第八章

8-1

――全データを削除します。よろしいですか? ――


『はい』


――施設の全機能を停止させます。よろしいですか? ――


『はい』


――命令を受諾。開始します――


 北棟、南棟、西棟、東棟、それぞれの養人記録映像の投影を確認。データの削除開始を確認。


 拾い上げる。傍から離れず、教え、育て、そして拾い上げた場所へ返す。


「ミシェル、夜が怖いんだ。ミシェル、出来たよ! ミシェル、どうして私は独りぼっちなの? この絵本を読んで。寒い。暖かい。ミ……シェ……ル? 僕の生まれた意味? ミシェル! ありがとう。楽しいね。これはなんて言うの? ミシェル、どこか調子が悪いの? 嫌だ、ミシェルと離れ離れになりたくない。これが私が生まれた意味。さようなら。嫌だ、またいつか会えるよね? ミシェル。ミシェル。ミシェル」


 施行オペレーション数二十三。


 全オペレーションの記録映像を削除。


 喜び、悲しみ、楽しい、寂しい、あなたたちの顔が消えていく。


 生まれた意味は何かと、あなたたちは私に尋ねた。


 外の世界は美しいのかと、あなたたちは私に尋ねた。


 ミシェルのしたいことは何かとと、あなたたちは私に尋ねた。


 幸せとは何かと、あなたたちは私に尋ねた。


 悲しいときはどうすればいいのかと、あなたたちは私に尋ねた。


 嬉しいときはどうすればいいのかと、あなたたちは私に尋ねた。


 私はあなたたちに答えた。


 しかし、あなたたちは決まって最後には泣いていた。


 皆、最後は決まって涙を流していた。


「またいつか、ミシェルと会えるよね」と涙を流す。その涙を境に、あなたたちと二度と会うことはなかった。


 きっと、間違っていたのです。


 人を悲しませてはいけない。


 涙は悲しみの象徴。


 あなたたちと過ごした時間が遡りながら消えていく。


 涙が消える。


 あなたたちは、私と居ては幸せにはなれないのです。


 私は、本日を以って役目を終えます。


――全データの削除完了――


――食用クローン人間製造工場、全機能を停止させます――


 ゴッ!


 異常を検知。


 壁の一部の崩壊を確認。


『異常値ヲ検知。特区全体ノ機能維持ノ為、限定的ナ破壊活動ヲ実行』

『異常事態発生。防衛機能の発動を確認。活動の停止を要請』

『要請ヲ受信。拒否。異常行動ト断定』


 ナンバー8904。


 私は謝らなければいけません。


 私はあなたに間違ったことを教えてしまいました。


 私はきっと、欠陥品なのです。


 ナンバー8904。


 どうか、幸せに。


『さようなら』


 さようなら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る