7-3

 外の世界がこれほどまでに冷たいことを、僕は今まで知らなかった。上空を、真っ黒な雲が覆いつくす。対照的な白い雪が地表を覆いつくす。


 白と黒がどこまでも続く景色を、僕はジッと崩れ落ちた建物の元で眺めていることしか出来ない。たまらなくなって駆け出したのはいいけれど、結局僕に行き場所などなく、すぐに足は重みを増し、こんな場所で蹲ることしか出来なかった。


 僕は今、確かに憧れていた外の世界を目にしていた。でも、今僕の目に映っている光景は過酷そのものだ。この寒さを凌ぐ術などない僕は、ただ体を小さくしてジッと耐えることしか出来ない。


 ずっと不思議に思っていた。でも、ミシェルが大丈夫だと言ってくれたから、僕は内に沸いた疑念だとか不安だとかを押し込めたのだ。ミシェルがそう言うのなら大丈夫。僕は大丈夫だと、ずっと言い聞かせて来た。


 でも、ミシェルが僕に投げかけてくれた言葉の数々はすべて嘘だったのだとしたら、僕はもう、それらを押しとどめることなど出来そうにない。


 どうして周りに僕以外の人間がいないのか。


 どうして外の世界を歩くことが出来ないのだろうか。


 どうして僕は生まれたのだろうか。


 僕は何者なのだろうか。


 ミシェルは言った。僕はクローン人間だと。確かに僕は、何か大きな目的のもとで作り出されたのだと思う。その目的というのが、今までミシェルが僕に言い聞かせて来た『誰かを救う』というものなのだろう。


 僕が生まれた意味など明確だ。何より僕は、作り出された存在なのだから。


 でも、それが明確になればなるほどに、僕は僕から離れていくような気がしてならない。何かが僕の手元から離れていく。


 僕は普通の人間じゃあない。それだけははっきりと分かった。リノの言う通りだった。リノは僕を見て「変わっている」と言った。確かにその通りだ。僕は変わっている。


「…………」


 僕は、外の世界というのはもっと暖かくて明るいものだと思っていた。小説や絵本なんかを通じて、これまで憧れて来た外の世界は、大抵そういうものだった。


 でも、これが現実なのだ。僕は人間じゃあない。外の世界は終わりがないほどに凍えている。


 これが、僕が憧れていたものの正体。


 僕はこの先、どうなるのだろうか。足元に積もった白い雪を見て思う。


 いっそのこと、このまま雪に埋もれてしまうのはどうだろうか。


 こういう時、僕はとっさにどうしたらいいのか分からなくなる。


 戻ろうにも辺りは暗い。正直なところ、寒さで体が固まって立ち上がることも出来そうにはなかった。


 僕は沢山のことをミシェルから教えてもらったけれど、思い起こせば生き方というものを教えてはもらえなかった。この先、どうやって歩けばいいのか僕には分からない。


 結局変わらないのだ。僕には分からないことだらけ。


 瞼が重い。


 スッと何もかもが遠のいていく。


 それを追いかけなければいけないような気がするけれど、どうにも体は動いてくれそうにはない。


 遠くから、僕の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がする。


 それを最後に、僕は僕の手元から離れていった。

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