7-4
リュックサックを背負ったままだったなと、管理塔から外に出てしばらく歩いてから気が付いた。
一寸先は暗闇。通信機から走る光の線は、私が歩む少し先を行っているけれど、その先は闇に溶けて消えてしまっていた。
この光の先には確かにハクがいる。それだけを信じて、私は雪を踏みしめた。
ハクは今、何を思っているのだろうか。寒くはないだろうか。
きっと、彼は今一人きりだろう。
一人でいることは、酷く辛いことを私は知っている。生きているのか死んでいるのかも分からなくなるほどに、自分が霞んでいくのだ。
どうして歩いているのだろう。どうして息をしているのだろう。どうして私は生きているのだろう。いっそのこと、あの時お母さんや妹と一緒に焼けて死んでしまえばどれだけ楽であったか。そんなことを、私は何度も思った。リュックサックの中に詰めた食べ物が少しずつ減っていく様は、まるで私の首に巻き付いた縄が、嘲笑い弄ぶようにジワリと締まっていくようだった。
毎晩毎晩、その苦しみをどうすることもできず、命のやり取りをするかのような息遣いでひっそりと体を小さくして、夜を耐えて、浅い眠りを繰り返し、それでも私の目的を忘れないよう、手放さないよう通信機を強く握りしめて来た。
私は、この禁地で思い出せた。ハクに出会ったことで、忘れかけていた、手放しかけていたものをもう一度握りしめることが出来た。
クローン人間が何だというのだろう。ハクは私にとっては人間だ。もう誰にも会えないだろうと諦めていた私の目の前に現れた人間だ。
私は、これからもハクと一緒にいたい。ミシェルに『一緒にいてほしい』と言われただとか、そんなことは関係ない。いつだってそうだ。私はこれまで、私がしたいことをしたいようにしてきた。それは今も変わらない。生まれ育った町が焼け果てようが、お母さんや妹がいなくなろうが、大切な人を失おうが、それでも私はしぶとく生きて、こんな遠くまで経った一人で歩いて来たのは、私がそうしたかったからなのだ。ただ私は、綺麗なものを見たくて、それだけを思ってこんな遠くまで歩いて来た。理由なんてそんなものだった。
一歩一歩を踏みしめる。吹雪の中、薄っすらと建物のような影が浮かぶ。光の線はその影を差している。
「ハク!」
私は声を上げた。
ハクに聞きたいことは沢山あるんだ。話したいことだって沢山ある。それに、飛行機に乗せてくれるって約束もした。
「ハク!」
私はまだ歩ける。
「ハク!」
瓦礫が偶然生み出した空洞のような場所に、彼は小さく蹲っていた。
彼の体は酷く冷たい。私も、今の彼のように凍え切っていたのだろうかと、そんなことを考えながら、私が今着ている上着でハクを後ろから覆うように彼を抱きしめた。
伝えたいことが、聞きたいことが沢山ある。沢山ありすぎて、きっと私が次の禁地を目指してこの場を去るまでには聞き切れない。だから、私はまだ彼と別れたくはない。
自覚のない、途切れるようなさようならは嫌だ。
もう、嫌なんだ。
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