6-6

『制御室は、この通路を直進した突き当りを左に曲がった先にあります』


 数冊の本と日記の分だけリュックサックは重みを増した。時折重くなったリュックサックを背負いなおしては、台車を押して足を進める。


「制御室には何があるの?」

『東棟内のシステムを管理しているコンピュータがあります』

「君は、そんなところに何をしに行くの?」

『管理塔から受信した命令を実行しに向かいます』

「命令って?」

『全オペレーションの中止、および停止です。東棟の機能を凍結せよと命令を受信しました』

「それってつまり、今後この建物ではロボットが人を育てないようにするってこと?」

『はい。概ねその通りです』


 管理塔から命令を受信したということは、その命令を出したのは今管理塔にいる方のミシェルかもしれない。でも、果たしてロボット自身が自分の役割を手放すようなことをするのだろうか。ミシェルたちの役割は「人を育てること」だ。「今後ロボットが人を育てないようにする」という命令は、そんな役割と相対する。


 管理塔に戻ったらどうしてそんなことをしたのか、本当にそんな命令を出したのかを含めて聞けばいい。そんな結論に至りつつ、気が付けば制御室という場所に私は辿り着いた。


『到着です』


 部屋の中央に台座のようなものが一つだけ。管理塔の最上階にも似たようなものがあった。多分、あれがこの東棟内のシステムを管理しているコンピュータ、というものなのだろう。それを裏付けるように、『部屋の中央まで私の体を運んでください』と、通信機から音声が流れるのだった。


『ありがとうございます。あとはもう、私一人でも大丈夫です』


 ギギギ、という嫌な音を鳴らしながら、朽ち果てた腕が持ち上がる。腕を持ち上げ、ロボットの腕がコンピュータの上に乗る。それから数秒後、空中に長方形の窓のようなものが浮かび上がって、その窓に文字のようなものがびっしりと浮かび上がる。


『現在始動中のオペレーションを検索中……稼働しているミシェルシリーズを検索中……』


 ロボットが何をしているのかは分からない。もちろん、こんな光景を見るのも初めてだ。もしかしたら、私は今、途方もない年月の壁を越えて、遥か遠くの、かつてこの場所にいたのであろう人たちの日常の一端を目にしているのかもしれない。


 ぎゅっと、私は通信機を両手で持つ。


 朽ち果てかけたロボットの後ろ姿。あのロボットは、一体どれほどの時間をこの場所で過ごして来たのだろう。


 もうここには人なんていないのに。それでもなお、与えられた役割を果たそうと動き続けている。


 私はロボットが嫌いだ。私の町を、私の大切な人を私から奪い去ったのはロボットだ。その事実は変わらない。私はそれを許せないし、これからもずっと許さない。でも、考えてもみれば、そんなロボットを生み出したのは人間で、生み出したロボットに役割を与えたのも人間だ。


「…………」


 この禁地に来てから、私は少しだけ私のことが分からなくなった。今の私には、あの朽ち果てたロボットの後ろ姿が物寂しく映る。彼を生み出した人間も、彼に役割を与えた人間も、もうここにはいないのに。それでも彼は未だにこの場所で動き続けている。その姿を通して私の奥底から浮かび上がるこの感情を、私はどこへ向かわせればいいのだろう。


 もう少しだけ、彼と話をすれば分かるのだろうか。


「あのさ……」


 思い切って声に出してみようと思った。「もう少し、私と話をしてほしい」と。でも、その思いが実際に私の口から彼に向って飛んでいくことはなかった。

轟音と、足元から突き上げられたかのような激しい振動。私はただ反射的に瞳を瞑って蹲り、前触れもなくやってきたそれらをやり過ごすことで精いっぱいだった。


『異常値ヲ検知。特区全体ノ機能維持ノ為、限定的ナ破壊活動ヲ実行』


 遥か後方でまだ轟音が鳴り響いているかのような中で、私は確かに低く唸るような声を聞く。


 蹲ったまま顔を上げて瞳を開けると、もうそこには先ほどとは違う別の光景が広がっていた。


 朽ち果てた彼の後ろ姿はどこにもない。


 灰色の空が見える。


『正常値ヲ確認。巡回モードヘ移行。引キ続キ警戒』


 ゆらゆらと舞う雪が私の頬を撫でて消える。


 燻ぶった外の色彩を背景に、蜘蛛のような足を持った真っ黒な巨躯が私の視界を侵した。


 私はその姿を、忘れられるわけがないのだ。

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