第十八話 8番街
翌朝、姉さんに今日の予定を話した。
「なるほど、確かに8番街なら可能性はあるかもしれないね」
「うん。でもアンデッド系が活発になるのは夜だからそれまでは買い物に行こうかなって」
買い物をして、帰ってきて荷物を置いてから8番街に行こうと思う。
「じゃあまずは買い物をしよう。食べる物と、着替えかな」
「今までずっと必要だったのに、アンデッドになった途端にいらないものとして考えちゃうな……すっかり忘れてたよ」
「きっとそういうものなんだと思うよ」
あんまりいい気分ではないだろう。完全に人ではなくなったことと同意なのだから。姉さんは少し嫌そうな、けれど何処か寂しそうな顔をしてから小さく笑う。
「ま、リューシと一緒に居られればそれで良いよ」
「うん」
僕もそれが一番良い。姉さんさえ居れば、僕はそれで良い。
□ □ □ □
食べ物は2番街で、服は3番街という買い方で買い物を済ませて家に戻ってきた僕達は、少し休憩してから8番街へと向かった。
家を出て、ひたすら南へ向かう。《
暮れていく日に照らされた看板を見て、8番街に到着したことを確認する。
「此処が8番街……」
まったく別の町にやってきたようだった。乱立する建物。据えた匂い。道端で寝る人達や、それに群がる野犬。時折耳にする叫び声は一体何が起きたのか。
汚れた土の道を進む僕と姉さんの間に会話は無かった。最低の環境で生きてきたと思っていたが、此処はそれよりも更に下だ。あんな状態でも僕達は生きていた。死はまだ遠く、もしかしたらなんて希望もあった。
けれど此処に希望はない。あるのは絶望と死だけ。
「酷い場所だ。さっさと済ませよう」
口を開いた姉さんに首肯で応え、ギュッとパイド・パイパーを握り締めた。
程なく日が暮れ、明かり一つない世界となる。照明器具一つで文化の違いを感じられるとは思わなかったな……。
「姉さん」
「ちょっと待ってね」
目を瞑った姉さんが、アンデッドの居場所をサーチする。姉さんが言うには、モンスター特有の感覚? 的なものが感じられるらしい。それを使っての斥候はまだまだ難しいが、体が慣れれば可能だろうとのことだ。
今はまだ多少時間が掛かると言っていたが、それでも長い間待つこと無く、モンスターの居場所を特定することが出来た。
「こっち。ついて来て」
スーッと移動を始める姉さんを見失わないように小走りで追い掛ける。とても入り組んだ道だ。迷えば一生出られる気がしない。
まるで子供が、崩れないように慎重に組んだかのような歪な家と家の間の狭い道を進む。その間も警戒は解けなかった。壁際には死体が転がり、血の匂いは濃く、遠く聞こえていた断末魔は家の中からも聞こえてきた。
「うぅ……っ」
怖い。こんなにも怖い場所だとは思わなかった。姉さんは大丈夫だろうか。
前を見ると、心配そうに振り返る姉さんと目が合う。
「大丈夫? 帰る?」
「ううん、此処まで来たんだ。今更引き返せないよ」
「……もう少しだ。頑張って」
深呼吸をして口を真一文字に結び、気合いを入れ直して姉さんの後を追い掛けた。
□ □ □ □
「この先だよ」
姉さんが路地の角を指差す。その向こうからは確かにアンデッドの気配を感じた。そっと角から覗くと、白い半透明のアンデッド、『レイス』が何かを探すかのように頭を垂れて浮かんでいた。
レイスは低級のアンデッドだ。だが奴等は人間に取り憑き、精神を破壊するから油断出来ない。僕のような屍術師は耐性があるからまだ大丈夫だが、一般人は危険だ。特にこんな街中なら、普通は安心出来ないだろう。
「あのアンデッドも、元は人間だったんだよね」
「そうだね……姉さんと同じ、元人間だよ」
とはいえ、モンスターはモンスターだ。1体1体に感情移入していては身動きが取れない。僕が気にするのは姉さんだけだ。
「大丈夫?」
だが姉さんは別だ。屍術師ではないし、元人間なだけにあのレイスに感情移入するのも仕方ない。
「私は大丈夫。リューシが居るから」
「そっか……じゃあ、行くよ」
ギュッと握ったパイド・パイパーに魔力を流すと、俯いていたレイスの顔がぐりんと此方を向いた。光も通さないような真っ黒な顔を白い髪とローブが覆っている。姿も仕草も不気味の一言に尽きる。
「ハッ……!」
闇属性の魔力を魔法に変換して杖を振ると、闇色の塊が放物線を描いてレイスの目の前に着弾する。放った闇魔法は球体の形が弾けて、其処から黒い火柱が出現する。
「ギィィィィイイイ!」
金属を引っ掻いたかのような甲高い悲鳴に顔を顰める。炎を諸に食らったレイスは体に着いた炎を振り払うように暴れる。その隙を狙って姉さんがレイスの背後に回り込む。
「今よリューシ!」
「うん」
姉さんがレイスを羽交い絞めすると同時に魔法を解く。火柱は消え、其処には姉さんに拘束されたレイスが蹲っていた。
「タイミング、ばっちりだったね」
「姉弟だから当然よ」
人間では触れられないレイスも、同じアンデッドである姉さんなら関係ない。羽交い絞めにしたまま地面に組み敷いた。レイスのこんな姿なんてなかなか見ることは出来ないだろう。
「ギ、ギィ……」
悔し気に呻くが心を鬼にしてウェポンを頭に突き刺し、止めを刺した。レイスは中身を失った衣服のようにふわりと地面に溶け込んでいくが、すぐさま姉さんが懐から取り出した瓶の蓋を開け、中の薬品をレイス全体に撒いた。
すると消え行く白いローブはぴたりと止まり、地面の上に残った。これがレイスから採取出来る特殊素材である。
「本来は高い素材を集めて高い依頼金を払って腕の良い錬金術師に頼んで、更にこれまた腕の良い屍術師に依頼してレイスを討伐してもらわないと得られない素材がこんなに簡単に手に入るなんてね。それもこんなに沢山」
「屍術師一人で討伐して大急ぎで薬品を振り掛けるなんて大変だからね。レイスとの戦闘だって大変だ。けれど姉さんと僕なら、錬金術師と屍術師のコンビなら簡単だよ」
それもアンデッドの錬金術師なら、だ。
「良い稼ぎになるよ?」
「いや、此処にはあまり来たくないよ」
「それもそうだ……じゃあ帰ろう」
また誰かの断末魔が聞こえる。死があありふれている町、8番街。此処は世界の何処よりも死に近い場所だろう。そんな場所から僕達はレイスの素材を手に、慎重に3番街へと帰るのだった。
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