の道へと進む。特に別れの言葉もなく、あっさりと去っていく。こういう関係も悪くない。




 探索者と別れて進んだ先には運が良いことに宝箱があった。それを守るように囲むゴブリンも。


「面倒だね……」


 スラリとバッグから幽幻の剣を抜き、左手に闇色の魔力を宿しながら姉さんがぼやく。


「仕方ないよ。でもお金になるんだから」

「そうだね。さっさと片付けて、宝箱の中を確かめようか!」


 勇猛果敢に攻め込む姉さんの後に続いてパイド・パイパーを振る。放たれた闇魔法は暗色の火球となってゴブリン2匹を巻き込んで爆ぜた。暗い火花を散らしながら転がるゴブリンの喉を姉さんの幽幻の剣が切り裂き、更に放った魔法がゴブリンを襲う。


「偶にはアンデッド由来の魔法も使わないと、なり損だからね!」


 損も得もないとは思うが、姉さんの放った魔法は高位アンデッド《リッチー》が得意とする闇魔法の一つ、影を操る魔法だ。これを食らったら一溜まりもない。何故なら、自分の足元にいつもある影が敵になるからだ。


「それっ!」


 魔法に拠って抽出された影の分身が、本体を殴り倒す。手にした影の武器で脳天をかち割り、本体共々消滅した。何とも恐ろしい魔法だ。


 しかし引いてる暇はない。僕も働かないと、後で姉さんに怒られてしまう。


「ふぅ……」


 パイド・パイパーの先端に魔力を流し、ゴブリンに向かって飛ばすことでいつもと違った魔法を行使する。それは屍術師が使う《屍霊魔術》だ。広くは闇魔法の一部に分類される魔法の一種だ。けれどこれは素質がなければ扱えない。その素質は、有り難いことに僕は持っていた。


「グギャ……」

「そう、大人しく言うことを聞くんだ」


 顔面に当たった魔法は煙のように穴という穴から入り込み、ゴブリンの動きを封じる。そしてそのまま、彼は死んだ。だがただ死んだ訳ではない。死後は僕の領域である。


「行け」

「ヴヴルルル……」


 低く唸るゴブリン・ゾンビが仲間を背後から襲い始める。意味が分からないといった顔で仲間達がどんどん殺されていく。それを見た姉さんは引いた顔で僕を見る。


「リューシ……」

「これが一番楽だから」

「そうだけど……エグいことするわね」


 ゴブリン・ゾンビから逃げ、姉さんの足元に転がってきたゴブリンを始末しながら嫌そうな顔をするがやってることは僕も姉さんも同じようなものである。


 そうして短時間で群れを殲滅した僕達は、最後に残ったゴブリン・ゾンビを魔法陣の中に仕舞った。


「そのうち役目があるかもしれないしね」


 使役したアンデッドはこうして魔法陣の中に収納することも出来る。姉さんは公には使役アンデッドということになってはいるが、厳密には野良アンデッドなので収納は出来ない。出来ても多分、怒られる。


「さて、リューシのえげつない場面も見れたことだし、宝箱開けましょうか」

「えげつない僕が今日は開けるよ」


 そっと蓋に手を掛け、ゆっくりと開いていく。箱の中には一つの剣が入っていた。その柄を掴んで引っ張り出す。以前見つけたアイアンソードとは全然違う両刃の剣だ。それに装飾もあって豪華だし、値打ちがありそうだ。


「姉さん」

「はいはい。えーっと……《火竜の牙剣》というそうよ。下位の火属性魔法を放つことが出来るみたいね」

「それって凄いの?」

「凄いと思う。魔法を扱えない人でも念じるだけで使えるようになるからね」


 そう言われると凄く感じてきた。確かに僕は闇魔法の適性はあっても火魔法の適性はない。試しに壁に向かって剣を向けてみる。


「……火魔法って何があったっけ」

「《火球》とか《炎壁》ね」

「じゃあ……」


 頭の中で《炎壁》と念じてみる。すると剣先から火が溢れ、地面へと落ち、それが広がって壁のように燃え盛った。


「おぉ……」

「防御には良いかもしれないけれど、これだけの為に剣一つ持ち歩くのは邪魔ね」

「鞄から取り出す手間もあるしね」


 シュッと取り出して魔法を放つ時間があれば闇魔法で防御を行う方が早いだろう。


「ま、見た目と効果は目を引くものがあるから、売れば良い金額にはなるんじゃないかしら」

「素材と掛け合わせたらどうなるかな?」

「それは技師に聞かないと分からないけど、下位魔法の属性変換程度にしかならないんじゃない?」


 であればあまり必要ではない、か。売ることを決意した僕はそっと入手したウェポンを鞄に仕舞う。さて、まだ時間はある。もう少し探索してから帰るとしよ……あぁ、帰ったらヴィオラさんか……もうちょっと探索するとしよう……。

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