第四話 コレット村
村の入り口には一人の若者が立っている。若者と言っても多分、僕より年上だろうけど。
「こんにちは」
「ん? おぉ……ぉお!?」
ボーッと立っていた彼は僕の声に反応して此方を見るが、挨拶に反射的に反応しただけらしい。しっかりと僕の姿を確認すると、驚かれた。
「な、何だおめぇ、何者だ!?」
「えーっと、旅の屍術師です」
「使役されてるリッチーでーす」
「えぇ……」
あまりにも軽い姉さんの態度に困惑を隠せないようで、身分を明かしても状況が飲み込めないらしい。
「あの、宿とかあると嬉しいんですけど……」
「あっ……あぁ、宿な……宿……えっと、こっちだ」
言葉は分かるみたいだけど、やっぱりまだふわふわしてる。外部の人間に慣れてないのだろうか。
「うーん、やっぱり私達の見た目が変わってるから、かもね?」
「やっぱりそうか……はぁ」
思わず溜息が出る。僕が気にしなくても周りが気にするというのは億劫なこと、この上ない。
僕は生まれながらに人より肌も髪も白い。そういう病気らしい。目の色も人とは違う。この辺りに紫色の目の人間なんて居ない。
それに肌も弱い。動きやすさを求めてはいるが、ほとんどローブ姿だし、暑さ軽減を考えて白い布を使っている。見た目からして真っ白なのだ。そりゃ怪しいだろう。
けれどこれは僕が生きる為には仕方のないことだった。だから人と違っても割り切れたし、自分が生きやすくなるならなんだってする。だが他人はそうじゃない。見た目の違い。考えの違い。何が大切で、大切じゃないか。そんな些細な事で、人は人じゃなくなる。
それが原因で気味悪がられることは沢山あった。だから外に出るのもあまり好きじゃなったし、唯一肉親である姉さんが大好きだったし、他人は嫌いだった。
「ほら、此処がこの村の宿だよ。……なぁ、一つ良いか?」
「はい、なんでしょう?」
宿へと案内してくれた男が僕と姉さんを交互に見て尋ねる。
「お前、悪い人間には見えないけれど、悪い奴じゃない……んだよ、な?」
「まぁ……比較的、善人だと思ってます」
「リューシは良い子よ。勿論、私も」
ふわりと下りてきたきた姉さんが後ろから僕の肩へ乗っかるように腕を回して抱き締める。
「……ははっ、良かった! その様子なら安心だな! よし、ちょっと待ってろ。俺が口利いてやる!」
突然笑い出した男は案内してくれた宿へ入って行ってしまった。泊まるのは僕達なんだが……。
「ふふ、良かったね。優しい人で」
「優しい人……」
他人の優しさなんて、何年振りだろうか。そうか、あの人は親切な人だったのか。そうと分かれば先程からふわふわとした態度をしていた理由もはっきりする。
あれは心此処に在らずとか、僕の見た目の所為で距離を置いていた訳ではなく、警戒していたのだ。屍術師という職業、使役しているリッチー。そんなの怪しいのは当然だ。なのに当人達はいたって普通の人間のように振る舞う。
だから善人か悪人かの判断が出来なかった。それに加えて今は夕暮れ時。人も少ない。だから周囲を気にし過ぎて、浮ついていたように見えたのだろう。
「なるほど、あの人も善人だったんだね」
「そういこと。……仕方のないことだけど、もっと私達も人を見極められるようにならないとね」
「そうだね……うん、これから気を付けよう」
長年、悪意に晒されていた僕達は所謂、人間不信だ。それに僕は姉さんと違ってあの村以外の人間というものを知らない。
これからは大変だけど、勉強の連続だろう。外の世界を生きるというのは、とても大変だ。
「おーい、入って来いよ! 泊めてくれるってさ!」
「今行きます」
扉を開けて男が手招きをしている。僕は姉さんを肩に乗せたまま、宿へと走った。
□ □ □ □
宿の中は明るく、そして暖かかった。他人の家というのは殆ど経験がないもので、キョロキョロと辺りを伺ってしまう。
「そんなに見ても面白い物はないよ?」
「あっ、すみません」
と、声を掛けられ、反射的に謝る。声のした方を見るとさっきの男と、恐らくこの宿の店主である若い女性が僕と姉さんを見てクスクスと笑っていた。人に笑われるのは慣れているが、いつものような嘲笑の気配が全く無く、新鮮な、友好的な笑みだった。
「君達が泊まりたいって旅人だね。部屋は全部空いてるから、遠慮しないでね」
「ありがとうございます。お世話になります」
「よろしくお願いします」
姉さんと並んで頭を下げた。他人の世話になるのも随分と久し振りだ。けど礼儀はちゃんと姉さんに躾けられてるので問題ない。……と、思う。
「礼儀正しい幽霊ちゃんだね! それに比べて其処の白いのは覇気がないねぇ。ちゃんと食べてるのかい?」
「えっと、まぁ、必要な分は……」
「それじゃあ駄目だね! 駄目駄目さ。今日はいっぱい食べな!」
旅の間の食料は限られてるからあまり沢山食べられないという意味で言ったのだが、どうやら勘違いされたようだ。娯楽的な意味での食事は姉さんと二人で偶に狩りが上手くいった時にしていたが、お世話になると決めたことだし、此処はお言葉に甘えるとしよう。
「では、お世話になります」
「ん、じゃあこの鍵の部屋でゆっくりしておいで!」
「分かりました。行こう、ね……あー、オルハ」
鍵を受け取りながら、使役してるリッチーを姉さんと言いかけ、それは色々と拙い気がして咄嗟に名前で呼んでしまった。
「ん……」
「……?」
妙に大人しくなってしまったけれど、問題ないみたいで安心した。
「ははっ、仲良いな、あんたら」
「あっ、えっと……」
お礼を言いそびれていたのを思い出した。
「どうもありがとうございました。凄く助かりました」
「良いってことよ。あぁ、そうだ。名前を聞きたいな。俺はレンスってんだ」
「僕はリューシと言います。それでこの人が……」
視線で促すと、僕に続いて姉さんが自己紹介をする。
「リッチーのオルハだよ。よろしくね、レンス君」
「あ、あぁ。妙に元気なアンデッドだな……ははっ、まぁ短い間だけど、よろしくな!」
楽しそうに笑ったレンスと名乗った男はそのまま宿を後にした。残された僕達は店主さんの用意してくれた部屋へと向かった。
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