第二十話 寝落ちチキンレース

 ダンジョンを出ると外は薄暗い。此処は骨の下にある町なので、日が傾くと町には大きな影が落ちる。茜色の空に対して暗い町には既に明かりが灯り、賑やかな宴会ムードが広がっている。


「リセット日はいつもこんな感じさ」


 ボーッと眺めているとダンジョンの入り口に立っていた門番さんが教えてくれた。ふぅんと頷きながら眺めていると、騒いでる人の中にアストンさんとエルンさんが居た。二人席で一緒に食事をしながらお酒を飲んでいるようだ。


「邪魔しちゃ悪いからこっちから帰ろう?」

「そうだね」


 結構良い感じの二人からそっと離れ、4番街と東大通りを経由して家へ帰ることにした。




 家に帰ると姉さんはそのまま2階へと向かう。帰り道で興奮気味に『死ぬ前の熱が戻ってきたみたいだ。今なら何でも作れそうな気がする』とずっと言っていた。こういう時はそっとしておくのが一番良い。


「今日はそっとしてばっかりだな……いや、後半だけか」


 皆、それぞれの生活がある。僕もダンジョン探索以外に何か……。


「……そうだ、屍術の研究の続きでもしようかな」


 村を出る少し前からやめてしまった研究の続きがあった。資料は少しだけ持ち出せたからあまりちゃんと引き継げないが、ある程度は頭に入っている。


 鞄から取り出して棚に仕舞っていた資料を取り出す。其処に書き殴っていたのを読み解くと、どうやら魔法の強化を研究していたようだ。


「そういえばやってたっけ……」


 色々と思い出しながら捲っていく。これはパイド・パイパーを使った屍術召喚魔法の強化だ。簡単に言うと、召喚されるスケルトンを強化出来る。まぁ、召喚出来るのはスケルトンだけではないのだが。


「うーん……」


 一度読み始めると研究熱が再燃してしまう。やはり姉弟だな……。


 気付けば外は真っ暗だ。思い出したように胃が空腹を訴える。キュウ、と鳴る腹を撫でながら、買ってきた食べ物を適当に刻んで台所で炒める。迷宮街は交易も盛んで、村では見たことがない物も沢山並んでいる。まぁ怖いから見慣れた物だけ買ってきたけれど。


 パパっと作った野菜炒め。うん、美味しい。それを摘みながら研究の続きを再開する。お腹いっぱいになったら後は眠くなるまで研究するだけだ。眠くなったらお風呂に入って眠る。それだけ決めて黙々と続きをした。



  □   □   □   □



 たまに聞こえる姉さんの奇声を聞きながら作業をしていたら結局朝になってしまった。


「ふわぁ……眠い……」


 変な熱が入ってしまった……。生活リズムが崩れてしまうなんて、まったく姉さんじゃないんだから。


「あっ」


 窓の向こうにヴィオラさんを見つけた。これからギルドへ向かうのだろう。眠そうな顔をしている。


 そうだ、今日は流石に無理だから今のうち言っておこう。僕は窓を開けてヴィオラさんを呼び止めた。


「おはようございます」

「おわぁ!?」


 突然声を掛けたからか、めちゃくちゃびっくりされた。


「お、おぅ……なんだお前……」

「えっと、徹夜しちゃったんで今日はお休みしようかなって……」

「あーね……いや別にその報告はいらんけども」


 てっきり言っておかないと怒られると思ったが別にそうでもないらしい。いい人だけど怖い人だと思い込んでたから勘違いしてしまったか……。


「まぁ心配はするけど、勝手にダンジョンに行くような奴じゃないのは分かってるから」

「……ありがとうございます」


 何だろう、妙に顔が熱い。


「なぁに照れてんだよ。おら、しっかり寝ろ」

「う、あ、はい」


 ガシガシと乱暴に頭を撫でるというか、揺らされ、眠気で意識がゆらゆらと揺れる。


「ダンジョンリセット後はモンスターもウェポンも再生産されてるから混むんだぜ。だから万全の状態で来いよ。じゃあな」

「分かりました。おやすみなさい」

「おぅ」


 ヴィオラさんはいつものようにぶっきらぼうに返事をし、振り返ることもなくギルドの方へ消えていった。確かに人通りは多い気がする。なるほど、皆探索に励んでいるのか……。


「リセット日だからって夜更しは悪手だったな……」


 窓を閉じて着替えを用意し、お風呂の支度をしながら今後の予定を組み立てていると姉さんが下りてきた。


「あれ、今からお風呂?」

「うん」

「たまには姉さんもお風呂入らないと駄目かな?」

「んー……アンデッドだから新陳代謝とかないけど汚れはするし、入った方がいいかも」

「じゃあ一緒に入ろっか」


 当然のように言ってくるが、もう僕だって子供じゃない。一定の羞恥くらい搭載されている。


「もう子供じゃないから、姉さんは後で入ってね」

「えぇー、まぁいいけど」


 弟とお風呂に入れず拗ねる姉さん。どちらが大人なのか疑問だが、眠い頭では答えが出なかった。



  □   □   □   □



 お風呂を出たところで姉さんが入ってきたので場所を譲り、濡れた髪をタオルで拭きながら自室と化したリビングへと戻る。机の上に広げたままの紙の上には新しい魔法陣が書かれている。


 これは新しい召喚魔法陣だ。魔法効果の効率を高め、召喚獣の力を増幅させることに成功した。と言っても殆ど構想は出来上がっていた。実際に試すにはダンジョンへ行かなければならないが、9割くらいは成功を確信している。


「ふわぁ……」


 温まったら急に眠気が襲ってきた。姉さんはまだ出てこないだろうし、僕は先に休ませてもらおう。最近は何だかギリギリになってから寝ているような気がする。もっと余裕をもってベッドに入りたいな……。


 睡魔の猛攻にフラフラになりながら髪を乾かし、のろのろとベッドに潜り込む。部屋が明るい所為で瞼を通した世界が真っ赤だ。けれど何故かとても安らぐ。


 そうか……皆が頑張ってる中で寝るというのはこんなにも気持ちの良いものなのか……。


 いけない欲望が精神を支配し、抗えない睡魔が体を支配する。身も心も支配された僕はゆっくりとまどろみの海を泳ぎ、夢の世界へと旅立った。

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