第六話 他人の温もり

「ご馳走様でした」

「お粗末様。意外と沢山食べるんだね、君。そんなに細いのに」

「よく言われます」


 主に姉さんにだが。


「じゃあお湯持っていくから、待っててね」

「あ、はい」


 店主さんの言葉に従い、部屋へ戻って暫く待っていると、大きな桶とお湯、布を持ってきてくれた。本音を言うと旅続きだったので浴槽にお湯を張ってザブンと行きたかったが、無理を言ってもしょうがない。お風呂はお金が掛かる。


 恥ずかしいので少しの間だけ姉さんには別室に行ってもらい、ササッと身を清めたらすぐにベッドへ潜る。疲れが溜まってたからか、秒で夢の世界へと旅立った。



  □   □   □   □



 翌朝、姉さんに起こされた僕は身支度をして部屋を出ると、目の前に店主さんが居て驚いた。店主さんは既に起床して朝食の準備をしていたらしく、それが終わったのでちょうど呼びに来るところだったらしい。


「いきなりドアが開いたからビックリしちゃった」

「すみません、昨日の今日で……もっと気を付けるべきでした」

「いやいや、気にしてないから」


 そう言って笑う店主さん。優しい人で良かった。


 昨日と同じ食堂で美味しい朝食を頂いた僕達は、荷物を手に宿を出た。


「また機会があったら寄ってね」

「はい、必ず」

「リッチーのお嬢ちゃんも……こう言うのは変かもしれないけど、元気でね」

「はい、店主さんもお元気で」


 手を振り、宿から遠ざかる。店主さんは僕達が見えなくなるまで手を振っていてくれた。あんなに温かい人に会ったのは本当に何年ぶりだろう。あの村の人間と同じ人種とは思えないくらいに優しい人だった。


「レンスさんは何処かな」

「んー……あっちに居るみたいだね」


 姉さんが目を閉じて唸ると、レンスさんの居場所を突き止めた。それもまたリッチーの力だろうか。


 言われた通りに進むと一軒の家の前に出て、その家の前ではレンスさんが棒術の素振りをしていた。なかなか鋭い音が聞こえてくる。僕も杖で戦うから棒術は嗜んでいるが、独学だから状況に合わせて変化していく。なので他人の練習風景というのを見るのは初めてだった。


「おはよう、レンスさん」

「フッ……ん? おぉ、リューシ君にオルハちゃん。もう行くのかい?」

「えぇ、お世話になりました」

「へへ、良いってことよ!」


 照れ臭そうに笑うレンスさん。そんな彼を見ていると僕も何だか照れ臭くなってしまう。


「それで、旅の術師様は何処へ向かうんだい?」

「ブラックバスへ行こうと思っています」

「ブラックバス……迷宮街か」


 脇に棒を挟み、腕を組むレンスさんの表情は先程とは打って変わって真面目だ。深刻な程に、真剣だった。


「気を付けろよ。彼処はダンジョンだけが危険な訳じゃない。町自体も危険なんだ」

「それは……初耳ですね」


 何分、引き篭もっていた身だ。書物で知った事以外は全く知らない。


「あの町の外観がどうなってるかは知ってるか?」

「えぇ、確か、大きな魚の骨の下に町が広がってるとか」

「そうだ。大昔の巨大魚、《黒檀魚ブラックバス》の死体から流れた魔素が地面に染み込み、ダンジョンを造り、その上に人が住んで町になったって経緯がある。モンスターの名前がそのまま町の名前になったんだ」


 古の巨大魚。災厄のモンスター。天嵐。色々な呼び名があるモンスター、《黒檀魚ブラックバス》。そんな伝説みたいなモンスターが実在した証としても、迷宮街ブラックバスは貴重な場所と言える。


 けれど、それだけのモンスターが死んだからには、それ相応の魔素が流出する。本来なら大地に還元されて消滅するだけだが、濃い魔素なら話は別だ。それは大地に変化を齎す。ダンジョンという形で。


「そんなダンジョンを独り占めしようと、柄の悪い人間が作った町がブラックバスだ。だからあの町は広く、栄えてるけれど、人間の格としてはとても低い。野蛮な連中が多いんだ」

「……肝に銘じておきます」

「あぁ、リューシ君がリッチーを従えているからって、奴等は一歩引いちゃくれない。勿論、良い人間も居るとは思うが……油断しないようにな」

「はい」


 自分の力を過信してはいけない。それは驕りを招き、身を滅ぼす。屍術師ネクロマンサーという死と隣合わせの職業は尚更気を付けねばなるまい。深淵に近付けば近付く程、死は常に寄り添う形になる。


 だからこそ気を付けよう。人は簡単に死んでしまうのだから。


「じゃあ、元気でな」

「色々ありがとうございました」

「今から出れば夕方頃には川の近くに出る。その川を越えて半日歩けばブラックバスだ」


 差し出された手をギュッと握り、一礼してレンスさんの元を離れた。


 太陽もすっかり姿を現し、日差しが強くなってきたのでしっかりとフードを被り、村の外へと進む。


 コレット村。良い場所だった。あの村以外の村を知らなかった僕には、此処が天国のように思える。これから向かうブラックバスはとても治安が悪いそうだが、何故かワクワクしてしまう。外の世界を知ってしまったからだろうか。


「ねぇ、リューシ」

「ん? なぁに? 姉さん」

「ちょっと怖いけど、楽しみだね」


 どうやら姉さんも同じ気持ちだったらしい。僕だけが不謹慎な感情を抱えてるのかと思っていたからか、僕にしては珍しく吹き出してしまった。


「あー、笑うことないじゃない!」

「あはは、だって、ふふふ……」


 さぁ、ブラックバスへ行こう。姉さんを完全蘇生するんだ。こんな運命、僕が絶対に覆してやる。

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