第七話 迷宮街 -ブラックバス-
レンスさんに教えてもらった通り、川が見えた。大きな川ではない。ちょっと工夫すれば渡れそうな、小さな川だ。
重ねた薪に火を付け、家から持ってきた最後の干し肉と野菜を全部入れたスープを作った僕は、それを平らげる。
「なんでリューシはそんなに食べるのに太らないのかな」
「不思議だね」
お腹いっぱいで何だか眠い僕はふわふわとした回答をしつつ、テントの中へと入った。
「ごめんね、姉さん。気が緩んでるのかな……凄く眠い」
「見張りはお姉ちゃんに任せて、ゆっくり休むのよ。明日からはブラックバスなんだから、気合い入れて行かないとね」
「そうだね……もうちょっとだ」
もうすぐ目的地だ。だからきっと気が緩んでるんだ。でも、だからといってこの睡魔には抗えない。
横になった僕はゆっくりと瞼を下ろし、睡魔の猛攻に身を委ねた。
□ □ □ □
姉さんの見張りのお陰でゆっくり休めたと思ったのだが、目を覚ました時点ではまだ日は昇っていなかった。
「あれ、起きちゃった?」
「うん、何か目が覚めちゃって」
「もうちょっとで夜明けだよ」
空を見上げてもまだ真っ暗だ。周囲の明かりがないから星がよく見えるが、まだ日の出の兆しは見えない。
「ずーっと起きてるとね、何となく分かってくるんだよ」
「そうなんだ」
「うん」
ゆらゆらと舞う姉さんの長い金の髪が儚い印象を強める。クラシカルなドレスも相まって、やはり姉さんはアンデッドなんだなと改めて思う。
「リューシがね」
と、眺めていると姉さんがポツリと言う。
「うん」
「私が死んだ時、村の人を恨んだでしょ?」
「そうだね」
「私、嬉しかったんだよ。死んだ事にも気付かないで漂ってた時、強いリューシの思念が私を呼んだんだ」
「……だから、僕に取り憑いた?」
「うん」
空を見上げる姉さんが小さく笑い、ゆっくりと僕へと振り返った。その様が、まるで小さい頃に読んだお伽噺に出てきたお姫様のようだった。
「私を呼んでくれてありがとう、リューシ。お陰で迷わず還ってこられたよ」
「厳密には現世で迷ってるんだけど……うん、僕もまた姉さんに会えて嬉しいと思ってる」
離れ離れになってしまったと思っていた姉さんとの再会が嬉しくない訳がない。思うところはあっても、嬉しいこと自体には代わりはないのだ。
「今から歩けば早めに着くね」
「そうだね。ゆっくりしてるくらいなら進もう!」
「うん」
すぐに出発出来るように姉さんがある程度片付けてくれていたので、火の始末とテントを片付けるだけで済んだ。
「ほら、日が昇ってくるよ」
リュックを背負って立ち上がり、振り返ると遠くの空が少しだけ明るく見えた。なるほど、姉さんの言うことは間違いないようだ。
「じゃあ、行こう」
「うん!」
忘れ物がないか確認した僕は、ゆっくりと歩き出す。その後ろを姉さんがゆらゆらとついて来る。
もうブラックバスは目の前だ。
□ □ □ □
道中は何事もなく、ついに僕達は迷宮街ブラックバスへと到着した。
「あれが《黒檀魚》……の骨か。とんでもない大きさだな……」
見上げる空を埋め尽くさんばかりの巨大な黒い魚の骨。多少は風化しているが、それでも原形を留めた姿は圧巻の一言に尽きる。
「あれが空を泳いでたなんて、信じられないね……」
「悪夢みたいな話だよね」
僕達が来たのはブラックバスの南東側だ。此処から見ると魚の頭蓋骨が北を向き、尾は南を向いているのがよく分かる。
そしてその下には町が広がっていた。頭の骨の中へと道が作られ、建物が並び立っている。豪華な建物だ。一見すれば貴族の豪邸のような、王族の避暑地のような大きさだ。骨自体が大きいから頭蓋骨の中でも陽の光が入っているのが此処からでも見える。
其処から南に向かうにつれて建物は小さく、数は多くなっていく。なるほど、貧富の差がはっきりしている。偉ければ偉い程、北の頭の方へ行くらしい。
地面に突き立っている尻尾の周囲は特に小汚い建物が多い。違法に建築したような、積み重ね、増築した歪な家が尻尾に張り付いている。
「出来れば頭の方に住みたいけど、難しそうだね」
「町の人が許さないだろうね」
ブラックバスのみならず、ダンジョンに潜るには資格というのが必要だ。潜る人達は、扱う物や習う術に関係なく《
「えーっと、町の入口は……」
「北みたいだね。大きな門があるよ」
姉さんの言葉に従い、視線を北へ滑らせると確かに門があった。よく見ると人の列も少し出来ている。なるほど、あれが町に入る人の列か。では彼処に並ばないといけないな。
「日が暮れる前に入りたいし急ごう、姉さん」
「あぁ、もう少しだ」
見物を終えた僕達は小走りで北の大門を目指すことにした。
□ □ □ □
ぞろぞろと続く人の列の最後尾に並べた。ふぅ、と息を整えると前に並んでいた若い男女が此方を振り返り、僕を見て、それから姉さんを見て驚いた顔をした。
「珍しいな、屍術師かい?」
「はい」
「あまり見ないからビックリしてしまったよ。ごめんな」
ブラックバスは野蛮な連中が多いと聞いていたが、まだブラックバスじゃないからだろうか。壁を作るような人ではなくて安心した。
「いえ、気にしないでください」
「お気になさらず」
「すまん、ありがとう。あぁ、俺はアストンだ。で、こっちがエルン。君も探宮者志望だろ? よろしくな」
野蛮ではない代わりにぐいぐい来るタイプの人間のようだ。人慣れしてない僕としては若干挙動不審になってしまう。
「あっ、はい。探宮者志望の屍術師、リューシです。こちらがリッチーのオルハです」
「よろしくね、アストンさん。エルンさん」
「あぁ、よろしくな」
「……よろしく」
姉さんが差し出した手を、アストンさんはギュッと握り、エルンさんはおっかなびっくり握っていた。
「やっぱ冷たいんだな、アンデッドの体は」
「ちょっと、アストン……」
「あぁ、すまん。初めてなもんでな。悪気はなかったんだ」
エルンさんがアストンさんの脇腹を肘で小突くが、僕も姉さんも全く気にしていない。この状況をもう受け入れているから。
「僕もオルハも気にしてませんよ。大丈夫です」
「其奴は良かった」
へへ、と頬を掻くアストンさんは何処か憎めない人だと感じた。そのアストンさんと並び立つエルンさんも、言葉数は少ないが此方を嫌悪している訳ではないし。良い人達で安心した。
「……ほら、前」
「おぉっと、横入りされちまう! ほらリューシ、行くぞ!」
「あっ、はい」
広がった列の隙間を埋めるように3人で走る。その後ろを姉さんがふわふわとついて来る。客観的に見ると何だか不思議な光景に思えた。
が、まったく嫌な気はしなかった。
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