第十九話 完成した鞄とリセット日

 3番街まで戻ってきた。流石にこの時間ともなると大通りに人は居ない。ただ、並ぶ家には明かりが灯っているので存在はしているようだ。8番街から帰ってきたばかりだからか、ただの明かりなのに何処かホッとしてしまう。


「ふぅ……」


 思わず吐息が漏れてしまうくらいに。


「じゃあ私は早速作ってくるね」

「うん、お願い」

「ふふふー、アンデッドは疲れ知らずで良いなぁ。いくらでも作業出来るぞ……!」


 何か怖いこと言いながら家に入っていった。僕はもうクタクタなのでそのまま寝室に向かってパタンとベッドに倒れ込んだ。姉さんのお陰で戦闘は大したことなかったのだが、精神的に疲れた。あんなに悲鳴を聞いたことがなかったから頭がぐわんぐわんしている。


 勝手に下りてくるまぶたに抵抗出来るはずもなく、そのまま僕はベッドの中に埋もれた。



  □   □   □   □



「でーきたー!!」


 そんな姉さんの大きな声に起こされた。窓の外はもう明るく、日は天辺近くまで昇っていた。


「寝過ごした……」


 ヴィオラさんに怒られそうではあるが、あんな時間に帰ってきたのだから無理もないというものだ。


 それより今は姉さんだ。出来たということは、例の鞄が出来たんだろう。欠伸を噛み殺しながら2階への階段を登り、一つしかない扉を開くと、其処には鞄を持ってゆらゆらと舞う姉さんが居た。


「おはよう、姉さん」

「おはよ! いやー、完成したよ! ほら!」


 いつになく機嫌の良い姉さんに、以前とは見た目の変わらない鞄を押し付けられる。そっと蓋を開いてみると、其処は真っ暗だった。異空間へ繋がっている証拠だ。


 あの時出会ったレイスの顔も、同じように真っ暗だった。あれも異空間に繋がっていると言われている。試したことはないが。レイス素材が鞄に使われることが多いのも、理由の一つだ。


 そっと手を入れて見ると、何かに当たったので引っ張ってみる。すると以前手に入れたウェポン、『アイアンソード』が出てきた。特性は錆びにくい、だっけ。


「うん、やっぱり姉さんは凄いね」

「でしょう? もっと褒めていいよ」

「姉さん格好良い」

「ふっふーん!」


 踏ん反り返り過ぎて1回転した姉さん。思わずくすりと笑みが溢れてしまう。


「じゃあ今日はこの鞄背負ってダンジョン行こう」

「もうお昼だよ?」

「深層の方に行けばまだウェポン残ってると思うし、早く何か入れたい」

「子供だねぇ」


 なんと言われようとウキウキしてしまうのだ。これが男の子という生き物だ。


 さぁ遅まきながらダンジョンへ出発だ。




「今日は無理だ」

「えぇ……」


 暇そうに頬杖をついたヴィオラさんが溜息混じりに吐き捨てた。


「今日はリセット日だから無理。てっきり知ってて来ないと思ってたんだが」

「リセット日ですか?」

「月に1回、ダンジョンの中がリセットされるんだ。だから立ち入り禁止。ギリギリまで粘るような生活はしてないんだろ?」

「まぁそうですね……」


 鞄を試したくて来ただけだ。何なら買い物して帰るだけでも別に良いし……。


「夜になったら完全立ち入り禁止になるから、まぁ入りたいんならさっさと入ってさっさと出てくるんだな」

「んー……」

「入っちゃう?」


 悩んでると姉さんが横から尋ねてくる。正直、リセット日とまで言われたら潜る理由はないのだが……チラ、と姉さんを見ると、何だかやる気満々って顔をしていた。多分、姉さん自身が鞄の能力を確かめたいのだろう。姉さんの癖みたいなものだ。出来上がった品の効果を自分の目で見ないと満足出来ないらしい。


「じゃあ、ちょっとだけ」

「やっちゃー!!」


 仕方なく頷くと子供っぽく歓声を上げる姉さん。


「あんま無理すんなよ。ご親切な警報はないから感覚で出てこいよ。でなけりゃ死ぬからな」

「分かりました。気を付けます」


 ささっと入場許可証に名前を書き、踵を返す。


「行ってきます」

「おぅ」


 短い応答に見送られ、僕は小走りでクランクベイトへと向かった。



  □   □   □   □



  クランクベイトまでの道を歩くのもこれで3回目だ。家の前を通る時は少しゆっくりしたい気持ちに駆られるが、ぐっと堪えて通り過ぎる。


 日が空の真ん中に差し掛かるこの時間、ダンジョンの周囲に居る人は早めに切り上げた人達だ。今日がリセット日だし、何かあってはいけないと早め早めに戻ってきたのだろう。


 そんな人達を横目に入口へ向かっていると、擦れ違う人に声を掛けらえた。


「今日はリセット日だぜ。今から潜るのか?」

「あ、はい。少しでも稼ぎたいなと思って」

「そうか。中は殆ど狩り尽くされてると思うけど、頑張れよ」

「ありがとうございます」


 片手を振りながら去っていく探宮者に会釈をして階段を下りていく。


「親切な人も居るんだね」

「3番街だしね。善人が多いんだと思うよ」

「8番街はどうなんだろう……」

「死がありふれているスラム街……昼間だってまともな人は居なさそうだね」


 夜は確かに怖かった。だから逆に昼が怖くないわけではないだろうが、まったく想像出来ない。だが今は頭を切り替えよう。これから行くダンジョンだって死がありふれているのだから。



  □   □   □   □



 パイド・パイパーを振り上げ、ゴブリンの腹を叩き上げる。そしてがら空きになった胸を石突で貫く。そして素早く抜き、くるりと回して血を弾き、地面に突き立てた。


「《|召喚(サモン)・|骸骨剣士(スケルトン・ソードマン)》!」


 広がった魔法陣から飛び出した剣を握ったスケルトンが僕の背後で棍棒を振り上げていたゴブリンの腕を斬り飛ばした。


「はぁっ!」


 正面では姉さんが両の手に宿した闇色の炎を飛ばし、群れるゴブリンを燃やす。嫌な匂いが立ち込める中、僕は撃ち漏らしが居ないか目を凝らすが、確認出来なかったのでホッと胸を撫で下ろした。


「はぁ……何が殆ど狩り尽くされてるだ……」

「まさかまだこんなに居るなんてね……」


 軟着陸した姉さんがはふぅと溜息を漏らす。その隣ではスケルトンが周囲を警戒していた。その様子はさながら貴族の娘を守るナイトのようだった。


 それにしてもビックリした。まさか小部屋に入った途端に背後から襲われるとは思わなかった。慌てて姉さんと闇魔法で対処しつつ杖で戦った。


 しかし生き残った報酬か、部屋の中央には未開封の宝箱が置かれていた。まぁそれが見えたから入ったのだけれど。


「開けてみていい?」

「うん、お願い」

「よーし」


 姉さんが蓋に手を掛けてゆっくりと持ち上げる。そして中に手を伸ばし、ゆっくりと引っ張り出したのは槍だった。


「その宝箱持って帰れないかな。家にあったら便利なんだけど」

「んー……駄目、床に張り付いて動かないよ」


 やぱり駄目か。新鮮な食べ物とか入れられたら便利だと思ったんだけど、そう甘くないようだ。


 冗談は置いといて、入手した槍を確認する。前回手に入れた剣型のウェポンとは違って多少は装飾があって値打ち物のように見える。


「うーん……」

「どう?」

「『スナップ・スピア』だって。凄く|撓(しな)るみたいだね」


 そう言いながら槍の先を床に突き立てて柄をグイッと曲げてみせる。おあれだけ曲がって折れないとは、まさにウェポンだ。あれが普通の槍だったら真っ二つだ。


「でもそれって何の意味があるの?」

「……分かんない」


 槍を専門に扱う人なら何かメリットがあるのかもしれないが……まぁ、杖を扱う僕ではあるが、専門は屍術だ。闇魔法はおまけのようなものだし、杖術は護身術程度のものである。


 例えば杖型のウェポンであるこの『|誘うもの(パイド・パイパー)』がよく撓ったとしよう。


 ……まったくメリットが思い浮かばない。叩く時に勢いがつく、くらいか?


「まぁ、とりあえず持って帰ろう。それにそろそろ出た方がいいかも」

「そうだねぇ。じゃあ槍を早速……」


 僕の後ろで鞄を開き、ゆっくりと槍を入れていく。真後ろだから見えないが、槍が鞄を貫通した感触はない。アイアンソード以上の長物も無事に収納出来たようだ。


「ふっふっふー。さっすが私!」

「じゃあ行こう」


 踏ん反り返り過ぎてクルクルと縦回転する姉さんを促し、スケルトン・ソードマンを先頭に、僕達はクランクベイトを後にした。

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