第十話 サウスフィッシュボーン3番街へ
「慌てて出てきちゃったからアストンさん達に挨拶出来なかった」
「広い町だけど、住む場所は南側だし、また会えるよ」
「そうだと良いね」
受付さんの後ろを歩きながらサウスフィッシュボーンへ向かう途中であの優しい二人組の事を思い出した。まぁ、また会えるだろう。
「あ、受付さん。この紙……」
「今貰ったら荷物になるだろうが。後で寄越せ」
「あ、はい」
まぁサウスフィッシュボーンへ行くのは間違いないし、3番街というのも聞こえていただろうから後で渡しても問題ないか。
「リューシ……」
姉さんが何か言いたそうな顔をしているが、この地獄耳の前ではどんな小声も筒抜けだと、首を横に振った。
腹骨街を通る。流石ノースフィッシュボーン。物凄い人の数だ。こんなに沢山の人は見たことがない。田舎者と馬鹿にされても、どうしてもキョロキョロしてしまう。それは僕も姉さんも同じだった。
やがて大勢の人の波を縫うように抜けた先に大きな壁が見えてきた。遠目からもそれが頑丈で、何者も通さない分厚く高い壁だと分かる。
近付けば近付く程にはっきりと見えてくるそれには、北東の大門のような大きな門が一つあった。壁の此方側と、彼方側に大きな鉄柵がある。両方下ろせば、勝手に通るのは難しくなるだろう。
「あの先がサウスフィッシュボーンだ。地図寄越しな」
「あっ、はい。どうぞ」
さっきまでは無言で突き進んでいたが、最低限の案内はしてくれるらしい。恐る恐るギルドで受け取った地図を受付さんに渡すと、乱暴に引っ手繰られる。もうこれくらいでは何の感情も湧かない。早くもブラックバス慣れしている僕である。
「……はぁ!? おいふざけんなクソが!」
と、自分の成長を心の中で褒めていると罵声が上がった。それは僕に向けて発したものではないようだが、多分、将来的に僕に向かう罵声だろう。
「……どうかしましたか?」
「……なんでもねーよ! クソクソクソ……まったくもってクソ過ぎる……」
地図を見た途端に勝手にキレだす女性というのは傍から見ると異常者以外の何者でもないが、立地に問題があるらしい。何か良くない建物の傍……だったとしてもこの人が代わりに怒ってくれるなんて多分ありえないと思う。
壁までやってきた。見上げてようやく先端が少し見えるような、大きな壁だ。もしこの壁が東西南北でいう南北の向きに立っていたら日照権を巡って戦争が起きていただろう。東西の形で立っているからこそ、許されているようなものだ。
「おい、通るぞ」
「おっ、まだ日暮れには早いぜ。何だ、やらかしたか?」
「るっせーよ仕事だボケ」
門番と気安く話す受付さんの後ろに立っていると、門番と目が合う。すかさず一礼は世渡りのコツだ。
「新人君かい? その年で屍術師とは珍しいな」
「はい、今日来ました。リューシといいます」
「おう。俺はナランザだ。此処を通る時は声掛けてくれよ」
「はい、その時はよろしくお願いします」
まともな人だ。まともな人ってだけで好感度が上がる。通る時は絶対に挨拶していこう。
「ヴィオラ、地図」
「チッ……」
ナランザさんが受付さん……ヴィオラさんというらしい……から地図を預かる。それを一通り見てからすぐに返した。
「3番街か。良いところだ。初心者用ダンジョンも近い」
「そうなんですか。それは色々と便利そうですね」
「あぁ、それにヴィオラの……」
「おい、もういいだろ。通るぜ」
痺れを切らしたヴィオラさんが門の向こう、サウスフィッシュボーンを顎で指す。ナランザさんは小さく溜息を洩らし、肩を竦めた。
「じゃあまたな、リューシ君」
「はい、ナランザさん」
姉さんと一緒に礼をして、スタスタと歩くヴィオラさんの後を追い掛けた。
□ □ □ □
「う、わぁ……」
「実際に見ると凄いね……」
門を出て最初に見えたのが巨大な骨だ。門の正面、大通りのど真ん中に鋭く、大きな骨が突き刺さっている。それが等間隔で見える限り何処までも突き立っていた。
「おい、早くしろ」
「はい、ヴィオラさん」
「気安く名前で呼ぶんじゃねぇ」
折角知れたのだ。こんな性格ではあるが仕事に忠実なところを見る限り、そう悪い人でもなさそうだ。あの大柄な受付さんの言うように、悪いのは口と態度だけらしい。
ヴィオラさんは骨の大通りの、向かって右側へ進む。家は此方側らしい。
「此処は1番街ですか?」
「あぁ」
短いながらも答えてくれた。これが1番街か、と懲りずにキョロキョロする。建物一つ一つが大きく、立派だ。石造りと木造りの建物が入り乱れている印象だ。
擦れ違う人も何処か穏やかというか、余裕を感じる。生活に困ってなく、自信に満ちているような表情。なるほど、1番街ともなれば金貨300枚の家だ。順風満帆なのだろう。もう一息でノースフィッシュボーン入りだから向上心も強いはずだ。
そんな1番街を進む。僕達が歩いているのは骨を挟んで西側の大通りだ。骨と骨の間も家が並び立ち、1階では商売をしてる場所もあって凄く賑やかだ。
勿論、等間隔で家のない場所もあって東側にも抜けられるようになっている。その道も邪魔にならない程度の屋台が並んで、賑やかさに隙がない。
道を行く人達も色々で、戦闘用のウェポンを下げた探宮者や、荷馬車いっぱいに荷物を載せた商人。その何方でもない人間は住人か。
「屍術師の人は見当たらないね」
「珍しいもん。仕方ないよ」
自分がそうだとあまり思わないが、世間的には少ないらしいから会わないのも仕方ない。
「……町の雰囲気が変わった気がする」
「此処から2番街だ」
あまり実感がある訳ではない。空気感というか、そんな薄っすらとしたものだが。
「あっ、ほら、彼処に看板があるよ」
姉さんが指差した先には骨と骨の間に吊るされた看板があり、『←1番街 2番街→』と書かれていた。あの骨と骨の間が町を隔てる見えない壁のようだ。
家は1番街よりは何処となく寂れた気がする。とは言っても普通の家よりはだいぶ立派だ。ただ、1番街を見たすぐ後だと、印象が変わってくる。
「2番街は1番街よりも物価が安い。節約の為に2番街に買い物に来る1番街の人間も居る」
「なるほど……南に向かうに連れて物価も安くなり、質も落ちるんですね」
「……よく見てやがるな」
店に並ぶ商品は1番街に比べれば劣る。野菜や、ウェポンも。人も。
「何処まで妥協出来るか、だ。自分の矜持をしっかり保てば問題ないがな、それがない人間は何処までも落ちる。てめぇも気を抜けば8番街の人間だ」
「肝に銘じておきます」
「ハッ……何処までやれるだろうな。てめぇみてぇなガキはすぐ死ぬ。それがこの迷宮街ブラックバスだ」
振り返ったヴィオラさんは嘲るように僕を見下ろすが、何処か演技のようで、本心には聞こえなかった。
「ご忠告ありがとうございます。僕も大事な目的があるので、そう簡単には死にません」
「ふん……なら頑張れよ」
驚いた。まさか応援の言葉が出てくるとは思わなかった。言った本人はもう前を向いていたのでどんな顔をしてるのか分からないが……あっ。
「わぁ、真っ赤だね?」
「バカッ、見んじゃねぇ!!」
空気を読まない姉さんがふわりと舞ってヴィオラさんの顔を覗き込み、怒られていた。まったく、これから顔を合わせるかもしれないのに険悪なのはやめてほしいんだけどな。
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