第十二話 手続き
地図を頼りに通りを歩く事数分、目的地に到着した。
「『3番街探宮者組合』。……此処だね」
大きな建物に掲げられた大きな看板。そして出入りする人間は戦闘型ウェポンを身に着けている。どう見ても探宮者だ。
「早く行こ。ヴィオラちゃん、怒るよ」
「その呼び方の方が怒ると思うけど」
「うーん、でも昨日、リューシを応援してくれたのとあの照れ臭そうな姿を見た後だと、ちゃん付けでないとしっくりこないよ」
にしてもちゃんが似合う容姿ではなかったけど。一見して女性とは分かるが、何処か男らしいと言える服装だったし。むしろ格好良いとすら言えた。その点はちょっと姉さんに似てるかもしれない。
「いい? リューシ、格好良い女の子はね、可愛いのよ」
「ちょっと何言ってるか分からないよ」
「そういうものよ」
真面目な顔だが言ってることは意味不明だった。
両開きのドアを開いてお邪魔すると中はすでに盛況で活気づいていた。キョロキョロと見回すと何人かの人と視線が絡むが、ふい、と興味なさげに逸らされる。絡まれないだけマシか。
「えっと、ヴィオラさんは……」
造りは腹骨街のギルドとほぼ同じで、違うのは広さくらいだ。奥には同じようなカウンターがあるので、其処だろうと踏んで向かう。
「賑やかだね」
「皆朝早いんだね。僕は苦手だよ」
「これからは早起きしないとね」
なんて会話をしながら歩いていると、並ぶカウンターの一つにヴィオラさんを見つけた。しかし長い列が出来ている。何の列だろう?
「リューシ、あれ」
「?」
姉さんの指差した場所にはヴィオラさんの真上、天井付近だ。其処から看板がぶら下がっており、『依頼発行』と書かれていた。
他のカウンターの上には『依頼受注』や『鑑定・買取』など、内容ごとに色々な看板がぶら下がっていた。
それにしても『依頼発行』を含め、それぞれの看板は一つずつぶら下がっている訳じゃない。どれも複数ずつ下がっているから、つまりヴィオラさんのカウンターだけ列が出来るのがおかしい。
「あっちにも『依頼受注』のカウンターはあるのに」
「あー……」
スキンヘッドで筋骨隆々のおじさんが座るカウンターは誰も並んでいない。
「ヴィオラちゃんが人気なんだよ」
「仕事内容は一緒だよね」
「そうね。きっと皆、ヴィオラちゃんが好きなのよ」
その言葉でガヤガヤとしていた列が一瞬で静かになった。
「……あれ、急に何か」
「リューシ、ちょっと離れようか」
「いや離れんな。こっち来い」
姉さんが僕のローブを引っ張るので、引っ張られようとしているとヴィオラさんに呼び止められた。
「リューシ、其処を動くなよ。あとは任せたぜ、バラガ」
「はぁぁ……ま、仕事だ。おいてめぇら! そのまま横移動しろぉ!」
バラガという筋肉受付さんが怒鳴ると、長かった列がそのまま右にスライドした。ガッという揃った革靴の音が心地良い。しかしその場面だけ見ると統率された規則正しい集団に見えてしまうから恐ろしい。
カウンターを乗り越えてやってきたヴィオラさんが別のカウンターを顎で指すので、それに従う。再びカウンターを乗り越えたヴィオラさんの正面に立ち、指示を待った。
「遅れましたか?」
「いや、彼奴等が馬鹿みてぇに早いだけだ。今日は『
「分かりました」
素直に返事をすると舌打ちをされる。昨日今日でもう慣れたものだ。ヴィオラさんは厄介な荒くれ者ばかり相手してきたから僕のような人間相手は調子が狂うのだろう。と、勝手に予測。
「まず探宮者ってのは、ダンジョンを探索する人間が名乗る職業であり、資格だ。探宮者じゃない人間がダンジョンに入った場合、処罰の対象になる」
「盗掘、ということになるんですか?」
「それもある」
それもある、とは変な言い方だ。こうして組合まで作って管理しているというのに、それ以外に理由があるのだろうか。
「無資格で右も左も分からん馬鹿の為に捜索させんなクソボケ、ってのが一番の理由だ」
「あー……」
無断侵入で捜索しない訳にはいかない。それがどういう結果になるか分からないし、最悪町全体に影響を及ぼすかもしれない。そんな人間をわざわざ探し出す手間に対する処罰ということか。
「スタンピードの原因にもなったりする。ウェポンを見つけて一発逆転、なんて馬鹿が丸腰で入ってモンスターに追い掛け回され、あっちこっちから引っ張ってきて渋滞して、一気に入口から吐き出されて……なんてことも過去に何回かあったしな」
「不法侵入ってのも馬鹿に出来ないですね」
「あぁ、馬鹿にしか出来んことだからまったく忌々しい」
その点、探宮者という有資格者は必ずこうして説明を受ける義務があるそうだ。こう見えて規則もあり、違反したら1発免停というのもあるらしい。
「その一番やっちゃいけないことが、《浄化》だ」
「《浄化》……言葉だけ聞けば良い意味に聞こえますが」
「そうだな。でもこの町ではそれは一番汚ぇ言葉だ」
ヴィオラさんが言うには、《浄化》というのはダンジョンそのものを綺麗にしてしまうことらしい。その綺麗にするというのは、文字通り、綺麗さっぱり無かったことにするということ。
「ダンジョンを消しちまうってことだ」
「そんな事が可能なんですか?」
「あぁ、
「それは大罪ですね」
もしそのダンジョンに《ニルヴァーナ》があったとしたら、僕はその人間を死んでも許さないだろう。
「お前もこの町がどういう場所か分かってきたじゃねぇか」
「知ってて来たつもりですが」
「知ってるのと分かってるのはまったく違うぜ」
よく分からない。けれど、きっとそういうものなのだろう。
「要はダンジョン潜りたかったらうちに顔出せってことだ。でないと捕まえてボコボコにする」
「言い方に問題しかないと思うんですけど、分かりました」
ルールは大事だ。守らなきゃいけないことはしっかり守るのが大事だ。
「其処のリッチーも理解出来たか?」
「大丈夫だよ、ヴィオラちゃん」
「ちゃん付けんなぶっ殺すぞ!」
「もう死んでまーす」
「チッ……!」
「あと、オルハって呼んでね」
傍若無人と言っても過言ではないヴィオラさんが、姉さんの手のひらの上で転がされている様は見ていて面白い。姉さんの駄目押しに無言を貫いたヴィオラさんは机の引き出しから一枚の紙を取り出す。それは昨日見たのと同じ、3番街の地図だった。
ペンを持ったヴィオラさんはある一角を丸で囲む。現在地、探宮者組合だ。
「此処がギルド。で、此処がお前らの家だ」
もう一つ丸で囲む。と、姉さんが其処から少し離れた場所を指差す。
「此処はヴィオラちゃんちだね」
「うるせぇ。この町には2つのダンジョンがある。ギルドから東に1つ。お前らの家から少し南に行ったところに1つだ」
「どちらも探索に制限はないのですか?」
「あぁ、どっちも初心者用だ。どっちからでもいい。ある程度探索して経験を積め。そしたら更に深いダンジョンに潜らせてやる」
いきなり高位のダンジョンには入れないのは分かっていたが、道のりは長そうだ。
「では家からすぐの場所にします」
「わかった。其処は低位ダンジョン『クランクベイト』だ。全2層。武器型のウェポンがよく産出される」
『クランクベイト』というそのダンジョンは結構人気だそうで、危険も少ないらしい。人が多いということはモンスターとウェポンの取り合いになりそうだが、逆に言えばピンチになった時に助けてくれる人も多いということだ。善意のある人間だったら、だが。
「今日から潜れますか?」
「あぁ。だが潜る前に必ずギルドに来い。行先を言ってからでないと潜らせねぇからな」
「分かりました」
「ダンジョンから出たら報告に来いよ。家に寄っても良いが、必ず報告しろ」
「分かりました」
万が一、行方不明になった際の捜索の為だろう。ちゃんと報告しないと怒られるだろうし、しっかり守るとしよう。
「質問はあるか? ないな。もう行っていいぞ」
話は終わりと言わんばかりに切り上げたヴィオラさんは席を立って両手をポケットに突っ込みながら奥へと行ってしまった。何というか……仕事はしっかりしてるのに態度が悪すぎる。しかしそれに慣れ始めてしまった自分も居て、何とも言えない。
「……行こう、姉さん」
「そうだねー。初めてのダンジョン、楽しみだよ」
姉さんに至ってはまったく気にもしていないようだ。ある意味僕より慣れてしまっている。恐らくだけど、生きている時に錬金術で知り合ったお客さんとかにああいう人も居たのだろう。
僕なんかより圧倒的に人付き合いの多い人だったから、僕が初めてでも姉さんにとっては初めてじゃないということだ。
僕も腰を上げて、ギルドを後にした。向かうは初心者用低位ダンジョン『クランクベイト』。気合いを入れて臨みたいが、空回りしないようにも、気を付けたい。
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