第十一話 西大通り裏の小さな家

 1番街、2番街と過ぎて3番街へとやってきた。


「『←2番街 3番街→』……此処から3番街ですね」

「こっち来い」


 3番街に入ってすぐの路地へと進む。左右の家と家が近く、圧迫感がある路地を進むと先程の大通りよりは幾らか狭い通りへと出た。此処もまた店が広がり、人々が行き交う。どんな場所にでも人が居る。この町に人の居ない場所なんてあるのだろうか?


 ヴィオラさんの後ろをついて歩いて30分程が経過し、漸く足を止めた。


 目の前にあるのは一軒の家だ。石造りの1階に、木造りの2階があるが、見取り図には載っていなかった。多分、倉庫か何かだろう。


 一見して古い建物には見えない。きちんと手入れが行き渡っているようだ。3番街でこのレベルかと驚いたが、金貨を50枚も渡していることを思い出し、納得した。


「此処が?」

「……あぁ」


 ポケットを弄るヴィオラさんに訪ねてみるが、やはり此処で合っているようだ。改めて見上げる。……うん、良い家だ。姉さんと二人で住んでいたあの家を思い出す。


「ほらよ」

「……これは?」


 クシャクシャの紙を渡される。まさかとはゴミではないとは思うが、怖くて開けない。中に何か入っている感触が余計に怖い。


「この辺の地図だ。明日の朝になったらギルドに来い」

「なるほど、分かりました」


 地図と聞いて恐る恐る開くと確かに地図だった。そして中に入っていたのは鍵だった。


 割と正確で、最寄りのパスファインダーギルドの場所、食事が出来る店の場所、その他ウェポン屋の場所も書き込まれている。


「現在地は此処だ。遅刻したら探宮者免許剥奪するからな」

「分かりました」

「チッ……可愛げのねーガキだな……」


 素直さには定評があるのだが、ヴィオラさんはお気に召さなかったようだ。舌打ち一つ、両手をポケットに突っ込んだヴィオラさんは肩を怒らせながら通りの向こうへ……消えずにすぐ傍の家へ入っていった。


「……ご近所さんだったんだね」

「それで機嫌が悪かったのか……」


 あれだけギルドで罵声を浴びせ、他の職員に怒られ、気拙いまま当人達の案内までさせられ、結果ご近所というのも締りが悪い。居心地が悪いだろう。僕だったら遠回りして帰る。そして気付かれない内に引っ越すだろう。


 それをそのまま真っすぐ帰宅したのだ。ヴィオラさんはきっと強い人だ。


「じゃあ、入ろう。姉さん」

「そうだね」


 何時までも通りの真ん中に立っていたら通行の邪魔になってしまう。受け取った鍵で施錠を解除し、ササッと中へと入った。


「おぉ……!」


 珍しく感嘆符が漏れてしまった。期待以上の部屋だった。家具がしっかりと揃っていて新生活の開始には困らない。その家具も丁寧に扱われたのか、傷も少ない。経年劣化は致し方ないが、それだって許せる範囲内だ。むしろ味が出ている。


「良い家だね」

「うん、ちょっとビックリしたよ」


 僕はギルドで受け取った間取りを頼りに各部屋の確認をし、元々傷が付いている場所等を書き込んでいく。これも金貨50枚の為。最初が肝心だ。


 1階の部屋を隅から隅まで見分し終えた僕は、次は2階を見に行こうと先程見つけた階段へ向かっていると、天井から姉さんがすり抜けてきた。


「リューシ、リューシ、2階凄いよ!」

「倉庫じゃなかったの?」

「倉庫だけど、凄いの!」


 いまいち凄さが伝わらない。首を傾げながら階段を上ると、其処はやはり倉庫で、沢山の大小様々な木箱が置かれていた。今まで住んだ人達が置いていった物だろう。引っ越すにしても荷物が沢山あっては大変だし、引っ越し先に倉庫があるとも限らない。


 姉さんはそんな木箱の奥で手を振っている。とりあえず僕は暗いし埃臭いので窓を開けてから姉さんの元へ向かった。


「一応、倉庫だとは思ってたんだけど危険な物がないか全部確認してたの。それで、最後に一番奥を見たらこれがあったんだ!」

「なるほどね……」


 其処にあったのは立派な錬金台だった。特殊な魔法陣が刻み込まれた台と、各種ガラス瓶が陳列されている。


「これ、1階に置いて」

「重いよ」

「こんな薄暗い所で作業したら失敗しちゃう!」


 もう使う気満々な姉さん。死んでいるのに生き生きしている。うーん、しかし錬金台は大きくて重い。でも解体したら何とかなりそうだ。姉さんも手伝ってくれるだろうし。


「じゃあ指示して。一部解体して運び出そう」

「うん、ありがとう、リューシ!」


 錬金術は姉さんの生き甲斐だった物だ。生活の要だったし、無くてはならないものだったから、またこうして姉さんの錬金術が見られるのは素直に嬉しい。


 その日は一旦、解体は後回しにして家の掃除をした。流石に人が住んでない場所は埃が溜まる。これでは病気になってしまうということで、姉さんと二人で日が暮れるまでひたすら掃いて拭いてを繰り返した。



  □   □   □   □



 翌朝、目が覚めた僕はヴィオラさんとの約束を守るため、身支度を整えて3番街のパスファインダーギルドへ向かった。


「錬金台は帰ってからね」

「うーん、待ち遠しい」

「でも材料もないし、まずは其処からだよ」

「ダンジョンで採取出来る物とかあるといいね!」


 それは確かに魅力的だ。今までは森で採取した物や、旅商人から買った材料での錬金が主だったから、ダンジョンで採取なんて考えもしなかった。


 《黒檀魚ブラックバス》の死骸から流れ出た魔素によって形成された地下迷宮。この足の下には無数のダンジョンが広がっているという話だ。まずは初心者用のダンジョンからのスタートではあるが、楽しみで仕方ない。


「……っと、目的は楽しむ事じゃない。姉さんの完全蘇生だ」

「私は楽しみだけどな。リューシ、目標があるのは良い事よ。でも目標までの道のりを楽しまないと、目標には辿り着けないよ」

「そういうものなの?」

「うん、そういうもの」


 姉さんが言うなら間違いないだろう。確かに、苦行を繰り返しても辛いだけだ。ストイックに頑張ることは大事かもしれないが、息抜きだって必要だ。無理せず、背伸びせず、自分の出来ることから始めるのも悪いことではないのかもしれない。


「うん、分かった。一緒に頑張ろう、姉さん」

「勿論だとも」

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