第三話 初めての外
村を出て一人歩き、一人浮かぶ。空を飛べるようになった姉さんも、最初はご機嫌だったが、すぐに飽きたようで、僕の歩く速度に合わせてふわふわとついて来る。
「それにしても……どうして姉さんはリッチーになったんだろう」
「それは言ったでしょ? リューシのことが心配だったからだよ」
「それもあるかもしれないけれど、それだけじゃアンデッドにはならないよ」
訝しむ姉の顔をジッと見上げる。
「リッチー……アンデッドになるには恨みが必要なんだ。執念、怨念、未練……未練だけじゃ駄目なんだ。誰かを恨む強い感情が必要なんだ」
「ふぅん……だったら……私はあの村の人達が憎いよ。どうしても許せない。リューシを苛めたあの人間達は、生かしておけない」
「駄目だよ。恨みに飲まれちゃ、姉さんは心の底からモンスターになってしまう」
そんなのは絶対に嫌だ。僕は人間の心を持ってアンデッドになった姉さんを生き返らせなきゃいけない。
「大丈夫よ。私はリューシの姉、錬金術師オルハ。蘇り待ちのリッチーよ」
「うん……良かった。姉さんは姉さんのままでいてね」
「勿論よ、ふふ」
良かった。この調子なら安心出来る。リッチーであり、錬金術師である姉さんは心強い味方だよ。
日が昇り、何度か休憩を取りながら進み、日が暮れると野宿をした。姉さんは眠る必要がないからと夜通しで見張りをしてくれた。なので安心して眠れたが、時々モンスターの襲撃があった。
「リューシ、そっちに行ったよ!」
「うん!」
姉さんの脇をすり抜けたゴブリンが飛び掛かってくるので、杖を下から振り上げ、顎を叩き割る。更に振り上げた杖を頭へ落とす。地面に伏せたゴブリンの首を踏み折って止めを刺す。
姉さんはリッチーならではの闇属性魔法でゴブリンを圧倒している。けれどまだアンデッドの体に慣れてないのか、撃ち漏らしが多い。それを僕がきっちり処理していく。
僕が手にしているこの杖は屍術師用の杖型ウェポンだ。旅の商人から買い取った物だ。銘は確か『パイド・パイパー』。《誘う者》という意味らしい。屍術師の僕にぴったりの名前だ。
実はこのウェポンもブラックバス産だ。ブラックバス地下に広がる数々のダンジョン……そのうちの一つから産出された物だと聞いている。
だが屍術師専用のウェポンということで中々売れなかった物だったそうだ。それに色々と隠された機能もあるらしい。それを姉さんが買ってくれた。このウェポンは大事な物である。
「ちょっと多いな……」
「姉さん!」
ヒュン、と回して大事な物に付着した血液を飛ばし、姉さんの元へ駆け寄ると、周囲の茂みからぞろぞろとゴブリン共が這い出てきた。
アンデッド、リッチーは上位のアンデッドだ。ゴブリン相手なら余裕で蹴散らせる力があるが、姉はリッチー初心者だ。そのくせ、僕を庇って戦おうとする。これは多分、姉弟だからだろう。
「今、応援を呼ぶよ!」
「あっ……!」
杖を地面に突き立てると、それを中心に魔法陣が広がる。紫色に輝く魔法陣はゆっくりと回転し、その杖の力を解放した。
「《
魔法陣の光が最大限に輝き、その中から簡素な鎧と、盾を手にした人形の骸骨が出現する。これこそが屍術師の力だ。
「もう、私だけで大丈夫なのに!」
「召喚獣に嫉妬しないでよ……ほらガードナー、行くよ!」
睨むリッチーに肩を落とすガードナーの肩を叩いて励ましてやる。その様を見ていた姉が頬を膨らませるが、状況が状況だけに、すぐに両の手に闇色の魔力を纏わせる。
僕も屍術師だけあって闇属性との相性が良い。杖をゴブリンに向け。その先端に埋め込まれた闇属性の結晶へ力を込めていく。すると魔法陣が展開され、杖の先端から漆黒の炎が射出された。
炎を浴びたゴブリンは地面を転がり鎮火を試みるが、それは達成されないまま、塵と化した。
その様を見ていた他のゴブリンが雄叫びを上げながら突撃してくるが、スケルトン・ガードナーがこれを防ぐ。
弾かれたゴブリンは再び黒い火によって灰燼となった。
そうして何匹もゴブリンを始末していると、いつの間にか日が昇っていた。ゴブリン達は全滅したのか、姿はない。
「はぁ……はぁ……」
「疲れたぁ……アンデッドだけど……」
「グル……」
地面に腰を下ろした僕の背中に姉さんがもたれ掛かり、一声鳴いたガードナーが一礼し、塵となって消えた。僕は息が荒いまま、消えていったガードナーに小さく礼を言った。
「ありがとう……助かったよ……」
「ガードナーが居なくても対応出来たもん……」
「嫉妬しないでよ……」
疲れている癖に頬を膨らませる姉さんだが、それ以降はお互い、疲れ切って何も言えなかった。
長い休憩の後、モンスターが死んだ場所に落ちていた魔石を回収する。これはモンスターを倒した証拠にもなるし、細工をすればウェポンにも使える便利なものだ。
回収後、再び休憩をして、漸く立ち上がった僕は荷物を片付けてブラックバスを目指して歩き始める。姉さんもふわふわと僕の後ろをついて来る。
戦っている最中に出来た傷は、姉さんの教えのもとに制作したポーションで治した。村を出る前に、姉さんの作った畑で採取した薬草で作った物だ。疲れている体でも出来る簡単な物だったが、それなりの効果があったのは薬草自体が高価な物だったからだろう。
そうして何日か旅を続けた僕達は漸く人里へとやってきた。
「『コレット村』って名前らしいね」
「大丈夫かなぁ」
「大丈夫だよ。僕が使役してるリッチーってことにしておけば」
同じ村とは言え、あの辺境の村よりは広く、大きい。まともな思考の人間も居るだろう。居るはずだ。居ると思いたい。
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