第十三話 初心者用迷宮 -クランクベイト-

 自宅の前を素通りして地図に載っていた初心者用ダンジョンへとやってきた。流石に初心者用ということもあって周りはそれっぽい人達でいっぱいだ。


 装備の整っていない者や物見遊山な者。逆に緊張で固まっている者も居る。


「何だか浮ついてるね」

「私のこと?」

「姉さんは浮ついてるんじゃなくて、浮いてるんだよ」


 くだらない冗談に溜息が出る。吐いてから、普段とは違う自分の反応にハッとした。


「そういうリューシも緊張してるみたいだね?」

「そうみたい。気付かなかった。ありがとう、姉さん」

「ふふ、どういたしまして」


 姉さんは何でもお見通しだ。僕はその場で深呼吸を繰り返し、平常心を取り戻す。パイド・パイパーをギュッと握り、ダンジョンの入口である大きな穴の前に立った。


「これが入口……」


 ただ、穴が開いている訳ではなく、横に広がり、しかも石造りの階段まで備えられている。入りやすいように整備されているが、遠目に見ると地面にぽっかりと大きな口が開いているようにも見える。


「リューシ、邪魔になっちゃうから早く入ろう」

「そうだね」


 チラ、と後ろを見ると入りたそうにしている人達が居たので小走りで階段を下りていく。


 階段は暫く進むと左右の壁が狭まってきた。最終的に人間が4人並んで歩ける程度の幅に納まった。これがダンジョン本来の横幅らしく、その先に続く通路も同じ幅である。


 そっと触れた石壁は冷たく、削り出されたにしては滑らかだ。ゴツゴツとした質感はあるが、まるで川で削られた石のように角がない。天井はそれなりに高く、平らだ。鍾乳石のような物もない。


 地面も壁と同じく石だ。此方も滑らかで歩きやすい。壁際には砂が溜まっているのを見ると、此処を人が行き来しているのが分かる。


「これがダンジョン……思っていたより普通だね」

「そうね。でもこの壁、通り抜けるのは無理みたい」


 姉さんが手を伸ばすと壁をすり抜けることなく触れている。恐らく、《黒檀魚》の魔素が原因だろう。濃い魔素が浸透して出来たのがダンジョンだ。魔素に満ちた壁や天井、地面はきっとすり抜けられないのだ。


「いざとなっても逃げられないね」

「リューシを置いて逃げるなんて考えられないよ」


 そんな会話を続けながら、道なりに進む。不思議とダンジョンの中は見通しが良い。松明もなければ照明もないというのに、だ。この地面の下に光など差すはずもないのに。


 しかし見通しが良いからと油断も出来ない。曲がり角の多いこの場所は多少知恵のあるモンスターであれば待ち伏せするくらいは思いつく。


「すり抜けられれば背後から奇襲出来るんだけどね」

「アンデッド召喚で斥候とかさせてみようか」


 物は試しと、パイド・パイパーを床に突き立てる。僕を中心に広がった魔法陣の中から1体の骸骨が出現した。


「よろしく、骸骨盾士ガードナー


 肩甲骨にそっと触れるとカタリと音を立てて会釈をする。この子に斥候をお願いするのがベストだろう。盾を持ってるから奇襲にも対応出来る。その後ろに姉さん、最後尾に僕と並べば即席ではあるが対応力の高いパーティーが出来上がる。


 問題は魔力だ。毎回こうしてガードナーを呼び出して斥候させる訳にもいかない。僕か姉さんか、どちらかが斥候の心得とか、コツのようなものを学ぶ必要がある。


 さて、こうして無事にダンジョン探索を行えたのだが、特に何も収穫はなかった。現れるゴブリンやコボルトといった低級のモンスターは難なく処理し、魔石も回収した。


 目当ての戦闘型ウェポンだが、手に入らなかった。ただ、そういう物がある場所というのは分かった。

 偶々、ウェポン入手の現場を見たからだ。少し広い部屋の中央にある宝箱を開けているパーティーが、中から槍を取り出していた。宝箱に対して槍の方が大きかったが、どういう仕組みかは分からない。宝箱自体に細工が施されているのだろう。恐らく、あの宝箱もウェポンの一種だ。


 つまり、誰よりも早く宝箱を見つけ、ウェポンを回収する。それがこの迷宮街ブラックバスで生きていく術だ。それを早めに理解出来たことが、最大の収穫と言えるだろう。



  □   □   □   □



「ということで魔石しか手に入りませんでした」

「やるじゃねぇか。生きて帰ってこられただけでも儲けだ」


 雑魚だと罵られるだろうと思っていたが褒められたことに驚き、目を丸くしてしまう。


「あんだよ。あたしだって褒める時は褒めるぞ」

「ビックリしました」

「すんなクソボケ」


 しかしやっぱり口が悪い。だがそれもヴィオラさんの愛嬌にも思えてしまうくらいに慣れて……いや、麻痺してきている。


「とりあえず生きて帰ってこられたら上出来だ。暫くはそれを目標にしろ」

「はい、分かりました」

「もうお前のそのクソ素直な返事に慣れちまったぜ……」


 深い溜息を吐かれるが、決して不快なものではなかった。口と態度が悪いだけで、悪人ではないのがヴィオラさんなのである。


「また明日来ます」

「おう」


 短く返事したヴィオラさんに会釈をしてギルドを出た僕達は、その日はまっすぐ家に帰った。

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